渡辺亨チームが医療サポートする:膵臓がん編

監修:石井浩 国立がんセンター東病院肝胆膵内科医長
取材・文:林義人
発行:2007年5月
更新:2019年7月

渡辺亨チームが医療サポートする:膵臓がん編―2

石井浩さんのお話

*1 膵臓がんの危険因子
[膵臓がんの危険因子]

喫煙 2.5倍
糖尿病 2.1倍
慢性膵炎 2.1倍
飲酒 1.4~2.5倍

膵臓がんにかかりやすい危険因子として、タバコを多く吸う習慣や糖尿病などが挙げられますが、確たる根拠はなく、はっきりしたことはわかりません。

どんな人が膵臓がんになりやすいのかも、あまりわかっていません。

そのため、膵臓がんの予防対策も立てようがないのです。ですから、膵臓がんから生還するためには、はっきり意識して早期発見を心がけるしかありません。そのため、どうしたら膵臓がんを早く発見できるかという研究が意欲的に続けられています。

*2 膵臓がんの生検

がんの治療を行うためには、患者さんの腫瘍組織を採取して、確かにがんであるということを確認する必要があります。このことを生検(組織診断)と呼びます。膵臓がんの生検は、世界的には内視鏡を使って膵管から組織を採取する方法が標準的です。また、日本では経皮で吸引する生検を行う施設もあります。

しかし、施設によっては、画像診断で手術可能と判断される膵臓がんの疑いがある患者さんに対し、生検を行わない例がしばしばあります。

これはがんをまき散らす危険を避けるためとされています。稀にですが、膵臓がんの術前診断がくつがえることもあります。

国立がん研究センター東病院で01年4月~06年12月の膵臓がん症例について検討したところ、画像診断により浸潤性膵管がんとして切除した106例中4例(3.7パーセント)の病理診断は術前の画像診断と異なっていました(慢性膵炎2例、神経内分泌腫瘍、膵管内乳頭粘液性がんが各1例)。

私の意見としては、生検して確定診断してから手術するほうがいいと思いますが、「切除できる例に生検はしない」ということが伝統のようになっている施設も多いようです。

また、生検でがんをまき散らされることがどの程度の確率であるのか(きわめて低率と思われます)、実際にまき散らされるとしたら患者さんの不利益になるのか(あまり不利益にはならないだろうことも予想されます)といった議論があるところです。

*3 膵臓がんの治療

膵臓がんの初発は見つかったとき、すでに治癒を目的とした手術ができない進行がんが大半です。切除できない進行膵がんには、(1)遠隔転移はないものの、上腸間膜動脈や腹腔動脈本幹に浸潤している局所進行膵臓がん(ステージ3)と、(2)遠隔転移が認められるもの(ステージ4)の2種類があります。遠隔転移のある膵臓がんに対しては、症状の緩和を目的に抗がん剤治療を行います。

現在、膵臓がんに最も有効と考えられている抗がん剤はジェムザール(一般名ゲムシタビン)で、最近承認されたTS-1(一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤)がこれに次いでいます。

また、局所進行膵臓がんに対する標準的な治療法は、放射線治療と化学療法を組み合わせた化学放射線治療です。この場合は、5-FU(一般名フルオロウラシル)という抗がん剤を持続投与する一方、放射線を照射する同時併用療法が行われるのが一般的です。5-FUの代わりにTS-1を組み合わせた化学放射線治療もあり、また放射線を使わずにジェムザールだけ用いた治療でも成績は変わらないという見方もあります。

膵臓がんが見つかって、切除できるものは10~20パーセント程度にすぎません。そして手術をしても、5年生存率は10パーセント前後から20パーセントくらいしかありません。それに「遠隔転移がない」と判断して手術をしても、3割に腹膜や肝臓に微小な転移が見つかります。しかし、その一方で5年、10年と経過しても再発せず、生還する人もいます。

[膵臓がんの手術ができる可能性と生存率]

図:膵臓がんの手術ができる可能性と生存率

*4 膵臓がん手術の適応

手術の適応を判断するうえで、がんの大きさは必ずしも重要な要因にはなっていません。たとえば1.8センチだから切除できるけれど、2.3センチだから切除できないということはないのです。重要な要因となるのは、腫瘍が上腸間膜動脈や腹腔動脈本幹、総肝動脈などの血管に浸潤しているかどうかということです。たとえ腫瘍が1.5センチくらいしかなくても、これらの血管にかかっていると、手術の際に一緒に切除しなければならなくなります。その結果、総肝動脈を傷つければ肝臓が、上腸間膜動脈を傷つければ小腸や大腸が腐ってしまうことになります。

かつてはそのような血管への浸潤があっても手術した歴史がありますが、そうした拡大手術はかえって寿命を短くすることがわかってきました。

*5 膵臓がん手術の術式
[膵頭十二指腸切除術]
図:膵頭十二指腸切除術

十二指腸に近い膵頭部にがんがある場合は、膵頭十二指腸切除術という術式で手術します。膵臓の半分、胃の半分、十二指腸の3分の2、胆嚢、胆管をまとめて切除する方法です。さらに、膵臓周囲のリンパ節、脂肪、神経なども同時に摘出します。

また、体部、尾部にがんがあれば、膵体尾部切除術という術式で手術します。これは膵臓の半分と脾臓摘出術を用いる方法です。

膵臓がんの切除手術は消化器がんのなかでも難しいと言われます。世界で最も権威のある医学雑誌『ニューイングランドジャーナル・オブ・メディスン』2003年11月号に、経験の少ない外科医が膵臓がん手術をした場合の手術死亡率は、手術経験の豊富な外科医が手術した場合の3.61倍であったことが報告されています。

*6 術後補助化学療法

膵臓がんは、手術だけでは高率にがんが再発するため、手術に加えて放射線治療、化学療法、化学放射線治療などの補助療法が試みられています。

ヨーロッパの研究グループ「ESPAC-1(European Study Group for Pancreatic Cancer)」は、膵臓がんに対する術後の補助化学療法(5-FU+ロイコボリン《一般名ホリナートカルシウム》)の有効性と術後の化学放射線治療の無効性を報告しました。それによれば、手術単独群の術後生存期間の中央値が約14カ月に対し、5-FU+ロイコボリンを投与した群では生存期間中央値が約20カ月とほぼ半年の延長を認めました。

[ジェムザールの症状緩和効果]
図:ジェムザールの症状緩和効果

しかし、アメリカのグループは術後の化学放射線治療が有効であることを報告しています。

現在では、5-FUやロイコボリンよりも強力なジェムザールという抗がん剤が登場しています。

ドイツでは、切除手術だけの群と切除手術の後でジェムザールを投与する群をつくって大規模な比較試験が行われていて、ジェムザール群は無再発生存が有意に優れていたというデータが示されています。しかし、全体としての生存率で確かにジェムザール群のほうがよくなっているというデータはまだ出ていません。おそらくこれも、優れていることがわかってくるでしょう。

現在は術後補助化学療法としてジェムザール単独がいいだろうという予測をもとに、それを確認する臨床試験が進められているところです。

*7 ジェムザール

ステージ4の転移性膵臓がんに対し、1997年までは5-FU単独よりも優れた成績を上げる抗がん剤はありませんでした。しかし、この年にアメリカで、5-FUだけで治療した場合の生存期間が4.41カ月に対し、ジェムザールだけで治療すると5.65カ月という試験成績が報告され、ジェムザールは膵臓がん治療薬として急に脚光を浴びるようになったのです。日本では2001年4月に販売が承認されました。

この薬は1週間に1度の点滴投与で使用されます。それは2週あるいは3週投与して1週休むというスケジュールで行われ、副作用も少なく通院治療も可能です。

写真:ジェムザールによる治療前

ジェムザールによる治療前
写真:ジェムザールによる治療後

ジェムザールによる治療後。転移巣が消え、原発巣も縮小した

*8 迅速診断

手術中に切り取った腫瘍部分の断端(切り口)にがんが残っているかどうかを調べることによって、がんが本当に取りきれたかどうかを調べるものです。

切り口のがん細胞が確認できる場合を断端陽性と言い、がんが取り残された可能性があります。

がんが残っていない場合を断端陰性と言います。

*9 黄疸の治療

黄疸の治療には、皮膚・肝臓を通して胆管に細い管を入れ、胆汁を外に逃がしてあげる「経皮経肝的胆管ドレナージ」という方法や、内視鏡を使って十二指腸の胆管の出口からチューブを入れる「内視鏡的胆道ドレナージ」という方法があります。

胆汁を体の外に排出すると、熱のある場合は熱が下がり、皮膚や目の黄色い色や体のかゆみもとれ、尿の色も元通りの薄い黄色になるなど黄疸の症状が改善します。

*10 術後の再発

膵臓がんは手術できた場合も、5年生存率が10~20パーセントという低さです。10人中9人が再発する予後の悪いがんで、半数はだいたい術後1年くらいで再発します。

再発の症状は初発と同じように黄疸でわかることもありますが、無症状で本人が気づかないうちに再発することもあります。

なかには手術を終えたばかりのころから、痛みがすっきり取れなかったり、体重が減ったままだったりという症状が、そのまま再発に結びつくこともあります。


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