視界がよく安全な手術ができる点で開腹、腹腔鏡を凌ぐ 前立腺がん全摘手術にはロボット手術が断然有利

監修:秦野直 東京医科大学泌尿器科学教室教授
取材・文:祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2008年7月
更新:2013年4月

操作が難しかった腹腔鏡下の手術

腹腔鏡を使ってもこうした問題点をクリアすることは困難でした。腹腔鏡は、腹部に小さな穴をあけて手術器具を操作するだけなので、開腹手術に比べて体にかかる負担が少なく、回復も早いのが利点です。前立腺全摘術でも、一時は開腹手術に変わる手術法になるのではないかと期待されました。

「内視鏡で拡大して術野を見ることができるので、血管の損傷を最小限にし、神経温存や膀胱と尿道の吻合もより精密にできるのではないかと思われたのです」と秦野さんは言います。

ところが、実際には操作性が非常に難しかったのです。腹腔鏡下の手術で使う長い棒状の器具は扱いが難しく、習熟に時間がかかるうえ、ダヴィンチほど自在には動いてくれません。秦野さんによると、腹腔鏡下で膀胱と尿道をつなぐのも難しい作業のひとつだそうです。その点、ダヴィンチならば、狭い隙間でも自由に器具を操作することが可能なので、膀胱と尿道の吻合もより確実に行うことができます。

また、腹腔鏡で見る画像は2次元の平面的な画像です。そのため、「距離がわからないので、目的の部位を切除するには脇から探っていって切らなくてはならないのです」。ダヴィンチの場合は、3次元の立体像で手術部位が見えるので、肉眼と同じように直接切除したい部位に電気メスを持っていくことができます。これも、大きな違いです。

結局、腹腔鏡による手術は「熟練しても、開腹手術よりかなり時間がかかり、出血量は減りますが、尿失禁や勃起障害などの合併症の出現率も開腹手術と変わらない」というので、アメリカでもあまり普及することなく、下火になってしまったのです。

日本でも、腹腔鏡下の前立腺全摘術が行われているのは、いくつかの限られた施設です。東京医科大学でも、腹腔鏡による手術は少数例を行ったのみで、ダヴィンチによるロボット手術に移行しています。

術野がよく見えて安全に手術を行えるのが最大の利点

写真:ロボットアーム本体と、画像を見ながら手術器具を操作するコンソールボックス

ロボットアーム本体と、画像を見ながら手術器具を操作するコンソールボックス

写真:操作ボックス(コンソールボックス)

操作ボックス(コンソールボックス)

このように、ダヴィンチの特徴は見たいところを見たい方向から自在に拡大して見て、人間の手が届かないような狭いところにまで器具を入れてスムーズに操作することができることです。つまり、血管の処理や神経温存など細かい作業や狭い空間や見えにくい部位の処理を行うには、人間の手や肉眼よりロボットのアームやカメラをつかったほうが、はるかに確実に行えるのです。

こうした利点がわかった時点で、秦野さんは前立腺がんの全摘手術は、ロボットに切り換えるべきだと思ったといいます。秦野さんは、これまで500人以上の患者さんに開腹による全摘手術を行ってきました。その上で、「最初は、ロボットなんてたいしたことはないだろうと思っていたのです。しかし、実際に手術をしてそのメリットがわかるにつれ、全摘手術はこれでないといけない、ロボット手術に切り替わるべきだとまで思うようになりました」と語っています。

秦野さんは、慎重派で新しいものにはすぐに飛びつかないほうがいいというのが持論。その秦野さんが、これだけ自信をもってロボット手術を勧めるのですから、そのアドバンテージは相当高いといえます。

「ロボット手術は、術野がよく見えて安全に手術を行えるのが1番の利点です。尿道と膀胱を吻合するときにも、糸を等間隔でかけて縫い合わすことができるので確実につなぐことができるし、勃起神経の温存にも血管の処理にも有利。おそらく、近いうちに輸血に備えて自己血を準備する必要もなくなるでしょう」と秦野さんは語っています。

医師と看護師4人のチームを組んでアメリカで研修を

東京医科大学がダヴィンチを購入して日本で初めて前立腺がんの全摘手術を開始したのは、2006年の夏。すでに、アメリカではダヴィンチが普及し始め、そのメリットも報告されていました。

東京医科大学の場合、医師と看護師4人のチームでアメリカでダヴィンチの研修を受けて帰国。帰国後は、さらに模型を使用してダヴィンチの操作を学びます。「拡大した画像を見ながら、手術器具を操作するには練習が必要」だからです。こうして、ダヴィンチの操作を体で覚えてから、実際に患者さんに手術を行っています。

対象になるのは、開腹手術と全く同じ条件の人です。つまり、基本的には75歳以下でがんが前立腺内にとどまり、リンパ節などへの転移がない人です。開腹手術と同じで、心臓や呼吸器などに問題があり、手術に耐えられない人には行えません。

逆に、75歳以上でも、元気で患者さんが希望すればロボット手術を行うこともあります。また、ふつうPSA(前立腺特異抗原)が20を超えると、前立腺の外にがんが出ている可能性があると言われますが、「今のところ20を超える人でも明らかな転移がなければ実施している」そうです。

ただし、腹部の大きな手術をしたことがある人は、臓器が癒着していてロボット手術ができないことがあります。お腹に2本のアームと内視鏡、それに助手用の穴を2つ、計5カ所小さな穴を開けるだけで手術ができるので、傷が小さいのも利点です。

「翌日には退院できる状態の人もいますが、基本的には膀胱と尿道をつないで漏れがないことを確認してから留置した管を抜いて退院となるので、今のところ2週間ほど入院していただいています」と秦野さん。手術時間も、3時間前後で開腹手術と比べてとくに早いというわけではありません。手術の安全性と確実性が、ロボット手術の最大の利点です。

保険と併用できるよう申請中

これまでに、東京医科大学泌尿器科でロボットによる前立腺全摘術を受けた人は40人ほどになります。直腸に穴があくなどの重大な合併症は皆無。万が一に備えて自己血は準備していますが、手術の出血が原因で輸血が必要になった人は1人もいないそうです。

勃起機能の維持は「ロボット手術をした人の中には、PSAが20を超えていた人もいるので、神経を温存した人は少数で、きちんとしたデータも出ていないのです」と秦野さんは話しています。

しかし、この点に関してもアメリカではロボット手術が有利といわれています。

ところが、これだけアメリカで普及しているダヴィンチも、日本ではたった5台しか輸入されていないのです。しかも、心臓手術が中心で、前立腺がんに1番多く利用しているのは東京医科大学です。つまり、日本ではまだ50人足らずの人しか、ロボット手術の恩恵を受けていないのです。

その1番の原因は、日本でダヴィンチがまだ認可されていないことです。したがって、東京医科大学でも、費用は大学の負担で臨床研究としてロボット手術を行っています。

ダヴィンチ自体は3億円を超える機器で、1回の手術でかかる費用は消耗品だけでも40万円を超えるといいます。この現状では、「専門家はみなダヴィンチを導入したいとは思っている」けれど、実現は難しいのが実情なのです。

そこで、現在「先進医療」として保険と併用できるように申請をしているところだそうです。

危機的状況にあるといわれる日本の医療ですが、患者さんにとってより安全で確実な医療を実現することを忘れないで欲しいものです。

1台は展示用なので実際に稼働しているのは4台


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