若年者前立腺がんにも対応できる積極的監視療法

監修●米瀬淳二 がん研有明病院泌尿器科部長
取材・文●中田光孝
発行:2015年3月
更新:2015年5月


生検の診断精度を高める事前のMRI検査

生検ではできるだけいろいろな部位からサンプルを採取するが、数ミリの差でがんから外れているかも知れない。その場合、実際よりもがんの危険性が低く評価される(過小評価)可能性がある。

がん研有明病院では「立体的多部位生検」といって、基本となる14本のほかに事前のMRI検査で怪しいと思われた部位の生検を2本追加し、合計16本程度の検体を採取している。

また、より生検の精度を上げるために、MRIで怪しい部位を生検前に同定しておくことが一般的になりつつあるそうだ。

「積極的監視療法中、どうしても生検をやりたくない患者さんには、PSAが安定しMRIで何も所見がなければ、しばらく様子を見る場合もあります」

どうしても生検が嫌だと言う患者さんに生検を行うことはできないが、「最も診断精度が高いのが生検であり、PSA値が10以下を保っている場合でも、安全に積極的監視療法を行うためには、悪性がんの見落としや発生がないかどうかを確認するため、最初の生検から1年後くらいに再生検をしたほうがよい」と米瀬さんは指摘する。

高齢者では手術と待機療法間に死亡率の差なし

「待機療法は高齢の早期前立腺がん患者さんの1つの選択肢と思います。

海外の成績になりますが、北欧諸国が合同で行ったSPCG-4という臨床試験では、転移や浸潤のないT1-2(図5)の早期前立腺がんの患者さんたちを、前立腺全摘をするグループと転移出現時のホルモン療法を含む待機療法を行うグループに割り付けて比較した結果、65歳以上の患者さんでは、全ての死亡原因を含む全死亡率、前立腺がんによる死亡率の両方で2つのグループ間に差がありませんでした(図6)。

図5 前立腺がんのT(原発腫瘍)分類
図6 SPCG-4における前立腺全摘群と待機療法群の
累積死亡率の推移比較(全ての原因による死亡;65歳以上)

N Engl J Med. 2011 May 5;364(18):を一部改変

一方、65歳未満では手術をしたグループの全死亡率と前立腺がんによる死亡率のほうが低いという結果でした。

この結果は、リスクの低い高齢の前立腺がん患者さんで、根治治療を行うことは必ずしも最適な治療とは言えないことを示しています」(表7)

表7 SPCG-4における15年追跡時(中央値:12.8年)での成績

生検組織に占めるがん比率増加は警戒信号

がん研有明病院の場合、積極的監視療法を7~8年続けている患者さんもいるという。

今のところ悪性のがんが見つかっていないので、積極的監視療法を続けているわけだが、今後新たに発生してくる可能性はある。

「非常に高齢の方の場合、がんが成長する速度と余命を考えると、前立腺がんが原因で苦しむ可能性は低く、がんを見つける必要はないのかも知れません。しかし、高齢でも悪性のがんになると、患者さんは苦しまれるので、高齢だからすべてのがんを放置しても良いとは言えません」

手術や放射線治療など根治治療に入るかどうかの目安は、主にがんの悪性度(グリソンスコア)とPSAが2倍になるまでの期間(倍化速度)であるという。EAU前立腺がん治療ガイドラインでは、PSA倍化速度3年以内を根治治療に入る目安としている。

がんの量にも注意が必要であり、「例えば、積極的経過観察を行う患者さんの生検の検体1本の組織中に占めるがんの比率は半分以下が一般的ですが、針の全長にわたってがんが見つかったりすると、おとなしい性質のがんであっても、悪性のがんが混じっている可能性があり注意が必要です」と米瀬さん。

積極的監視療法には再生検が必須条件

「患者さんに積極的監視療法を提案する場合、あなたのがんは生検では、おとなしいがんですから、様子を見るという手もあります、とお話しします。ただ、血液検査以外に再生検が必要ですし、生検結果も抜き取り検査ですから、悪性のがんを見逃すリスクもあります。がんがあるのに治療しないので精神的な不安もある、と説明します。

それ以外は継続的に通院していただき、できる限り再生検も受けて欲しい。
その辺は患者さんとの相談で決めていきます。再生検は受けたくないと言う方もいますから。そういう方には、後から悪性のがんが見つかっても自己責任になりますよという話をして、できるだけ再生検を受けていただくようにします」

積極的監視療法を選んだ患者さんのがん死は10年で3%

「海外で積極的監視療法を選択した方の結果ですが、10年間で97%の方はがん死していません。約60%は積極的監視療法を続けており、約30%の方が途中で手術を受けています。

手術を受けた理由は、PSAの倍になる時間が3年を切ったのが約50%、再生検でグリソンスコアが悪化した方たちが約30%、途中で手術を希望した患者さんが10%でした。

これらの成績から見ても、早期の前立腺がんが見つかって、即手術というのはちょっとという方たちがしっかりと経過観察を受ければ積極的監視療法に適していると言えそうです。

実際に患者さんの意向を聞くと、定年までは手術したくないという方が多いですね。とくに尿漏れを気にされて、会社で臭ったら困るとか、そうしたことを理由に即時根治治療を拒まれます」

最後に現在の積極的監視療法の課題について伺った。

「診断精度の向上です。診断が正確にできていれば、グリソンスコア6以下の患者さんというのは非常に安心して見ていられると思います。しかし、現実に全ての患者さんにおいて、1回で完全に正確な診断ができるかといえば、難しいと思います」

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