膵がん治療に朗報! 術前化学療法の確立をきっかけに飛躍へ

監修●海野倫明 東北大学大学院医学系研究科・消化器外科学分野教授/東北大学病院総合外科長
取材・文●菊池亜希子
発行:2021年3月
更新:2021年3月


コンバージョン・サージェリーで長期生存を目指して

「さらに言うと……」と海野さんは続けた。

「手術不可能な状態で見つかる膵がん(60%)を、術前治療によって手術可能な状態に持ち込めないだろうかという試みも、現在、積極的に行われています」

手術不可能から可能へ――なんだか夢のように思えるが、これは「コンバージョン サージェリー:Conversion surgery(変換手術)」と言い、まさに今、膵がん専門医の間で注目を集めている話題だそうだ。

「手術不可能で見つかるすべての膵がん患者さんにコンバージョン・サージェリーができるわけではありませんが、当院でも実際に手術できるようになった症例も少なからず出ています。中には、まだ人数は少ないですが、手術後も長生きしておられる方もいます」

ただし、ボーダーラインの膵がん同様、その方法については現在議論の真っただ中。今のところ、統一見解には至っていない。

ならば、コンバージョン・サージェリーについても臨床試験を行って有効性を確かめられないのだろうか?

「もちろんランダム化比較試験ができればわかることもあるでしょうが、実際に行うのは非常に難しいのです。ランダム化試験となると、ある時点で、手術をするかしないかをくじ引きで決めるような状態になってしまいます。患者さんとしては到底飲める条件ではないでしょう」

現在は、それぞれの施設が、1つひとつのケースに対して最善の方法を選択しながら、その過程で丁寧にデータを集めている段階だそうだ。その中から、どれほどの割合でコンバージョン・サージェリーが可能になっていくか、さらにはコンバージョン・サージェリーの後に長期生存が可能なケースはどのくらい出てくるのか。今まさに、膵がん治療は飛躍の階段を昇っている最中と言えそうだ。

膵がん治療の今後に期待

ところで、膵がん治療には、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬といった新薬は登場しないのだろうか?

「もちろん我々も期待していますが、現段階では膵がんには難しいようです。でも、科学は日々進歩していますから、今後、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬など新しいメカニズムの薬や治療法が出てくる可能性は大いにあると思います。そうなれば、〝難治〟と言われる膵がん治療も、さらに飛躍的に進化するでしょう」

となると、現時点での膵がん治療飛躍のとっかかりは、やはり術前治療にあるようだ。術前化学療法の確立によって術後の生存率が伸び、また、それまでは膵がん全体の20%にしかできなかった手術が、ボーダーラインの20%の膵がんにも��術できるようになりつつある。さらに、見つかった時点では「手術不可能」な60%に対しても、手術できる状態に持ち込めないかという試みが、現在、全国の施設で積極的に試みられている。

抗がん薬の研究も日進月歩。より効果の高い抗がん薬にスイッチすることで、コンバージョン・サージェリーが現実味を帯びてくる可能性は大いにあるだろう。そうなれば、現在行われている「切除可能な膵がんに対する術前化学療法」の有効性もさらに高まっていくに違いない。

2019年に確立された切除可能な膵がんに対する術前化学療法。これが一石となって、「難治」と言われ続けた膵がん治療に大きな波紋を起こすことを期待したい。

手術可能の早い時期に膵がんを見つけるために

とはいえ、できることならば「切除可能」な状態で膵がんを発見したい、とは誰もが思うところだ。自覚症状が現われにくい膵がん、どうすれば早い段階で見つけることができるのだろうか?

「これは医療側の仕事になりますが、膵がんを発症しやすい人を囲い込む必要があると思います。例えば、肝がんなら肝炎の人を注視するように、膵がんも何らかの発症しやすい遺伝子異常があって、その遺伝子を持つ人を絞り込んで観察していくことができるようになれば、早い段階で発見できるようになるはずです」

2013年には、女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが、BRCA1遺伝子変異による遺伝性乳がんを回避するために乳房切除術を受けたことがニュースになった。

「BRCA1という遺伝子変異は膵がんも発症させやすいと考えられています。そうした遺伝子を持つ人を注視し続けることは、早い段階で膵がんを見つけ出す手段になるでしょう」と海野さんは指摘した。

糖尿病との因果関係はどうなのだろうか?

「糖尿病の人が膵がんに罹りやすいのではなく、膵がんになると糖尿病が悪化するのです」

つまり、急に糖尿病になったとか、急に糖尿病が悪化した、といった場合は大いに注意が必要。言い換えると、そうした知識を持っていることが、「切除可能」な段階での膵がん発見に繋がるのだろう。

ちなみに、2019年に確立した切除可能な膵がんに対する術前化学療法だが、現在発表されているのは2年生存率までだ。

「2013年から始めたランダム化比較試験の最後の登録者が2016年なので、今年(2021年)中には5年生存率が確定します。この数字に期待したいと思います。ちなみに、東北大学病院での5年生存率は40%を超えています。これが50%を超えてくると、膵がん治療も新しい時代に入ることになるでしょう。1日も早くその日がきてほしいと願っています」

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