患者さんが知っておくべき知識として役立ててほしい 「卵巣がん治療ガイドライン」のポイントをわかりやすく
1センチくらいの卵巣がんは抗がん剤で消えることも

頭大の卵巣がんを摘出しているところ
卵巣がんが見つかったら、治療ガイドラインではまず手術を勧めている。
基本的な手術は両方の卵巣を摘出し、子宮も摘出し、大網を取る。大網とは大腸、小腸をおおっている大きな網のような脂肪組織で、卵巣がんが転移しやすい部位であり、切除しても害はない。
卵巣がんの手術では、がんを取り除くと同時に、がんの広がりを正確に知るため、検査のための手術も同時に行うことになる。後の化学療法のために、どこまでがんが広がっているか確認しておく必要性があるからだ。
まず、おなかのなかを洗った生理食塩水のなかに、がん細胞があるかどうかを確認するため「腹腔細胞診」を行う。肉眼では見えなくても細胞レベルでがんが見つかることはしばしばある。それから腹腔内各所の組織を取って生検を行う。さらに、後腹膜リンパ節という転移の起こりやすいリンパ節を広く取る。腸や肝臓などに転移がみられた場合は、取れるものは可能な限り切除する。
「以前は転移があればお腹をしめてあきらめたものですが、いまは効く抗がん剤がありますから、できる限りがんを手術で取り除く努力をします。残ったがんが小さいほど抗がん剤が効く可能性があります。胃や大腸など消化器系のがんと大きく違うところです。卵巣がんの場合は1センチくらいのものであれば抗がん剤で消えることもあるので、できるだけがんを取り除くことが必要です」
卵巣がんに効く化学療法
タキソール(一般名パクリタキセル) 175~180mg/m2静注、1日(間)投与 |
パラプラチン(一般名カルボプラチン) AUC=5~6静注、1日(間)投与 3~4週間隔で3~6コース |
AUC:血中濃度曲線下面積
・タキソテール(一般名ドセタキセル)+パラプラチン(DC療法) |
・タキソール+パラプラチン毎週投与法(weekly TC療法) |
・カンプトまたはトポテシン(一般名イリノテカン)+シスプラチン(商品名ランダまたはブリプラチン)(CPT-P療法) |
・エンドキサン(一般名シクロホスファミド)+アドリアシン(一般名ドキソルビシン)+シスプラチン(CAP療法) |
・エンドキサン+シスプラチン(ランダまたはパラプラチン)(CP/CC療法) |
・シスプラチンまたはパラプラチン単剤 |
TC療法で効果が得られない場合のオプションとして、次のような化 学療法が推奨されている。上から重要度の高い順
手術の次には、抗がん剤による化学療法を行うことが治療ガイドラインで推奨されている。がんが無数に広がっていることが事前にわかっている場合には、順番を逆にして、抗がん剤を先に投与して腫瘍を少なくしてから手術を行う場合もある。
卵巣がんの8割を占める上皮性卵巣がんには、タキソール(一般名パクリタキセル)、パラプラチン(一般名カルボプラチン)を併用するTC療法が効き、70パーセント程度の高い奏効率が報告されている。パラプラチンは吐き気や腎機能障害などの副作用が比較的少ないのがメリットだ。 このTC療法が見出されるまでにはたくさんの比較対象試験が行われた。それらのエビデンス(科学的根拠)を検証し、効果と副作用から総合的に判断して、TC療法が標準治療として推奨されるようになってきたようだ。
ただし、組織型により化学療法の感受性に差異があり、上皮性卵巣がんのなかでも、明細胞腺がん、粘液性腺がんというタイプでは奏効率は2割を切っている。TC療法とは異なる治療法が求められているが、TC療法を上回る化学療法の報告がないので、治療ガイドラインが推奨するほかの化学療法は現在のところはない。
若い女性に多い胚細胞腫瘍
・ブレオ(一般名ブレオマイシン):20mg/m2あるいは 30mg/body静注、(3日間投与) |
・ベプシドまたはラステット(一般名エトポシド):100mg/m2静注、(5日間投与) |
・シスプラチン:20mg/m2静注(1時間投与)、(5日間投与) 3週間隔で3サイクルあるいはそれ以上 |
10代20代の若い世代に発生しやすい「胚細胞腫瘍」という卵巣がんもある。胚細胞腫瘍にも種類がいくつかあるが、特殊なものを除き、ほとんどは抗がん剤がよく効くという。若い女性であれば子どもを生みたいという要望も強い。そのためガイドラインでは、妊娠できる機能の温存を優先し、抗がん剤治療をメインにしている。
胚細胞腫瘍はほとんどが片側の卵巣だけにできるので、腫瘍のないもう一方の卵巣を温存することが可能となる。術後の標準的初回化学療法として、治療ガイドラインではBEP療法を推奨している。BEP療法が見出されてから胚細胞腫瘍の予後は飛躍的に改善したようだ。
腸など他臓器に転移している場合には拡大手術は推奨されていない。これが上皮性卵巣腫瘍と大きく異なる点だ。胚細胞腫瘍にはBEP療法がよく効くので、一般に転移した先の臓器まで取る必要がないのだ。
再発卵巣がんに対する考え方
治療により1度消失したかにみえたがんが再び増殖してくるのが再発だ。残念ながら今のところ再発卵巣がんにはよい治療法がない。治療ガイドラインでは、「治療の目的はQOL(生活の質)の維持、症状の緩和を第一に考え、次に延命について考慮する。治療の限界を十分に認識して、適応・内容を検討すべき」としている。
6カ月以上経過したあとの再発であれば、もう1回TC療法を行うことを勧めている。しかし効果の持続は初回化学療法の半分の期間程度しか期待できないそうだ。
6カ月以内に再発した例ではQOLを重視し、患者さんに化学療法で負荷をかけないことに主眼をおく。そのため単剤投与を基本とし、初回化学療法と交叉耐性のない薬剤(同じ場所に耐性が現われない薬剤)を選択する。
また、新薬の臨床試験への積極的な参加も推奨している。
薬剤 | 投与量 | 投与スケジュール | |
---|---|---|---|
・タキソール単剤 | 180mg/m2 または80mg/ m2 | day 1,3 | 週毎 毎週 |
・カンプトまたはトポテシン単剤 | 100mg/ m2 または250~300mg/ m2 | day 1,8,15 day 1, 3~4 | 4週毎 週毎 |
・ドキシル(一般名ドキソル ビシン塩酸塩リポソーム)単剤 | 50mg/ m2 | day 1,4 | 週毎 |
・トポテカン単剤 | 1.0~1.25mg/ m2 | day1~5 | 4週毎 |
・タキソテール単剤 | 70mg/ m2または30~35mg/ m2 | day1,3 day1,8,15 | 週毎 4週毎 |
・ジェムザール単剤* | 880~1000mg/ m2 | day1,8,15 | 4週毎 |
・ベプシドまたはラステット単剤(経口) | 50mg/body経口 | day1~21 | 4週毎 |
*保険適応なし
腹腔内化学療法はまだ標準治療とはいえない
抗がん剤を直接、腹腔内投与する「腹腔内化学療法」は、欧米でよい治療成績をあげていると報告されている。腹腔のなかにカテーテルで抗がん剤を注入すると、1センチ以内の小さな腫瘍であれば抗がん剤が直接がん組織に浸み込むことにより、効果が増すとされている。
しかし、今回の日本の治療ガイドラインでは、このような選択肢もあると紹介するにとどまり、標準的な治療法として推奨するまでは至っていない。
腹腔内化学療法は、毒性の問題があり、また最適な薬剤や用量などが未解決のままなので、現時点では標準的治療法として推奨はできなかったと鈴木さんは言う。これらの問題を解決するため、日本人を対象とした臨床試験の実施が必要だと記述している。
標準治療が行われているかどうかの確認に
治療ガイドラインの作成にあたって苦心した点について、鈴木さんは次のように述べた。
「大学病院、地域中核病院、中小病院と、施設によってスタッフの数、医療水準が当然違いますから、どこに基準を合わせるかが難しいですね。大規模な施設に合わせると実地臨床にそぐわない面がでてしまうし、どの施設でもできそうなことだけに限ってしまうと望まれる治療レベルに達しません。しかし卵巣がんという難治性のがんに対処するためには、ある程度高いレベルに基準をおく必要があると思います。このような治療ガイドラインができることは、患者さんにとって大きなメリットがあると思います。多くの医師が、ガイドラインを手元に置いて患者さんに治療方針を説明しているようです。患者さんも治療ガイドラインを見ることで、きちんとした標準治療が行われているか確認できると思います」
卵巣がんでは医師用の治療ガイドラインしかないが、将来的には患者用治療ガイドランの解説も作る可能性があるという。

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