渡辺亨チームが医療サポートする:卵巣がん編

取材・文:林義人
発行:2006年9月
更新:2019年7月

TJ療法による副作用も消え、体調のよさを自覚。
再発への不安が次第に遠のいていった

山中康弘さんのお話

*1 TJ療法の副作用対策

タキソール(一般名パクリタキセル)による副作用の1つである筋肉痛や関節痛などの疼痛が問題になることがあります。この疼痛対策として、よく使われるのは手術後の痛みや腰痛などに対して使用される鎮痛剤(非ステロイド系の抗炎症鎮痛剤、総称してNSAIDs=エヌセイドと呼ばれます)が用いられます。NSAIDsで抑えられない疼痛の場合には、モルヒネなどの麻薬系の鎮痛剤が必要になる場合があります。

麻薬というと「中毒になる」「使ったらおしまいだ」「気が狂って廃人になってしまう」「使ったら末期になる」と抵抗がある方もいらっしゃって、頑として使わないという患者さんがいますが、麻薬系の鎮痛剤は正しい使い方をすれば大変有用であり、使うことにより抗がん剤の効果を落としたりするようなことはありません。また、中毒になってやめられなくなるというようなこともありません。

また、タキソールは末梢神経障害が生じて手足にしびれが生じてくるという副作用があり、蓄積性であるため、治療コース数が増えるにしたがって、しびれが強くなり、日常生活に支障を来すようになってしまうことがあります。この副作用に対してビタミン剤や抗けいれん剤、漢方薬等が試されたりしていますが、効果は今ひとつで、実際には抗がん剤を減量したり、休薬したり、延期したり、中止したりして対応することになります。

その他、欧米では用いられていませんが、芍薬甘草湯という漢方薬が有効であるという報告もあり、使われたりしています。芍薬甘草湯を内服することで、しびれやうずき、痛みが軽減されるという患者さんもいます。しかし、あまり確実性・即効性はなく、この薬を内服しても、まったく軽くならないという患者さんも少なくありません。利用するときは医師に相談してください。

抗がん剤治療は効果が期待できる治療であり、副作用を抑える対策も進んできていますが、それでもがん以外の病気の治療と比べると効果も限られており、副作用も軽いとはとても言えない状況にあります。ですから、現実問題として、治療の目的、つまり治療を何のためにやっているのか(再発予防なのか延命や症状出現の先延ばし、症状の緩和)、現在行っている治療の効果はどの程度あるのか、といったことと、副作用の種類や程度、持続期間、回復する見込み等などを考えて、治療の継続や中止などを相談して決めていくことになります。

写真:タキソールとカルボプラチン

[TJ療法]

タキソール 175~180mg/㎡静注 (3時間投与)
カルボプラチン AUC=5~6静��� (1~2時間投与)

TJ療法は上記の抗がん剤を併用し、通常3~4週間隔で3~6コース行う

*2 タキソールの毎週投与

腫瘍細胞(がん細胞)と正常細胞の抗がん剤に対する反応性(障害を受ける程度と割合、時期)の違いを利用することによって抗がん剤による治療が成り立っています。抗がん剤の種類や投与量により、腫瘍細胞や正常細胞に対する反応性が異なるため、それぞれの抗がん剤治療は、薬の種類や組み合わせにより、患者さんが耐えられる範囲内の投与量とスケジュールが設定されています。

タキソールについても投与時間や投与スケジュールの検討が行われており、週1回投与を行う毎週投与法についても検討が行われています。

現時点では乳がんや肺がん、胃がんなどに対して毎週投与法が検討されており、乳がんにおいては3週1回投与よりも有効性において優れるという報告もなされています。卵巣がんに対しても週1回投与法が検討されています。

毎週投与法は、外来で行う場合には毎週の通院が必要であり、そのたびに点滴を行うための針を刺さなければならないということもあるなど、不便なこともありますが、副作用をみながら、投与を延期したり、減量したりなどの調整が可能であるなどの利点もあるので、様々な抗がん剤、がん種で試みられています。しかし、効果についても、副作用についても、本当に標準的な治療よりも優れているのか、または劣っていないのかについては、圧倒的な違いがない場合には比較検討が必要であり、現時点では卵巣がんに対するタキソールの毎週投与法については確立されたものとは言えないというのが現状です。

なお、2006年10月現在、日本ではタキソールは3週間投与でしか保険が承認されていません。

このほかにもタキソールの投与法として、隔週投与の有効性も検討されています。

[タキソールの投与スケジュール)]

従来の投与法
日目 投与     投与     投与     投与  
1 8 15 22 29 36 43 50 57 64 71
毎週投与法
日目 投与 投与 投与   投与 投与 投与   投与 投与 投与
1 8 15 22 29 36 43 50 57 64 71
隔週投与法
日目 投与   投与   投与   投与   投与   投与
1 8 15 22 29 36 43 50 57 64 71

*3 腫瘍マーカーによる治療効果の判定

卵巣がんでは、血液中に存在する糖タンパクに分類されるCA125という腫瘍マーカーが治療の効果判定に用いられています。3期または4期の患者さんが、抗がん剤治療を行っていったん下降したCA125の測定値が高くなると、再発が強く疑われます。卵巣がんにおけるCA125は比較的信頼性が高い検査ですが、腫瘍マーカーの値は1回で評価するのではなく、複数回の検査で確認することが重要です。

数値にもよりますが、1回の検査結果で一喜一憂するのはあまりよいことではありません。CA125を含め、腫瘍マーカーの数値は、「○○以上だったら具合が悪くなる」、「命に関わる」というような性質のものではないと知っておく必要があります。

*4 健康食品

がんの患者さんの50パーセント以上が何らかの健康食品を利用しているといわれます。がんに効くとされる食品もたくさんあり、なかには驚くほど高価なものも少なくないようです。しかし、がんに対する有効性を科学的に証明された健康食品は1つもありません。がんが治ったというウソの体験談をもとに商品を販売する悪質な商法で摘発された例もあります。

健康食品といいながら副作用の心配もあるし、命にかかわる副作用が出る危険性もゼロではありません。

また、抗がん剤の副作用を緩和することをうたった健康食品もありますが、仮に副作用を弱めるという効果が確かだとしても、その副作用を弱めるという効果が抗がん剤の効果を弱めてしまう可能性も否定できないということになります。

医療者としては抗がん剤治療を受けている患者さんには、健康食品の有効性が明らかでなく、非常に曖昧なものであること(そもそも本当に「健康」食品なのかどうかも怪しいものが溢れている)、健康食品による副作用がゼロではないこと(そもそも副作用がゼロのものなどこの世に存在しない)、抗がん剤治療を行う上で問題になる可能性が完全には否定できないこと、などの理由から、せめて抗がん剤治療を実施している期間は、いわゆる健康食品の利用をやめていただきたいです。摂取するときは、問題が起きたときの対応が困ることがありますので、医療者に隠れて摂取しないでください。

本当のことを言えば、摂取するかどうかは患者さん本人の自由ですし、好きなようにしてもいいのです。ただし、その場合、何か問題が起きたときは自分に降りかかる、自分が代償を払わなければならない、ということをよく考えて下さい。また、病気という弱みにつけ込んだ詐欺、あるいは詐欺まがいのようなものもありますのでご注意下さい。私は「私の言葉を鵜呑みにしなくてもかまいません。ただ、私は本当にいいものだとしたら世界のどこかで治療として認められて薬になるはずだと思います。世界にこれだけ医師を始めとする研究者や患者さんがいるのに見過ごすことは、かなり確率として低いと思います。また、昔からあるはずなのに薬になっていない、主流の治療として認められていない、というのはどういうことか、ということをよくお考えになって下さい」とお話ししています。

*5 卵巣がんのリスクファクター

がんにかかりやすい人を「リスクの高い人」といいますが、卵巣がんは脂肪の摂取が多いとリスクが高くなると考えられています。日本人が卵巣がんにかかるリスクは、欧米人に比べると半分以下ですが、この差は縮まりつつあります。未産婦、不妊症、遅い出産、閉経の遅れなどの病歴はリスクが高くなる一方、経口避妊薬(ピル)の服用習慣は危険を減らすことが知られています。

また、肥満女性が卵巣がんになりやすいことも疫学調査で知られています。さらに卵巣がんと遺伝についての関係も報告されています。母親や姉妹が卵巣がんである場合は、そうでない場合に比べ、卵巣がんにかかるリスクが3倍くらい高いとされています。BRCA1・BRCA2遺伝子という遺伝子に異常があって、乳がん・卵巣がんが多発する家系があることがわかってきました。遺伝子を調べることによって、がんの早期発見に結びつけるための検査も少しずつ行われるようになっています。ただし、現時点では、これらの内容は研究段階にあり、一般の検診や日常診療として行われているわけではありません。

*6 卵巣がんの再発とセカンドライン

卵巣がんの初回の治療でTJ療法などの抗がん剤治療を行い、がんが消えたり、小さくなったり、進行が止まるなどの効果のあった人でも、多くが14~28カ月以内に卵巣がんを再発しています。

卵巣がんが再発した場合、最後の抗がん剤治療を受けてから期間が長いほど、同じ抗がん剤が効く可能性は高くなります。様々な検討が行われていますが、「病気の悪化が判明するまでの期間が6カ月以上あるかどうか」が、一応の目安にされることが多いです。再発あるいは病気の悪化が治療を終了してから6カ月以上経過している場合には、最初に行った抗がん剤治療の効果が期待できる患者さんが多いことから、同じ治療を再開することが検討されます。

タキソールによるしびれなどの副作用が残っている場合には、同じ治療を行うとさらに悪化してしまうのは明らかなので、別な抗がん剤治療を考えることになります。一般的にはプラチナ系抗がん剤を含んだ治療が検討されます。なお、再発がいつ、どこに生じ、今はどこにがんが広がっているのか、ということが大きく関係しますが、再度手術で腹腔内のがんを切除する場合もあります。

いずれにしても再発した卵巣がんの治療は、それまでにどんな治療が行われているのか、その効果はどの程度あったのか、副作用はどうであったか、今の状態は治療に耐えられる体なのか、そして何よりもご本人の気持ち・意向はどうなのか、といったことを全て勘案して、治療を考えていくことが重要ですので、担当医とよくお話をして、納得の上で治療を受けることが勧められます。



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