膵臓は、実は〝沈黙の臓器〟ではない 膵がんの早期診断はここまで来た!
SPACEで見つかった膵がんは、ほぼ0期
MRIやCTでへこみを見つけ、これを上皮内がんを疑う根拠としてSPACEを行うと、およそ50%の確率でがん細胞が検出されるそうだ。
「この時点では、まだ画像にがんの姿が確認できない段階なので、膵管の粘膜内に留まる上皮内がんである確率が高いわけです。実際、がん細胞が検出された人のうち70%ほどが0期の上皮内がんです」
残りの30%のほとんどは、上皮内がんよりさらに前の〝前がん状態〟。つまり、膵臓のへこみは、がんになって初めてできるのではなく、がんになっていく過程ですでに起きている現象ということになる。
0期はもちろんだが、前がん状態で見つけて切除できれば、これに優るものはないだろう。ちなみに、0期以外の30%の中の1~2%ではⅠA期ということもあるそうだ。
MRIやCTによる画像診断で膵臓組織の萎縮(へこみ)を見つけてSPACEを行い、そこで5割の確率でがん細胞が検出されたら、それはほぼ0期の上皮内がん。もしくは0期以前の前がん状態で見つかることもある。このような「(超)早期の膵がん」で発見できた場合、難治といわれる膵がんでも、5年生存率は90%を超えてくるという。
早期発見できた膵がんの手術
画像診断(委縮発見)からSPACEを経て、早期膵がん(膵管内の上皮内がん)を発見したら、ほとんどの場合、腹腔鏡での摘出手術を受けることになる。
膵臓はさやえんどうのような形をしていて、十二指腸と繋がる膵頭部はふっくら丸みを帯びてボリュームがある一方、反対側の膵体尾部は薄くてペラペラ(図1)。そして、膵頭部と膵体尾部では、へこみの形態が異なるそうだ。
「膵体尾部での膵萎縮は3つのパターンに分類され、すでに明らかにされています。一方、膵頭部の膵萎縮については、まだ判明していないことが多いのです」と菊山さん。つまり、画像診断で膵臓のへこみを認知できるのは、現状、膵体尾部のものなのだ。そして、膵体尾部の切除には、腹腔鏡下術が有効とされている。
「膵頭部の膵委縮を解明することが、直近の課題の1つです。現在、過去の症例を見直しながら解析している真っ最中。膵頭部組織の萎縮の画像所見がもっとわかってくると、早期発見できる膵がんはさらに増えてくるでしょう」
がんを引き起こすのは遺伝子変異
「膵がんも、早期発見さえできれば怖くない」と思ってしまいそうになるが、実は話はここで終わりではない。
「がんという病は、あまねく遺伝子異常によって引き起こされます。膵がんを作り出す遺伝子異常は、膵臓全体に共通して起こるのです。つまり、膵管の上皮細胞に起きた遺伝子異常が膵管粘膜を腫瘍化させるのは1カ所とは限らないということです」
遺伝子変異の影響は膵管全長に及ぶため、多発すると考えられる。となると、MRIやCTで膵臓のへこみを察知してSPACEを行い、0期で発見、切除できたとしても、そこで終了というわけにいかない。残った膵管の別の場所からがんが再び発生するかもしれないからだ。
「がん治療」だけを考えるならば、理論的には、0期の上皮内がんを見つけた時点で、膵臓に関する遺伝子異常があると考えて、膵臓を全摘するのが最善かもしれない。ところが、膵臓を全摘すると、インスリンを作れない体になる。そうなると、重度の糖尿病を免れられないため、単純に全摘するわけにいかないのだ。
「0期の膵がんを発見して腹腔鏡で膵体尾部を切除した場合、そこからは、半年に一度、残った膵管にがんが出てきていないかを見張り続けます」と菊山さん。見張る方法は、残った膵管にチューブを入れて膵管内の細胞を取り出す単回膵液細胞診と、超音波内視鏡の2つの検査を組み合わせる。
「手術後は膵臓が半分になっていることもあり、膵管内にチューブを留置することはできないので、何度も膵液を取り出すSPACEは行えません。とはいえ1回の膵液採取による細胞診だけでは不十分なので、超音波内視鏡も組み合わせるのです」
超音波内視鏡とは、内視鏡の先に超音波(エコー)がついていて、最も精密に進行がんを診断できる検査機器。膵がんは5㎜から診断できる。半年に一度、単回膵液細胞診と超音波内視鏡の2つの検査で見張り続ける。
現状では、これが0期膵がん切除後の最善策のようだ。
どんなときに膵がんを疑うべき?
ともあれ、膵がんは0期で見つけて切除したい。そのためにはMRIやCTで膵臓のへこみを見つけなければならないわけだが、何もないのにCTやMRIは行われない。患者さんは、どのようなときに膵がんの可能性を疑ったらいいのだろうか。
ポイントは4つ。
1つ目は、急に糖尿病になったり、急激に糖尿病が悪化したら要注意。
「人間の体は我々が想像する以上の何かを起こしています。膵管内に発生したがん細胞は、上皮内がんであってもそこだけでおとなしくしているわけではなく、膵臓の実質組織にも何かしら影響を及ぼしています。その1つとして、インスリンに影響して糖尿病を突然引き起こしたり、悪化させたり、といったことがあるのです。このようなときは躊躇せず、すぐに消化器内科を訪ねてください」
2つ目は原因不明の胃痛。とくに、胃薬を飲み続けても改善しない胃痛や、胃カメラで異常はないのに胃が痛み続けるときは注意が必要だ。
「お腹周辺の神経はすべて胃の位置に集結しているので、症状としてはすべて〝胃が痛い〟になります。胆のう炎も胆石も虫垂炎も、たとえ胃から離れたところにある臓器でも、症状は胃痛。膵臓も同様です」
3つ目は急性膵炎。急性膵炎の多くはアルコールが原因だが、1~7%は膵がんが原因で起こるそうだ。飲酒の習慣がないのに急性膵炎になった場合は、背後に膵がんが隠れている可能性は7%と跳ね上がるとのこと。
「急な糖尿病にしても急性膵炎にしても、早い段階でMRIやCTを撮れば、もし背後に膵がんが隠れていれば、画像にがんそのものが姿を現さなくても、膵臓のへこみが確認され、早期発見に繋がります」と菊山さんは語り、さらに続けた。
「実は、0期の上皮内がんでも、がんは膵臓全体の環境をかなり変えています。その結果、糖尿病や急性膵炎が起きてくる。〝膵臓は沈黙の臓器〟といわれますが、そんなことはない。0期の膵がんでも、ヤツらはけっこう饒舌にいろいろ語っていますよ。ときには大声で叫んだりもしますしね」
膵臓の嚢胞は危険なサインと知っておこう
4つ目の要注意ポイントは、膵臓に嚢胞(のうほう)があるとき。これは非常に危険なサインだと、菊山さんは強調した。
「嚢胞は膵管が部分的に膨らんだもの。つまり腫瘍化したものです。では、なぜ腫瘍化したかというと、膵管の細胞に遺伝子異常があるからです」
膵臓に嚢胞があるということは、膵臓の遺伝子異常を持っていると思って間違いないということだ。
ここで注意すべきが、嚢胞と診断された際のこと。一般的に、「膵臓の嚢胞=膵管内乳頭状粘液性腫瘍(IPMN)」と診断されるケースが多い。膵臓の嚢胞の6割がIPMNなのだが、現在のIPMNの診療ガイドラインには「3㎝を越えなければ危険性は小さい」といった趣旨のことが書かれていて、見つかった嚢胞が3㎝未満だと「問題なし」と診断されてしまうことが多いというのだ。
これは深刻な問題だと、菊山さんは強調する。
「そもそもIPMNは膵管上皮細胞が変化して、粘液を作るようになってしまった嚢胞のことです。しかし、膵管の腫瘍化した上皮の4割は粘液を作らないのです。この4割は大きくはならないので3㎝に満たないわけですが、だからといって、これも膵がんを作り出す遺伝子異常によって起こった腫瘍細胞にほかならないことに変わりはありません。粘液を作らない3㎝以下の嚢胞は心配ないなんて、そんなことはないのです」
嚢胞の大きさで危険性の有無を判断することこそ危険だと、菊山さんは警鐘を鳴らす。膵臓に嚢胞があれば、膵がんを意識して定期的なチェックが必要と認識すべきのようだ。
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