がん細胞の遺伝子を調べることでイレッサがよく効く人を選び出す EGFR遺伝子変異検査で選択する肺がん治療の新時代

監修:中川和彦 近畿大学医学部内科学教室腫瘍内科部門教授
取材・文:柄川昭彦
発行:2011年11月
更新:2013年4月

標準治療を書き変えた日本発エビデンス

[図4 ゲフィチニブの効果(WJOGによる標準治療との比較)]
図4:ゲフィチニブの効果(WJOGによる標準治療との比較)

Mitsudomi et al. Lancet Oncol.11(2)2010

[図5 ゲフィチニブの効果(NEJによる標準治療との比較)]
図5:ゲフィチニブの効果(NEJによる標準治療との比較)

Maemondo et al. N Engl J Med 362(25)2010

その後、日本で2つの第3相試験が行われた。西日本がん研究機構(WJOG)と北東日本研究機構(NEJ)というグループが、それぞれEGFR遺伝子変異を持つ人を対象に、イレッサと標準治療である2剤併用化学療法を比較したのだ。試験結果は、09年に海外の著名ながんの学会に相次いで発表された(図4~5)。

WJOG試験では無増悪生存期間中央値は、イレッサ群が9.2カ月、併用群が6.3カ月だった。またNEJ試験の無増悪生存期間中央値は、イレッサ群が10.8カ月、併用群が5.4カ月だった。

「従来の標準治療では、がんの進行を抑えても、5~6カ月後には増悪し始めてしまいます。ところがイレッサを使うと、それを10カ月くらいまで遅らせることができる。この結果も世界を驚かせました」

2つの第3相試験で、同じような結果が出たことも重要だった。この結果により、EGFR遺伝子変異陽性なら、1次治療からイレッサを使うことが推奨されるようになった。

前述したように、日本のガイドラインでは、1次治療における標準治療の1つとして推奨している。

「日本だけでなく、アメリカのガイドラインでも、ヨーロッパのガイドラインでもそうなりました。日本から発信されたエビデンスで、世界の標準治療が変わってきたのです」

このように肺がんの治療は新しい時代を迎えている。そして、新時代の治療を受けるためには、EGFR遺伝子変異検査が必要になる。多くの場合、肺がんと確定診断するために、がんの組織���細胞を顕微鏡で調べる検査が行われる。EGFR遺伝子変異検査は、余った検体で行うことが可能だ。また、この検査は健康保険で受けることができる。

「日本人では肺がんの患者さんの3~4割が陽性です。治療前に検査すれば、よく効く人にだけイレッサを使えるので、無駄がありません」

逆に言えば、効かない人を副作用で苦しめることもなくなるわけだ。医療費の無駄を省くことにも貢献するはずである。

副作用によるリスクとベネフィットを考慮する

[図6 ゲフィチニブの副作用について]
図6:ゲフィチニブの副作用について

※副作用はこれだけではないので、問題が起きた場合はすみやかに主治医に相談すること

もちろん、イレッサには副作用もある。最も重大な副作用は間質性肺炎で発症率は2~6パーセントと報告されている。

「従来の抗がん剤でも、イレッサでも、副作用として間質性肺炎が起こることがあります。起きた場合の死亡率は約30~40パーセント。この死亡率は、従来の抗がん剤で間質性肺炎になった場合も、イレッサでなった場合も同じです。ただ、間質性肺炎が起きる危険性が、イレッサのほうが2~3倍高いのです」

危険因子も明らかになってきている。もともと間質性肺炎や肺線維症がある、喫煙歴がある、全身状態が悪い、といった人たちに起こりやすい。

危険因子を持っている場合には、間質性肺炎を起こすリスクと、イレッサを使うことで得られるベネフィット(恩恵)を十分に考慮し、治療法を選択する。

「EGFR遺伝子変異が陽性だったら、危険因子を持っていても、どこかの時点でイレッサを使いたいと考える患者さんが多いようです」

間質性肺炎以外の副作用としては、皮疹などの皮膚障害がある。これは使用した多くの患者さんに現れるが、間質性肺炎のように命に関わることはまれで、適切な治療で対処可能である(図6)。

イレッサの登場以降、ひとくくりにされていた非小細胞肺がんの治療は、個別化に向かって進んできた。EGFR遺伝子変異検査はその第1歩。何種類もの遺伝子検査が行われ、自分にとって最も効果的な治療法を選択する時代が、そう遠くないところまできているようだ。


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