ルテチウムPSMA療法が第Ⅱ相試験で転移性去勢抵抗性前立腺がんに高い効果 新しいLu-PSMA標的放射線治療の可能性

監修●榎本 裕 三井記念病院泌尿器科部長
取材・文●半沢裕子
発行:2020年1月
更新:2020年1月


アクチニウムなど他の放射性元素によるトライアルも

「この治療はLu-PSMAと呼ばれていますが、世界では他にも様々な組み合わせの治験が行われています。放射性同位元素をPSMAに運ぶ物質として今回用いられたのはPSMA617という分子ですが、これは抗体ではなく、抗体よりもっと小さな小分子。利点としては抗体より小さいので細胞内に入りやすいことと、人工的に作られる化学物質なので、抗体に比べて安価で安定性も高い。PSMAに放射性同位元素を運ぶ物質としては、抗体を含めいくつかのものが開発されています。一方、運ばれる放射線同位元素もルテチウムだけでなく、アクチニウム、イットリウムなど様々です」

では、将来的にLu-PSMA以外の薬も使われる可能性があるのだろうか?

「放射線の中でもα(アルファ)線はエネルギーが強い一方で、飛ぶ距離は細胞数個分ときわめて短く、体外から出ることはありません。それに対して、ルテチウムが出すのはβ線。粒子が小さく、飛ぶ距離が長いので、体外にも微妙に出てくる。ですから、どの組織に取り込まれているか、画像で確認できるわけです。また、半減期が短すぎれば効かないし、長すぎると副作用が心配。というわけで、適切な期間に適量の放射線が放出することから、ルテチウムが選ばれたのではないかと思います。今後も様々な組み合わせの治験が行われると思いますが、最終的に治療効果が高く副作用の少ない1つか2つの治療薬になって行くのではないかと思います」

今後、どんな組み合わせになるにしても、がん細胞を死滅させる放射性物質をがん細胞に選択的に届けられるLu-PSMAは、新たな可能性を感じさせる。PSA値が再度上がった場合、くり返して投与できるとされていて、この点も転移性の去勢抵抗性の患者には大きなメリットだろう。

Lu-PSMAは治療前歴が多くても効果が

この5年くらいで、転移性を含む去勢抵抗性の治療薬が次々登場している。

「新しいホルモン薬のザイティガとイクスタンジが相次いで承認されるとともに、タキソテールと同じタキサン系抗がん薬のジェブタナも保険で使えるようになりました。2つの新規抗アンドロゲン薬は、ホルモン治療薬の仲間ではありますが、既存のホルモン治療薬が効かない去勢抵抗性に対しても有効という点が重要です。『ホルモン療法が効かなくなったら、去勢抵抗性の進行は止められない』という、それまでのホルモン治療薬の歴史を変えたと思います」

さらに新たな抗アンドロゲン薬アーリー���(一般名アパルタミド)が2019年5月に販売になった。これは抗アンドロゲン薬の中でもアンドロゲン受容体に競合的に結合し、アンドロゲンのシグナル伝達を阻害するもので、同タイプの薬としてはイクスタンジが先行している(図4)。

また、乳がん、卵巣がんで保険適用になっている分子標的薬(PARP阻害薬)リムパーザ(同オラパリブ)は、2018年6月の時点で、ザイティガとの併用により転移性去勢抵抗性の進行を遅らせるとの報告がASCOで行われている(第Ⅱ相試験)。さらに2019年10月、去勢抵抗性の中でも最もリスクの高いBRCA1/2またはATM遺伝子に変異のある転移性去勢抵抗性の無増悪生存期間(PFS)を、リムパーザが2倍以上に延長したとの報告も出された。これはリムパーザ投与群とザイティガ/イクスタンジ群を比較した第Ⅲ相試験(PROfound試験)で、PFSはザイティガ/イクスタンジ群が3.6カ月だったのに対し、リムパーザ投与群は7.4カ月に達していた。

このような新薬ラッシュの中で、それぞれの薬剤の位置付けがまだ定まっていないのだから、まさに医療者泣かせと言える。それでも、使える手段が次々増えている現状は、これまで治療法の少なかった転移性の去勢抵抗性の患者にとって大きな福音だろう。

そこで登場したLu-PSMAについても、榎本さんは次のように語る。

「今回の治験ではほとんどの患者さんが、タキソテールまたは新規ホルモン薬のザイティガ、イクスタンジの治療歴があり、さらに半分はジェブタナの投与も受けていました。つまり、今回の患者さんはそれまでの治療が非常に濃厚だった。そうした治療の履歴が大変重要です。履歴を見ると、『ああ、この患者さんたちはかなり治療を受けている。有効な治療選択肢がなくなりつつある患者さんを対象にしているのだな』ということがわかります。にもかかわらず、50%近くの人でPSA値が半分に下がった。そこがポイントで、大いに期待させられるところだと思います」

治療の順番は効率が大事

そして大切なのは、効率的に治療を進めること。ハイリスクな症例については早めに強い治療を行っていくことだという。

「どういう順番で治療を行っていくかを考えるとき、効率性はとても大事です。前立腺がんではまず一律にホルモン療法を行いますが、それはほとんど100%の人に効くからです。そして、データのある確立された治療法を慎重に選び、新たな治療法にすぐ飛びつかないことが大切です。新しい治療法が出るとつい自分に使えないかと考えてしまいますが、使える治療を順番に無駄なく使っていくためには、今ある治療法を活かしていくことです。それにより、あとで使える治療が増える可能性が高いのです」

その一方で、榎本さんはこう語った。

「最初から転移があるようなハイリスクの患者さんの場合、去勢抵抗性に移行する可能性はきわめて高いのです。そういう患者さんには従来行われていたようにホルモン治療だけを行うのではなく、抗がん薬を併用したり、新しい抗アンドロゲン薬を投与するなど、最初に強い治療を行うというのが、最近では常識になりつつあります。そうすると、そのあとの治療に関わらず、全生存率が延びることが明らかになってきています」

今日、進行して去勢抵抗性になっても、できることがたくさんある前立腺がん。それに加えて転移した去勢抵抗性にも新たに有望なLu-PSMA治療が出現してきた。1日も早い治験の結果が待たれる。

1 2

同じカテゴリーの最新記事