渡辺亨チームが医療サポートする:卵巣がん編

取材・文:林義人
発行:2006年9月
更新:2019年7月

有効性が示されている「手術+抗がん剤治療」選択

 荒山扶美さんの経過
2005年
5月9日
家庭医を受診。腹水の疑い
5月10日 婦人科を受診。検査の結果、卵巣がんが強く疑われる
5月16日 インフォームド・コンセント。「手術が必要」

婦人科で「卵巣がんの疑いがある」と説明された荒山扶美さん(53歳)は、日を改めて、その検査結果について家族とともに詳細な説明を受ける。

そこで明らかになったのは、がんがソフトボール大の大きさであるばかりか、お腹にもたくさん散らばっていることが判明。

それを聞いた荒山一家はどうするのだろうか。

進行卵巣がんの疑いが濃厚

「別にまだがんと決まったわけではないでしょ。きっと大丈夫よ、お母さん」

2005年5月16日、荒山扶美さんが夫・忠雄さん、長女の美和さんと一緒に北山病院に向かうとき、美和さんは深刻な表情をしている扶美さんをこう励ました。この日は、前週川原医師から「卵巣がんの疑いがある」と指摘されて受けた検査の結果を聞くことになっている。川原医師は「悪性であるか良性であるかを見極めるためにも手術が必要」と説明しており、翌週24日に入院する予約もしていた。

「こんにちは。具合はいかがですか?」

川原医師は診察室に入ってきた3人に対して、ことさら明るい声で話し掛けようと努めているかのようだった。3人は医師を囲むように3つの椅子に腰を下ろすが、医師はまず忠雄さんのほうを向いてこう話す。

「すでに奥さんには先週の検査で、卵巣がんの疑いがあることをお伝えしてありますが、お聞きですね?」(*1がん告知

卵巣がんの骨盤内CT写真
卵巣がんの骨盤内CT写真

忠雄さんは、医師の目を見ながらうなずいた。「それでは検査の結果をお話しします」と、医師はシャーカステンに掲げた画像を指し示す(*2家族との情報共有)。

「荒山さんは進行した卵巣がんである疑いがかなり濃厚であることがわかりました。CTやMRIの検査では卵巣にソフトボールくらいの腫瘍があるようです。腹膜にも大きさ2センチ以上の転移巣と思われる塊があり、腹膜播種といってお腹の中に広がった状態と思われます」

画像で腫瘍が映し出されているのがわかる。

「CA125という卵巣がんで高い値となることが多い腫瘍マーカーの値も、正常値は35未満とされていますが、2000と高い値となっていて、これも卵巣がんと考えられる所見です」

両側の卵巣の摘出は不可欠

「ステージでいうとどのくらいにな���ますでしょうか?」

前夜、インターネットを使って卵巣がんの情報を集めていた忠雄さんが聞く。

「詳しい病気の進行の程度は手術をしないとわかりませんが、ステージで言うと3期以上の卵巣がんが強く疑われます」

忠雄さんは息をのんだ。そして、医師に確かめる。

「手術をするということは、それで治る可能性があるというわけですね?」

川原医師はちょっと考えてから答えた。

「治るためには、手術による両側の卵巣の摘出は欠かせない条件であるというふうに言えます(*3卵巣がん手術の動向)。ですから、卵巣がんが強く疑われる場合にいちばん一般的に行われている方法として、手術を行って、確かにがんであり切除可能とわかったところで切除し、そのあとで抗がん剤治療を行うというやり方があります。私は基本的にその方向でご相談をしたいと考えました。ただし、手術してみてがんが周辺臓器などに浸潤していて、目に見えるがんの塊を全部切除できない状態になっているという可能性も考えなければなりません」

「そのままでは切除できない状態?」

「はい、摘出できる腫瘍を全て摘出するのですが、腫瘍を全部取りきれないことがあります。腫瘍が腸にくっついていて剥がせない状態でも、腸を腫瘍と一緒に切除することで目に見える腫瘍を完全に切除できる場合には、腸も腫瘍と一緒に切除することがあります。腫瘍の位置によっては、腸を一緒に切除した場合に人工肛門を作らなければならないことがあります」

有効性が示された「手術+抗がん剤治療」

「そんなに大手術になるかもしれないのですか?」

扶美さんはすっかり怯えた様子である。

「これまでの検査結果と診察した感じでは、恐らく人工肛門を作らなければならないような手術にはならないと思います。一方、無理に手術で全て切除することはせずに、抗がん剤治療を行って、がんを小さくしてから手術する方法もあります。その他、最初に腹腔鏡という検査的な手術を行って、卵巣がんの診断を確定してから、抗がん剤治療を行い、がんを小さくした後に本格的な手術を行う、といった方法もあります。こうした選択肢の中から、最終的には患者さんに治療法を選んでいただくわけです(*4進行卵巣がんの治療法の選択)」

川原医師は、罫線の入らない白い紙を取り出した。そこにボールペンで治療方法を箇条書きで示していった。

「先生が最初の『手術のあとに抗がん剤』という方法をお勧めになる理由は何でしょうか?」

忠雄さんが聞く。

「いちばんの理由は、卵巣がんの治療として最も多く行われていて、有効性が示されている治療だからです。それから最初にお腹の中の状態を把握して、卵巣がんという確実な診断を行って、病気の広がりを把握できれば、そのあとの対応がより的確にできるので、結果的に荒山さんのご負担が最も軽くてすむ可能性があります。
一方、前もって抗がん剤治療を行うという方法は、それが手術後に抗がん剤を投与する方法よりいい成績に結びつくという証拠が現時点ではまだ得られていないので、手術を先に行ってから抗がん剤治療を行うという治療法をいちばん確実な治療法としてお勧めしています」


同じカテゴリーの最新記事