婦人科がんの難治性腹水に対する積極的症状緩和医療 腹水を抜き、必要な成分だけ戻す「CART」に期待

監修●石谷 健 北里大学北里研究所病院婦人科医長
取材・文●伊波達也
発行:2017年6月
更新:2017年6月


CART実施で、その後腹水貯留見られず

ここでCARTを行うことで、症状が劇的に改善したAさんの例を紹介しよう。Aさん(86歳)は、卵巣がんの一種とも言える腹膜がんを患い、現在も治療中だ。

2016年6月、Aさんは腹部膨満感が気になったため、近医を受診したところ、腹水が溜まっていることが判明。8月に都内の大学病院を受診し、腹水の細胞診により腹膜がんの疑いが見られ、がん性腹膜炎と診断された。同月下旬、石谷さんのもとを訪れ、緊急入院したAさんは、そのときのことをこう振り返る。

「今まで病気1つしたことがなかったのに、健康を過信したから罰が当たったのかとがっくりして、あのときは奈落の底へ突き落された感じでした」

このとき、腹水でお腹はパンパンだった。歩行は困難で、もちろん食事を摂ることも難しく、衰弱もかなり激しかった。

「最初のときは、もうぐったりされていて、状態としては非常に厳しかったです。しかし入院当日にCARTを敢行して腹水を3.5L抜きました。Aさんの場合、前医とも連絡が十分に取れていて、Aさんの状況もあらかじめ把握できていたため、腹水を抜いた翌日から、化学療法を行うことができました。翌9月に2サイクル目の化学療法のために入院されたときには、腹水はもう消失していました」

石谷さんはそう説明する。

その後、Aさんは地元の群馬で暮らしながら、1カ月に1度、石谷さんのもとで2泊3日の入院により化学療法を行い、2017年4月現在まで9サイクルが経過し、その後腹水の貯留は見られていない。

「ちゃんと食事も摂っていますよ。私、お粥は嫌なんですよ。午前中と午後に2回、近所をウォーキングもしています。本当にありがたいことだと思っています」

そう微笑むAさんはいたって元気だ。

「Aさんの場合、CARTを行ったことによって、がん性腹膜炎の症状緩和ができただけではなく、体力が回復したことで、化学療法もできるようになり、それが奏効しているため、病気をも改善できているという好例です」

現在、CARTは保険適用にもなっており、保険制度上では月2回まで実施できる。

「CARTはそれ自体が、がんを治療する方法ではありませんが、がん治療を援護射撃する心強い治療です。CARTを行うことで、QOLの改善だけでなく、利尿薬抵抗性の改善や、腹水が再び溜まってくる期間が延長するといった報告も出ています」

CARTによって食事量��有意に改善

CART自体は81年に保険適用となっており、30年以上も実施されてきた実績があるにも関わらず、がん性腹水に対するきちんとした治療成績はなかった。そこで、有効性と安全性に関するデータ収集を行う目的で、多施設における市販後調査が実施された。石谷さんは、婦人科腫瘍に関してその結果を、第57回日本婦人科腫瘍学会学術講演会(2015年盛岡市)で発表している。

この調査では、全国22施設が参加し、腫瘍による難治性腹水と診断され、CARTを実施した症例を対象とした。

内訳としては、がんの原発部位128例のうち、婦人科がんの症例は全体の約3分の1を占め、卵巣・卵管がんは38例(30%)。他のがん種では、ステージ(病期)Ⅳの症例が多かったが、卵巣・卵管がんでは、ステージⅢが最も多く、63%を占めていた。

調査の結果、CARTを行うことによって、患者の食事摂取量、尿量とも有意に改善することが明らかになり、とくに尿量は2倍以上にも増えていることがわかったという。

「CARTを行うことで全身状態も良くなり、また物理的にも圧迫が減るのでそれだけ尿量も増えたのだろう」と石谷さんは指摘する。

また、安全性という点では、副作用として多く見られたのは、発熱と悪寒であることが明らかになった。

「CARTの副作用として発熱は高い頻度で出ます。これは濾過し、濃縮される腹水中には、たんぱく成分以外に、インターロイキン-6(IL-6)など、低分子のサイトカインといった炎症物質も含まれていて、それも一緒に体内に戻すからです。ただし、発熱といっても38度前後で、だいたい一晩で改善しますし、つらければステロイドや非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を投与するなどの対処で落ち着くので、それほど問題視するようなことにはなりません(図4)。

この調査結果により、CARTはがん性腹水対しても有用であり、安全に使用することができると言えるでしょう」

現在、石谷さんの施設では、CARTを行う際、基本的には2泊3日の入院で行っている。腹水穿刺する際、腹部を2~3㎜切開してカテーテルを挿入するのだが、傷口としてはその程度で、治療における患者の負担はほとんどないと言って良いだろう。

たとえ腹水が溜まってしまったとしても、QOLを改善でき、しかも化学療法が継続できる体力を取り戻せるのであれば、CARTは患者にとっては有益な治療法と言えるだろう。予後延長の可能性も秘めているがん性腹水に対するCART治療。普及が進むよう、切に願いたい。

図4 CARTの副作用
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