新たに保険収載されたハイドロゲルスペーサー 前立腺がん放射線治療の副作用低減が可能に

監修●扇田真美 東京大学医学部附属病院放射線科助教
取材・文●伊波達也
発行:2018年7月
更新:2018年8月


~ゲル挿入から放射線治療までの流れ~ 治療終了後、ゲルは体内に吸収され、尿として排泄

ゲル挿入後は放射線治療の計画を行う。通常の放射線治療の計画はCTを用いて行われるが、ハイドロゲルはほぼ水と同じ濃度のため、CTではゲルの境界が分かりにくい。そのためMRIを撮影し、MRIとCTを合わせた治療計画が必要になる。MRIではゲルをきれいに描出することができる(図4)。

図4 MRIを用いて治療計画を立案

SpaceOAR:ハイドロゲルスペーサー

強度変調放射線治療(IMRT)などの高精度放射線治療計画には治療の計画に2週間程度要する。その後、放射線治療が開始となる。

通常の前立腺がん放射線治療は、約2カ月の通院で行われる。扇田さんらは多方向から放射線を集中させ一度に高線量を照射できる、定位放射線治療(SBRT)を行っているため、5回で治療を終了することができる(図5)。

図5 定位放射線治療(SBRT)の治療計画

 中央赤色部分が処方線量の95%があたる高線量域

放射線治療が終了すると、その後はがんが治っているか、副作用がでないかを経過観察していくこととなる。

ハイドロゲルスペーサーは、半年から1年で体内に自然に吸収され、腎臓から尿として排泄される。一生身体の中に残るものではないというのも特徴の1つである。

治療費は、ハイドロゲルスペーサーの材料費が約19万円(健康保険により1~3割負担)と手技料。それプラス放射線治療の金額の合計を要することになる。ただし、国の高額療養費制度をはじめ、さまざまな医療保険を利用すれば、より自己負担が少なく治療を受けることも可能だ。

これまでの臨床研究の結果と今後の予定

アメリカから通常分割照射の放射線療法におけるハイドロゲルスペーサーを挿入した場合と挿入しなかった場合を比較した、第Ⅲ相試験の結果が報告されており、ハイドロゲルスペーサーを挿入したほうが、晩期の副作用を有意に減らせたという。

「今回、私たちが行っている研究は、通常分割照射の放射線治療に比べて、1回線量が高い定位放射線治療においても、副作用が軽減できるか検証することです。今回の研究の結果をもとに、ハイドロゲルスペーサーを併用して線量を増加させ、副作用を増やすことなく治療効果を高める放射線治療ができるかの研究を実施したいと考えています。

そして、その試験により、前立腺がんに対して、根治性を高めながら、安全性も充分に担保できる放射線治療につながると考えています」

直腸の副作用低減以外にも、性機能保持率が高いとのデータも

さらに、従来は、初回治療後、局所再発した症例に関しては、ホルモン治療を行うしか方法がなかった。ところが、ハイドロゲルスペーサーを使うことにより再照射も可能になるかもしれないという。

また、アメリカでの臨床研究の例では、治療前の段階で性機能が保持されていた人に関しては、ハイドロゲルスペーサーを挿入したことによって、性機能の保持率が高かったという結果も出ている。

扇田さんは「これはあくまでも推測なのですが、放射線治療計画時に、今までは直腸への線量について最大限の注意を払わなければならなかったのが、ハイドロゲルスペーサーを挿入することによって、直腸を守りやすくなり、尿道球などの性機能に関わる部位の線量も低く抑えることができるようになったのではないかと考えられます」

性機能の保持が可能ということになれば、放射線治療のメリットがさらに増すかもしれない。

しかし、ハイドロゲルスペーサー挿入の手技は、100%安全かというと、もちろんそうとは言えない。

「手技自体は難しいものではないですし、私がこれまで行った症例では大きな合併症は起こっていません。ただもちろん手技ですから、それに伴う合併症のリスクが全くないということはできません。直腸穿孔(せんこう)や出血、感染などが起きる可能性はゼロではないことを説明し、理解していただいたうえで、慎重に手技を行っています」

優先すべき対象者と、他のがんへの応用に期待

さらに、今後考えなくてはいけないこととして扇田さんが指摘するのは、ハイドロゲルスペーサーの挿入をどういう症例に適応すべきかということだ。

「もちろん、良い手技だと思いますので、できるだけ多くの人に、ハイドロゲルスペーサーを挿入する治療を行いたいと思います。ただし、直腸の副作用の発現しやすい人にはより効果が期待できると思います。例えば、糖尿病などの疾患を併発していたり、血液をサラサラにする抗凝固薬・抗血小板薬を服用していて、出血リスクの高い人などです」

いずれにせよ、ハイドロゲルスペーサーを使った放射線療法は、安全性と根治性を兼ね備えた最良の治療として期待ができそうだ。

そしてさらに、将来的に期待できるのは、他のがんに対してもハイドロゲルスペーサーを応用できそうだという点だ。

「子宮頸がんでも、子宮頸部と直腸の近接が放射線療法にとっての大きな課題です。他にも周囲にいろいろな臓器や組織が密集していて高線量を当てるのが難しい膵臓がんなどの放射線療法についてですね。また、ハイドロゲルスペーサーは重粒子線治療や陽子線治療などの前立腺がん粒子線治療に用いるのにも保険が通っています。前立腺以外の粒子線治療でも応用ができるかもしれないですね」

ハイドロゲルスペーサーを使うことによって、将来的には、安全性と根治性を確保しての放射線療法を前立腺がん以外の多くのがんに対して実現できそうだ。ぜひ期待したい。

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