前立腺がんをホルモン療法で上手くコントロールする 『前立腺癌診療ガイドライン』におけるホルモン療法、MAB療法の位置づけ

監修:赤座英之 筑波大学医学部付属病院腎泌尿器外科教授
取材・文:林義人
発行:2007年1月
更新:2013年4月

テストステロンの分泌を最大限に抑え込む治療法

[体内のホルモン分泌の仕組みとホルモン剤の役割]
図:体内のホルモン分泌の仕組みとホルモン剤の役割

前立腺がんのホルモン療法に用いられるホルモン剤にはいくつか種類があって、その1つはLH-RHアゴニスト剤という薬剤だ。テストステロンの約95パーセントは、精巣で作られるといわれるが、この薬はその生産を抑える。

一方、前立腺がん細胞でのテストステロンの影響を抑えるのが抗アンドロゲン剤である。前述のとおり、テストステロンの約95パーセントは精巣で作られるが、残りの約5パーセントくらいは副腎由来のものである。この副腎由来の影響をも抑えるために、抗アンドロゲン剤をLH-RHアゴニストと一緒に用いて、テストステロンの分泌を最大限に抑え込む治療法をMAB療法(マキシマム・アンドロゲン・ブロッケイド)と呼ぶ。現在、ホルモン療法として、LH-RHアゴニスト単独と、MAB療法のどちらが有用かをめぐって専門家の間で意見が大きく2つに分かれている。

「私の個人的な意見として、ホルモン療法はMAB療法を行うべきと思います。そのことは、基礎実験において証明されています。理想的なホルモン療法は精巣由来のテストステロンと副腎由来のテストステロンの双方を遮断することといえます」

MAB療法とLH-RH単独療法を比較する臨床試験は、いままで欧米で何度も行われている。それら複数の報告を解析するメタアナリシスという研究では、MAB療法のほうが良いという結果が示された。ただ、その差が大きくはないために、実地医療に応用すべきかどうか決着がついていないといえる。

日本ではMAB療法が主流

もう1つはこれらの臨床試験の行われ方にも問題が指摘されている。それはエンドポイント(目標)の設定の仕方であり、対象が75歳以上といった高齢者が多いため、たとえ10年間延命して死亡しても、それが前立腺がん以外による死亡も多いた���である。

「生存率を金科玉条とするアメリカでは、『MABはあまり有用ではない』とされてしまいがちです。しかし、生存率だけでなくMAB療法はLH-RH単独よりも、患者さんの症状を早く改善するなどの臨床効果が大きく現れるなどのメリットもあります」

赤座さんたちは、2000年から進行前立腺がんだけでなく局所進行前立腺がんを対象とした臨床試験として、MABの抗アンドロゲン剤で、一方のグループを実薬、一方のグループをプラシーボ(偽薬)とした無作為化比較試験を行ってきた。欧米ではこうした臨床試験の報告は少なく、日本でも初めての試みだ。まもなく長期追跡のデータが示されることになっている。

「この試験では、きわめてはっきりとMAB療法のほうの有用性を示すデータが出ており、おそらく生存率でも優位性が示せると思っています」

すでに日本の調査では、限局性から転移性まですべての前立腺がんの初期治療では、約65パーセントがホルモン療法単独で行われている。その中でMAB療法の割合はすでに約8割にも及んでいることがわかった。日本でこのように普及している治療法が、いずれエビデンスに基づく標準的治療になっていく可能性もあるわけだ。

MAB療法により副作用が増えることはない

MAB療法に使われる抗アンドロゲン剤には、ステロイド剤と非ステロイド剤があり、非ステロイド剤にはオダイン(一般名フルタミド)とカソデックス(一般名ビカルタミド)の2種類がある。MAB療法に関しては、どのタイプの抗アンドロゲン剤を選択するのがよいかということも問題になっている。

[MAB療法とLH-RHアゴニスト単独療法の比較]
図:MAB療法とLH-RHアゴニスト単独療法の比較

カソデックスにLH-RHアゴニストを併用したMAB療法は、LH-RHアゴニスト単独療法より病勢進行までの期間が有意に延長することがわかった

[MAB療法とLH-RHアゴニスト単独療法のQOL]
図:MAB療法とLH-RHアゴニスト単独療法のQOL

臨床試験の結果、MAB療法はQOLを改善すること、さらにLH-RH単独療法に比べて早期に改善することがわかった

「理論的にいえばMAB療法には非ステロイド型でなければいけません。副腎経由の強力なDHT(デハイドロ・テストステロン)と呼ばれるテストステロンが前立腺内で作られるのをブロックする抗アンドロゲン作用は圧倒的に非ステロイド剤のほうが強いのです。しかし、非ステロイド性の抗アンドロゲン剤が、まだ発売されていない時期に始まった試験では、ステロイド性の抗アンドロゲン剤でも良好な結果が出ています」

また、2つの非ステロイド剤の中では、オダインのほうは肝機能障害などの副作用が大きいという問題がある。こうしたことから、MAB療法の抗アンドロゲン剤はカソデックスが選択されるケースが多い。

ホルモン療法といえばEDなどの性機能障害やホットフラッシュなどの更年期障害のような症状が現れるなどの副作用が知られている。そのため2種類のホルモン剤を組み合わせるMAB療法は、LH-RH剤単独よりも、副作用が強く現れるのではないかという点が心配になる。が、赤座さんはその見方を否定する。

「抗アンドロゲン剤を追加することでLH-RH剤単独より性的な障害が増えることは考えにくく、その他の副作用が増すことがないと日本で行われたカソデックスを使用した臨床試験で示されています。それどころか、私たちのMAB療法の臨床試験では患者さんに質問票を渡して自覚症状について聞いていますが、LH-RH単剤よりもむしろQOL(生活の質)がよくなるという回答を得ています。
今後、副作用がないホルモン剤が誕生すれば、手術や放射線治療が不要になる可能性もあります。前立腺がんは高血圧と同じようにコントロールできるようになり、この病気で死ぬ人はいなくなるでしょう。そういう時代はやがてくると思います」

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