度重なる再発でも、治療しながら旅行にいった患者さんも 再発卵巣がんと長く穏やかに付き合う新たな切り札~がん休眠化学療法

監修:小林裕明 九州大学大学院医学研究院生殖病態生理学准教授
取材・文:「がんサポート」編集部
発行:2012年2月
更新:2019年8月

副作用が強ければ用量を下げる

では、具体的にどんな薬をどう投与するのか。現在進行中の臨床試験を見てみよう。

抗がん剤はタキソテール()とイリノテカンの2剤併用。タキソテールは血管新生阻害作用が強いという実験結果により選択し、イリノテカンはタキサン系ともプラチナ系とも違う働き方なので選択した。両剤を2週間毎に投与し、4週間を1クールとし、繰り返し行う。

薬剤の量は進行再発胃がんに対して行われた、2剤を併用した臨床試験の投与量を最大投与量(プラス2レベル)として設定。タキソテール25ミリグラム/平方メートル、イリノテカン40ミリグラム/平方メートルを最初の投与量(レベル0)とし、5ミリグラムずつ増量をプラス1、プラス2、減量をマイナス1、マイナス2とする。レベル0からスタートし、副作用が強く出たらレベルを下げ、副作用が出ない場合はレベルを上げる。なお、従来の高用量の抗がん剤治療の場合、投与量はそれぞれ最大で、タキソテール70ミリグラム/平方メートル、イリノテカン100ミリグラム/平方メートルであり、今回進められている臨床試験の初回投与量が、いかに少ないかがわかるだろう。

投与開始後2~3クールすると、その人に合った用量が決まる。これがその人のテーラード薬剤量、つまり、個別化最大継続可能量となる。

タキソテール=一般名ドセタキセル

高用量治療と違いQOLはよい

[難治性再発卵巣がんに対するメトロノミックがん休眠化学療法の効果]
(46例の治療効果と薬剤量)

難治性再発卵巣がんに対するメトロノミックがん休眠化学療法の効果

副作用は国際的に定められた副作用のグレードによって診断する。たとえば、通常の臨床試験では、白血球減少などの血液毒性(骨髄抑制)はグレード4、吐き気や下痢などの非血液毒性はグレード3以上と判断したら、次の治療で薬量を減らさなければならない。しかし、メトロノミックがん休眠化学療法では、血液毒性で3、非血液毒性(吐き気など)で2以上と判断したらレベルダウンし、すべての副作用がグレード1以下のときにはレベルアップするように設定。つまり、通常の臨床試験よりも副作用の現れ方を少なくし、QOLに配慮した形となっている。

これまで行った46例(05年~11年)の結果を見ると、治療効果(進行抑制期間)が1カ月~58カ月で、中央値は2カ月。非常に短いように思うが、小林さんはいう。

「厳しい症例の再発患者さんは、高用量の強い抗がん剤治療でも中央値は2~3カ月です。そんな実情で半年治療を続けられた人が26パーセント、1年続けられた人が9パーセントもいたことを、私たちは前向きに受け止めています。しかも、QOLの結果は高用量の場合と大きく違います。国際的な尺度によるアンケート調査を行いましたが、高用量で行う治療と比べて全体のQOLはよくなり、吐き気や嘔吐は減り、イリノテカンで心配された下痢でさえもQOLは悪化しませんでした」

度重なる再発でも治療しながら旅行に

臨床試験に参加した患者さんの中に、卵巣がん3期と診断された40代の方がいる。手術と抗がん剤治療を受けたものの再発、腫瘍マーカーの上昇で週単位の抗がん剤治療を実施。次に盲腸とリンパ節への転移がわかり、九州大学病院を紹介された。九大では手術で再度病巣をとったのち、TC療法を6クール行ってがんが縮小。しかし、今度は傍大動脈リンパ節に転移が見つかり、薬剤を変えて化学療法を4コース行ったものの、治療中さらに腫瘍の増大が見られたため、メトロノミックがん休眠化学療法に切り替えた。

「メトロノミックがん休眠療法を25カ月行い、がんの増大はほとんど見られませんでした。『少し疲れたし、海外旅行にも行きたい』というご本人の希望もあり、休薬期間を8カ月おきましたが、その後、残念ながらがんが増殖し、新たな病巣も見られたので、治療を再開しました。再開後、再びがん増大のカーブはゆるやかになりましたが、10コース後に増大が見られたため、治療を終了しています。しかし、終了まで42カ月間(無治療期間を含む)、強い副作用もなく、海外旅行にも行かれ、非常によかったと思います」

[メトロノミックがん休眠化学療法が効いた例(40代、難治性再発卵巣がん)]
メトロノミックがん休眠化学療法が効いた例(40代、難治性再発卵巣がん)

治療6コース後と25コース後で、傍大動脈リンパ節への転移巣の大きさに変化はない。休薬期間を8カ月置いたのち、新たな転移病巣が出てきたため、治療を再開。再開6コース後の時点でがんの大きさに変化は見られなかった

副作用が軽いためQOLがよく、がんを休眠させて過ごせると聞くと、「ぜひこの治療を受けてみたい」と思う患者さんは多いだろう。ただ、小林さんはいう。

「この治療はあくまでも『治せない』再発がんに行う治療であり、治癒する可能性のある患者さんには、頑張って積極的な治療を受けていただきたいと思います。私たちも今、どんながん、病期、状態の患者さんにお勧めするべきか、臨床試験を行って科学的根拠を追求しています。患者さんが本当に自分に適した治療を選ばれるよう、強く願っています」

最後の穏やかな切り札、がん休眠化学療法について、知識だけはもっていたい。

(構成/半沢裕子)

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