固形がんに「劇的に効く薬」が現れた! 新しい肺がん分子標的薬の波紋 がん医療の世界に「奇跡」が起こった

監修:間野博行 東京大学大学院医学系研究科ゲノム医学講座特任教授・自治医科大学教授
谷尾吉郎 大阪府立急性期・総合医療センター内科・呼吸器内科主任部長
木村秀樹 千葉県がんセンター副センター長
取材・文:半沢裕子
発行:2010年12月
更新:2019年7月

診断ネットを設立し、日本人患者をサポート

2009年3月に開催されたALK肺がん研究会

2009年3月に開催されたALK肺がん研究会。日本の肺がん患者さんのなかから、EML4-ALK陽性の人を見つけるシステムを構築したいと、間野さんが発起人となり設立した

このときの体験をきっかけに、間野さんは09年3月、ALK肺がん研究会をつくる。

「せっかく日本で発見されたがん遺伝子なのに、日本の患者さんが治験や治療を受けられないのは不当」と考え、EML4-ALK遺伝子をもつ非小細胞肺がんを見つける全国規模のボランティア診断ネットワークを立ち上げるのが目的だった。

活動を通じて日本人の陽性患者さんに治験参加のチャンスを与えると共に、臨床試験の日本への誘致を目指したのだ。

同研究会は全国から送られてくるサンプルを調べるほか、診断プロトコルを配り、他の施設でも診断ができるよう工夫した。これまで数百人分の遺伝子を調べ、数10人がEML4-ALK遺伝子をもつ非小細胞肺がんと診断され、そのうち10数名をソウルの治験に送り出している。

[EML4-ALK陽性肺がんの診断法(ALK肺がん研究会から)]
図:EML4-ALK陽性肺がんの診断法(ALK肺がん研究会から)

自治医大のマルチプレックスRT-PCR法か癌研有明病院の免疫組織染色法で診断される

実際の患者さんの例
~千葉県がんセンター

千葉県がんセンター副センター長の木村秀樹さんも、このルートで患者さんをソウルに送っている医師の1人だ。やはり、ALK肺がん研究会に参加して臨床試験について知り、症例を調べてみたら、EML4-ALK遺伝子をもつ非小細胞肺がんの患者さんが数人見つかった。

どの患者さんも若く、非喫煙者か軽喫煙者で、がんの進行は非常に速く、最初にがんが見つかったときにはすでに転移して��た。そして、抗がん剤が効きにくく、打つ手が少なかった。今まで3人の患者さんを韓国の臨床試験に送り、2人が現在待機中だ。

1人は40代の独身男性で、他の病院で2~3回抗がん剤治療を受けたあと、08年2月、骨転移と呼吸困難のある状態で千葉県がんセンターに転院してきた。半年間に4回の抗がん剤治療を行ったが、あまり効果なく中止。1年近く在宅で「経過観察」し、09年3月には「そろそろ入院が必要」という状況になっていた。

日本を出発したのは5月。体力がかなり衰えていたため、行きは木村さんが同行することでバンさんのOKをもらった。

しかし、2週間のソウル滞在後には自分で歩いて帰国し、1カ月くらいで、がんがほとんど消えてしまったという。この方は肺がん以前の生活に戻り、仕事(会社勤務)にも復帰した。

「私は韓国に付き添っていき、2、3日で帰国しましたが、帰国後に外来で会ったときは本当に驚きました」(木村さん)

もう1人は、ヘルパーとして働いていた49歳の女性だった。09年4月、職業的な腰痛と考えて整形外科を受診したら、全身に骨転移が見つかり、そこから肺がんと診断がついて千葉県がんセンターに紹介されてきた。木村さんは治療の提案をしたが、あまり効果が高くないと聞くと、治療をあきらめて緩和ケアを希望。外来で痛み止めを処方するしかできなかった。

ALK阻害剤の臨床試験に参加したのは9月から。痛みが強くなり、食事もできない状態になっていたが、この女性の場合、薬の服用後は、がんは画像からは完全に消えていた。

3人目は56歳の女性で、昨年11月から臨床試験に参加し、現在も月に1度、韓国に通っている。この方にはインタビューに応じていただいたので、そちらをお読みいただきたい。

遺伝子がある場合は、この治療しかない!

「これだけ効くのだから、他の抗がん剤を投与するメリットは全くない。明らかにファーストライン(初期治療)で行うべき治療だと思います」

木村さんはいう。

来院した肺がん患者さんのうち、(1)転移がある人(2)腺がんの人(3)若年者(4)喫煙をしていない人には、縦隔リンパ節の生検(千葉県がんセンターには他の施設ではあまりない超音波気管支鏡がある)を行い、陰性(転移なし)なら手術、陽性(転移あり)なら遺伝子診断を行う。EGFR遺伝子をもつ場合には分子標的薬イレッサかタルセバを投与し、EML4-ALK遺伝子をもつ場合には、治験などを通じてALK阻害剤を使い、いずれの遺伝子もない(陰性)場合は、それ以外の抗がん剤を投与する――というのが、今後の治療のスタンダードという。

[今後の治療の流れ]
図:今後の治療の流れ

とはいえ、夢の薬ではないことも確かだ。谷尾さんはこう指摘する。

[日本における肺腺がんのがん遺伝子]
図:日本における肺腺がんのがん遺伝子

EGFR遺伝子変異を有する肺腺がん患者には、イレッサとタルセバという分子標的薬が有効で保険適用できる。EML4-ALK遺伝子を有する肺腺がん患者には、現在臨床研究が進行中のクリゾチニブが有望である。KRAS、HER2に対する有効な分子標的薬はまだなく、残りの約40%の腺がんは標的遺伝子が明らかになっていない

「分子標的薬は次から次へと耐性の問題が起こってきます。グリベックもそうだし、この薬もそうでしょう。100パーセント効く薬はないし、夢の薬はないと思います。それと同時に、今後は副作用についても十分注意する必要があります。現時点で重篤なものは出ていませんが、ただこの先どんな副作用が出てくるか、わかりませんから」

取材した医師の皆さんに今後のスケジュールを推測してもらったところ、「早ければ来年にも、遅くても3年以内に商品化され、保険認可されるだろう」とのこと。願わくば、グリベックで問題になったように「高くて飲めない人が出る」薬にならないようにしてほしいものだ。

最後に谷尾さんから患者さんへのメッセージをいただいた。

「ALK阻害剤のような分子標的薬は今後ますます出てきます。可能な限り遺伝子検査をしてもらい、自分のがんのタイプにあった治療がないのか、しつこく確認してください。今の標準治療を次々受けて生き延びれば、劇的に効く新しい薬が出てくる可能性がある。決してあきらめないでほしいです」

[EML4-ALK遺伝子検査を受ける指針(谷尾さんの考え)]

  • 1.肺腺がんでEGFR遺伝子変異が認められなかった場合
  • 2.50歳以下で肺がんを宣告された場合
  • 3.標準的治療が効かない肺腺がんの場合
  • (4.非喫煙者か軽喫煙者の肺腺がんの場合)

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