ホルモン剤の投与法を工夫したり、新しい抗がん剤の登場により希望が出てきた 延命が可能になった再燃前立腺がんの薬物療法

監修:平尾佳彦 奈良県立医科大学泌尿器科学教室教授
取材・文:繁原稔弘
発行:2010年2月
更新:2019年7月

再燃前立腺がんをどうコントロールするか

再燃が確認されると、まずは「抗男性ホルモン治療の交代治療」という段階的な治療が行われることになる。一般的には、LH-RHアゴニスト(一般名リュープリンまたはゾラデックス)の単独治療ではカソデックス(一般名ビカルタミド)やオダイン(一般名フルタミド)の抗アンドロゲン剤を追加したり、または抗アンドロゲン剤の併用を行っているときは休薬したり、また、その種類を変えることから始められる。

「抗アンドロゲン剤を交代することで、約2年の延命が期待できます」と平尾さんは言う。そして、さらにその効果も無くなってきた場合は、「最初は抗アンドロゲン剤の投薬を止めます。それによって、ホルモン治療に耐性が生じたがん細胞の増殖が抑えられ、PSA値は逆に下がるからです」。ちなみに同大学病院では、PSA値が3回連続で上昇した場合に、再燃と判断するという。「最初に上昇を記録した月に再燃が始まったと考えて治療を始めます」(平尾さん)。

さらに数カ月たって、再びPSA値が上昇してきた場合は、抗男性ホルモン治療の効果が無くなったと判断し、副腎皮質ホルモン少量投与や化学療法などが行われる。

「最近では、新しい抗がん剤のタキソテール(一般名ドセタキセル)が使われるようになったことから、再燃後の生存期間がさらに伸びています」(平尾さん)。

[奈良医大関連施設における前立腺がん治療指診(転移がある症例)]
図:奈良医大関連施設における前立腺がん治療指診(転移がある症例)

同大学病院では、基本的に、患者のQOL(生活の質)を重視しているため、できるだけ副作用の少ない治療を優先して行っている。

「現在でも、再燃前立腺がんは制御が難しい病気です。それでも、それぞれの治療は有効であり、各段階で延命ができ、再燃しても数年は延命が可能です。しかし、患者さんを治療する段階で、痛みなどの不快な症状などが起こって苦しんでは、あまり意味がありません。ですから、病気を上手くコントロールし、できるだけ元気で快適な生活を目標にした治療を選択します」

また、段階的治療の手順は決められてはいるが、「化学療法は副作用が大きいこともあって、誰にでもできる治療ではありません。それを踏まえて、患者さんがまだまだ体力があるようでしたら、化学療法を行ってがん細胞をたたくこともします。また同時に緩和医療にも積極的に取り組んでいます。それぞれの希望や体力に応じて、治療法を選択します。いずれにしても、前立腺がん自体、直接生命維持に関わる臓器ではなく、その症状は、基本的にゆっくり進行しますから、PSA値が少し上下したからといって一喜一憂せずも、落ち着いて治療に当たって欲しいと思います」。

[環境適応モデル-アンドロゲンの完全除去-(Labrieの仮説)]
図:環境適応モデル-アンドロゲンの完全除去-(Labrieの仮説)

(Bouffioux C, Eur Urol 15:187-192,1988より改変)

[環境適応モデル-アンドロゲンの不完全除去-(Labrieの仮説)]
図:環境適応モデル-アンドロゲンの不完全除去-(Labrieの仮説)

(Bouffioux C, Eur Urol 15:187-192,1988より改変)

転移しやすい骨にも対策を

同大学病院では、体力的に化学療法が行えない患者さんに対しては、ペプチドを利用したワクチン療法を行ったり、骨に転移したがん細胞には、骨に吸収されやすく、骨痛緩和にも効果がある放射線同位体のメタストロン(一般名ストロンチウム-89)を使ったりと、患者が少しでも快適な日常生活を送れるような手段を講じている。

さらに、前立腺がんが進行すると骨に遠隔転移して強い痛みを伴う場合も多いことから同大学病院では、「高齢者、とくに抗男性ホルモン療法を受けている人では骨がもろくなる、いわゆる骨粗鬆症になっている場合が多く、そのすき間にがん細胞が増殖します。私はがん治療薬ではないですが、ゾメタ(一般名ゾレドロネート)という骨粗鬆症用の薬を使うことで前立腺がんが好発する骨を強化し、病勢の進展を抑えるようにしています」と平尾さんは言う。初期の段階からも使っており、確かな効果も出ているそうだ。

前立腺がんは、泌尿器系がんの中で、最も増加傾向の著しい疾患であり、今後、ますます増加すると考えられている。

「今、前立腺がんに対する新薬がどんどん開発されており、腎がんなどで効果をあげている分子標的薬()などの応用も検討されています。前立腺がんの再燃に対しても有効な治療法が、今後もさらに発展することを期待しています」と平尾さん。

分子標的薬=体内の特定の分子を標的にして狙い撃ちする薬

PSA検査で自己管理を

しかし、そうした中でも、やはり重要になるのは早期発見、早期治療であることに代わりは無い。平尾さんは言う。

「前立腺がんの治療は根治が期待できる初期段階で行うことが最も効果があります。だから、50代になったらPSA検査を受けるようにして欲しいと思います。まだ日本では、対象年齢の5~8パーセントほどしか受けていません。PSA検査は採血だけで負担も少なく、費用もそれほどかかりません。異常がなければ、その後は3年間隔でも大丈夫ですから、是非、受診をしてください。これからの医療は、全てを医療者にまかせるのではなく、自分の健康は自己責任で管理することが重要だと認識してもらいたいですね」


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