渡辺亨チームが医療サポートする:卵巣がん編
3c期の卵巣がんは、手術に加えて抗がん剤治療が不可欠
荒山扶美さんの経過 | |
2005年 5月9日 | 家庭医を受診。腹水の疑い |
5月10日 | 婦人科を受診。検査の結果、卵巣がんが強く疑われる |
5月16日 | インフォームド・コンセント。「手術が必要」 |
5月26日 | 卵巣がんの手術。「ステージ3cの卵巣がん」と確定診断 |
6月12日 | TJ療法開始 |
9月25日 | TJ療法終了 |
6時間に及ぶ手術の結果、卵巣と転移したリンパ節が無事摘出された荒山扶美さん(53歳)は、「ステージ3cの卵巣がん」と診断された。「抗がん剤治療が不可欠」と説明され、TJ療法と呼ばれる抗がん剤治療が6コースにわたって行われた。
果たしてその結果は?
「目に見える腫瘍は完全切除」というが……

5月26日午後3時、荒山扶美さんの卵巣がんの摘出手術が行われた。手術時間は約6時間。術後、川原医師は手術室の外で待っていた忠雄さんと美和さんに「心配していた直腸や膀胱への浸潤はなく、予定していた手術として卵巣・卵管・子宮・大網を切除して、腹膜播種や後腹膜腔の骨盤リンパ節、傍大動脈リンパ節の転移巣を含めて目に見える腫瘍は完全切除できました」と話した。
手術の翌日の27日からゆっくりと歩行するよう促され、手術後初めておならが出た。
翌28日、扶美さんの朝食におかゆが供され、術後初めて食べ物を口にできた。食事後、川原医師が病室に回診に来て、こう告げている。
「手術中の迅速検査で卵巣がんという診断となりましたので、手術前にお話しした通りの手術を行いました。手術で摘出した卵巣などの詳しい検査結果については、少し時間がかかりますので、検査結果が出次第、その結果をお知らせして、今後の治療の方針や治療の内容についてお話しさせていただきたいと思います」
「ようやく手術が終わった」というひとときの安堵感の中にいた扶美さんは、「やはりがんだった」というショックに引き戻され、「どんな検査結果が出るのかしら?」と新たな不安を感じる。
手術から10日経った6月5日の午後3時、扶美さんは病室を訪れていた夫の忠雄さん、長女の美和さんと一緒に、病棟の面談室で川原医師から手術で摘出した腫瘍の詳しい検査結果について報告を聞くことになった。
「荒山さんの病巣からはがん細胞が確認され、手術前に予想されていた卵巣がんという診断で確定しました。病理組織分類という顕微鏡で見たタイプでは、漿液性腺がんという、卵��がんでは最も多いタイプでした(*1卵巣がんの組織分類)。そして病気の進行具合を示す分類ではステージ3cと診断されました(*2卵巣がんの進行期)」
穏やかな口調で川原医師は説明していった。が、聞いている患者の扶美さんのほうは、どうしてもそれほど冷静になりきることができない。
「先生、結論からいうと、私の命はあとどのくらいということになるのでしょうか? ステージ3cの卵巣がんというと、平均では2年くらいですか?(*3卵巣がんの生命予後)」
川原医師にとって、こんなふうに患者から詰問される経験は少なくない。一呼吸置いて口を開いた。
「『平均』というのは正確ではありませんが、確かにそういうデータもあります。それによれば、荒山さんのがんの進行度からいうと、およそ2年くらいの間に半分の方が亡くなることになります。ですが、逆に言うと半分の方がそれより長く生きられるということですね。いずれにしてもこれはあくまでも全体のデータであり、荒山さん個人がどのくらい生きられるかということは今の時点では全くわかりません。
荒山さんの場合、予定していた手術は無事行うことができて、目に見えるがんの塊は全て摘出できており、手術からの回復も良好で食事も十分摂られています。腹水で苦しいという状態でもないので、現在のところ命に関わるような状態ではありません。ですから、今後行う抗がん剤治療でどの程度再発を抑えることができるかにかかってきます」
3c期の場合は抗がん剤治療が不可欠
ここで扶美さんはまた疑問を示した。
「抗がん剤は効くのでしょうか。あれは手術より厳しいのに効かないという話をよく聞きますから。私はできれば抗がん剤は受けたくないのですが……」

また、ちょっとだけ間を置いて医師が答えた。
「いえ、荒山さんのような患者さんで、抗がん剤治療が効果を示す例が珍しくなくなっています。完全に治るという状態も期待できますし、完全に治らないことがあったとしても、年単位の長さで再発を抑えることができることも珍しいことではありません。抗がん剤は確かに副作用もありますが、テレビドラマなどで描かれるような苦しい抗がん剤治療というのは10年以上前の話です。
現在ではタキソール(一般名パクリタキセル)とパラプラチン(一般名カルボプラチン)という薬剤を組み合わせた通称TJ療法(*4)という治療が有効であることがわかっています。副作用についても、この治療は外来で行うことも可能なくらいですから、一昔前の抗がん剤に比べればはるかに少ないといえます」
「そうですか。私はその副作用が心配で仕方ありませんでした」
「やはり副作用は心配ですね。それではTJ療法でどんな副作用が出るかについて、お話ししましょう。
まずこの治療で使う薬剤はどちらも、吐き気止めを予防的に使用することにより吐き気はそれほど強く現れることはありません。ただし、とくにタキソールの副作用として、脱毛はほぼ確実に起こるので、かつらを用意していただいたほうがいいと思います。
そのほか、手足の筋肉痛やしびれという副作用もわりと多く見られます。それで、そのしびれという問題ですが、ピアノや手芸など、手先の細かい動きが必要なお仕事や趣味をお持ちの方には、タキソールの代わりにタキソテール(一般名ドセタキセル)というお薬を使ったDJ療法(*5)という選択肢もあります」
「そうですね。私はそれほど細かい仕事はしていません。普通の家事がこなせれば……」
抗がん剤のメリットとリスクをきちんと説明してもらえた扶美さんは、少しずつ治療に対して前向きな気持ちになっていった。
副作用 | カルボプラチン群 | シスプラチン群 |
---|---|---|
ヘモグロビン(グレード3) | 6 | 2 |
顆粒球減少(グレード3) | 74 | 52 |
血小板減少(グレード3) | 7 | 1 |
発熱(グレード2、3) | 13 | 9 |
悪心・嘔吐(グレード3) | 16 | 19 |
神経毒性(グレード3) | 3 | 6 |
「腹腔内投与」という治療も
6月8日、扶美さんは病院から「手術を受ける人のために個室を空けて相部屋に入ってほしい」と言われ、6人部屋に移った。この頃、扶美さんは手術後の体調のよさを自覚できていた。健康なときの体重は48キロ前後だったが、腹水でお腹が腫れ上がっていた頃には51キロまで増え、それが手術で多くの臓器を失った直後は44キロまで減っている。そして、手術から10日で体重は46キロまで回復した。腫瘍マーカーのCA125も手術前は2000あったのに現在は100までに下がっている。
6人部屋のほとんどの患者は、婦人科がんの手術を終えて抗がん剤治療を受けているようである。扶美さんの隣のベッドには「佐藤美代」というネームプレートがかかっている。60歳くらいの小柄な女性だ。
「よろしくお願いします」
扶美さんが挨拶すると、佐藤さんはわりと人なつこく話しかけてきた。
「おたくも卵巣がんみたいね?」
「ええ、そうなんです。3c期だそうです」
「まあ、そう……。私は4期だったのよ。4カ月もかけて抗がん剤でがんを小さくしてから、やっと手術ができたの」
「それは大変でしたねえ。このあとも抗がん剤を……?」
「そうなのよ。私はお腹に直接薬を入れる腹腔内投与(*6)というのをやるらしいの。手術のときにお腹の中に薬を投与するための器具を埋め込まれたのよ」
佐藤さんはお腹に皮膚に埋め込まれた器具による皮膚の盛り上がりを示した。扶美さんはちょっとびっくりしたが、「いろいろな治療法があるものね」と感心する。そして、自分よりも条件の悪い人が闘病しているのだと思うと、少し勇気づけられる思いがして、「お互いにがんばりましょうね」と話した。
6月12日、扶美さんの1回目の抗がん剤治療が始まる。川原医師が病室を訪れ、点滴を行うための針を刺してくれた。副作用を予防する点滴がなされた後に、抗がん剤が混ぜられた点滴がつなげられた。タキソールが点滴される間には心電図の電極が胸に装着され、間に何度か看護師が「大丈夫ですか?」と様子を見に来たが、とくに問題も起こらず約6時間で点滴は終了した。まったく副作用のようなものを感じることもなく、夕食も「体力を維持するためには頑張って食べなければ」と完食した。
抗がん剤治療の5日目、扶美さんは脱毛に備えてかつらのカタログを開いて見ていた。そこへ川原医師が訪れ、「荒山さんはあまり重篤な反応も出ていないようですから、退院していただこうかと思います。次回からは外来で治療を受けていただければけっこうですから」と告げたのである。
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