バイオマーカーをよく理解し、より効果的な治療を受けよう 個別化治療を推し進める肺がんのバイオマーカーとは?

監修:山本信之 静岡県立静岡がんセンター呼吸器内科部長
取材・文:平出浩
発行:2010年6月
更新:2019年7月

イレッサの登場で患者の寿命も延びた

イレッサの登場により、進行・再発の非小細胞肺がん患者全体の寿命も延びている。

イレッサが発売される前、進行した非小細胞肺がんで従来の抗がん剤治療を行った場合、生存期間の中央値は12~15カ月だった。それに対し、進行した非小細胞肺がんで、EGFR遺伝子変異のある患者にイレッサを使うことによって、生存期間の中央値は25カ月になった。おおよそ1年長いのだから、大きな違いといえるだろう。

ただし、問題もある。それは「治療の順番」が確立していないことだ。

「最初にイレッサを投与するのがよいか、それとも、従来の抗がん剤治療を先に行って、がんが増悪した場合にイレッサを投与するのがよいか、この点についてはまだわかっていません。先にどの治療を受けるかは、そのときの患者さんの状況にもよるでしょう」(山本さん)

イレッサは、間質性肺炎などの重篤な副作用もあるが、従来の抗がん剤に比べて副作用が少ない。そのため、働きながらがん治療を行う患者にとっては、従来の抗がん剤に比べて服用しやすいと言えるだろう。一方、治療に専念できる人は、従来の抗がん剤をまず使い、そのあとに副作用の比較的少ない、イレッサといった薬剤を用いるという選択肢もある。つまり、個々人の生活の状況も考慮して、薬剤を選択することが必要といえそうだ。

一方、肺がんの治療に使われる分子標的薬には、イレッサのほかに、タルセバ(一般名エルロチニブ)もある。タルセバも、イレッサと同じ、EGFR遺伝子変異のある患者に効果があることがわかっている。

タルセバの治療効果について、山本さんは「EGFRの遺伝子変異のある患者さんには、イレッサと同程度に効くことがわかっています」と話す。

ただし、患者のなかには、EGFRの遺伝子変異のない人でもタルセバが効く場合もあり、タルセバとEGFR遺伝子との関係について、詳細にはまだわかっていないという。

[EGFR遺伝子変異がある人へのゲフィチニブの効果(日本人対象)]
図:EGFR遺伝子変異がある人へのゲフィチニブの効果(日本人対象)

イリノテカンの副作用ともう1つのバイオマーカー

肺がんのバイオマーカーのもう1つの主役、UGT1A1について見てみよう。肺がんの患者などにイリノテカン(商品名カンプト、またはトポテシン)を投与すると、肝臓で代謝されたり、腎臓で排出されたりして、毒素は体外へ出ていく。このイリノテカンの薬物代謝の過程で、最も重要な酵素がUGT1A1と呼ばれる酵素だ。

UGT1A1の遺伝子に異常があると、酵素がうまく働かずに、SN38と呼ばれるイリノテカンの活性代謝物が解毒されずに残るため、副作用が多く出る。イリノテカンの副作用で最も問題になるのは下痢、そして好中球減少といって、白血球の一種である好中球が減少し、感染症にかかりやすくなることがあげられる。

UGT1A1は血液検査で行う。検査費用はEGFRの遺伝子変異検査と同様で、自己負担は6000円程度だ。

遺伝子変異の有無が好中球減少に影響

[UGT1A1遺伝子変異と副作用との関係(日本人)]

イリノテカン単剤 人数 グレード3/4
好中球減少
-/- 3/21 14.3%
+/- 7/29 24.1%
+/+ 4/5 80.0%
シスプラチン+
イリノテカン
人数 グレード3/4
好中球減少
-/- 20/35 57.1%
+/- 14/20 70.0%
+/+ 7/7 100%
Minami H.Pharmacogenet Genomics 2007

UGT1A1に関与する2つの遺伝子のうち、両方に変異があると、イリノテカンを投与した場合、UGT1A1の活性はかなり下がることがわかっている。その結果、好中球が減少する副作用は80パーセントほど出るようになる。一方、2つの遺伝子ともに変異がない場合、好中球が減少する割合は14・3パーセントとかなり低い。

また、イリノテカンとシスプラチンを併用した場合は、2つある遺伝子の両方に変異があると、ほぼ100パーセント、好中球は減少する。2つの遺伝子ともに変異がない場合、好中球が減少するのは57・1パーセントである。

これらのデータから、UGT1A1の遺伝子変異の有無が好中球減少の頻度や現れ方に大きな影響を与えていることがわかる。

変異のある人には十分なモニタリングを

では、UGT1A1の遺伝子変異のある人へのイリノテカンの投与は、どうすればいいか? 他のがん種だが、投与量に関して、興味深い結果が出ている。

大腸がんや胃がんの患者を対象にして、UGT1A1遺伝子の変異を起こしている人とそうでない人にイリノテカンを投与。適切な投与量を調べる臨床試験が行われた。

その結果、UGT1A1に関与する2つの遺伝子のうち、両方ともに変異がある場合、承認されているイリノテカンの用量150ミリグラム/平方メートルでは、投与量が多すぎることがわかったのだ。

「好中球減少や下痢といった症状を訴える患者さんの割合は、遺伝子変異がない人に比べて、変異がある人に多い結果となりました。試験から、UGT1A1に関与する2つの遺伝子のうち、両方ともに変異がある患者さんでは、開始用量の減量や慎重な観察をする必要があると結論づけられています」

[UGT1A1遺伝子変異患者における有害事象の発生率]
血液毒性

好中球減少 ワイルド群
n=41
(グレード3/グレード4)
ヘテロ群
n=16
(グレード3/グレード4)
ホモ群
n=16
(グレード3/グレード4)
1サイクル 9.8%(4/0) 18.8%(3/0) 62.5%(4/6)
2サイクルまで 22.0%(9/0) 25.0%(3/1) 81.3%(6/7)

非血液毒性

下痢 ワイルド群
n=41
(グレード3/グレード4)
ヘテロ群
n=16
(グレード3/グレード4)
ホモ群
n=16
(グレード3/グレード4)
1サイクル 0.0%(0/0) 0.0%(0/0) 6.3%(1/0)
2サイクルまで 0.0%(0/0) 0.0%(0/0) 6.3%(1/0)
大腸がんと胃がん患者に、イリノテカン単剤を150mg/m2投与
ワイルド群=変異なし群、ヘテロ群=UGT1A1に関与する2つの遺伝子のうち1つが変異、ホモ群=UGT1A1に関与する2つの遺伝子のうち2つとも変異

一方、肺がん治療に用いられるイリノテカンの量は、大腸がんや胃がんより少なく、現在、単剤でも100ミリグラム/平方メートル。「肺がんの場合、今のところ遺伝子変異を調べて、イリノテカンの投与量を調節したほうがいいかは、十分わかっていない」(山本さん)のが現状のようだ。

ただ、山本さんは言う。

「イリノテカンを使わないといけないのだけれども、強い副作用が出たときに患者さんがその副作用に耐えられそうにない場合には、前もってUGT1A1の遺伝子の異常を調べて、治療中のモニタリングを十分行っていく必要があると思います」

肺がんの治療に関するバイオマーカーの研究は日進月歩である。たとえば、分子標的薬であるアバスチン(一般名ベバシズマブ)や、非小細胞肺がんのうち、非扁平上皮がんによく効くアリムタ(一般名ペメトレキセド)について、現在バイオマーカーとの関係を調べた研究が急ピッチで進められている。

バイオマーカーの研究が進むことで、肺がんの個別化治療がさらに進むことを期待したい。

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