渡辺亨チームが医療サポートする:前立腺がん編(2)

取材・文:林義人
発行:2006年6月
更新:2013年6月

ステージB1。手術を避けて、放射線とホルモン療法の併用を選択

 岡田陽一さんの経過
2004年
1月26日
かかりつけ医で血液検査
1月27日 前立腺がんの疑い
2月2日 K市立病院泌尿器科で、生検
2月9日 前立腺がんを告知
2月16日 診断の結果ステージB1
3月17日 放射線+ホルモン療法を選択

生検の結果、前立腺がんと診断された岡田陽一さん(73歳)。さらに精密な検査が行われ、病期は転移のない「B1」と示された。これに対する治療法がいくつか選択肢が示されたが、岡田さんは、「痛いのはいやだ」と手術を避け、ホルモン療法に放射線治療を組み合わせた治療を選択していく。

10年生存率は90%以上

2月9日、岡田陽一さんはK市立病院泌尿器科の梨田義治医長から、生検の結果「前立腺がん」と宣告された。グリソンスコアの評価は「6」で、がん細胞そのものは「あまりタチの悪いがんではない」とのことである。岡田さんは梨田医師にすぐにこう聞いた。

「そうすると、すぐに死ぬということではないわけですね? あと2、3年は生きられますか?」

梨田医師は苦笑しながら言う。

「まあ、がんが転移しているかどうかの検査をしなければわかりませんが、私の経験から言えば、岡田さんの場合、あと2、3年でどうこう言うご心配はまずないでしょう。がん細胞の悪性度から言えば、岡田さんのような状態で治療をした場合、10年生存率は90パーセントです(*1前立腺がんの予後)。つまり、岡田さんは10年後もほぼお元気だと考えていいことになりますね」

「ああ、そうですか。まだ10年も生きられる可能性が強いわけですね。そんなに生きられるなら私は満足だな」

岡田さんは、本当にうれしそうな声で話す。すぐ横で聞いていた妻の華子さんもホッとしたような顔をしている。

2月13日、岡田さんは市立病院で1日がかりの検査を受けた。午前10時に放射線科で骨シンチグラフィの検査薬を注射し、その後CT検査とMRI検査を受け、午後1時に骨シンチグラフィ検査が行われている(*2前立腺がんの検査)。

そして、3日後の16日、岡田さんはその検査の結果を聞きに市立病院の泌尿器科を訪れる。この日も華子さんが付き添っていた。梨田医長はこう話している。

「前立腺の右葉に陰影が確認できました。さいわい被膜を突き破っておらず、前立腺の中にとどまっている様子です。リンパ節や骨への転移も見つかっていません。前立腺は4~5センチに肥大して推定重量35グラムくらいになっていますが、腫瘍の大きさはちょうど1センチくらいです。

これは進行度の分類法からいえばステージB1という段階になります(*3ステージ(病期)分類)。『確かにがんといえるけれど、その中では早期の前立腺がん』というふうに言えるでしょう」

「手術はいやだな」

「それで、治療としてはやはり手術が必要なのでしょうか?」

梨田医長の病期の説明を聞くと、岡田さんの横にいた華子さんが尋ねた。梨田医長はちょっと考えて言った。

「いえ、治療の選択肢はいろいろありますが……(*4前立腺がん治療の選択)」

「この人は痛がりで、昨日も『手術はいやだな』って言っていたんですよ。私もできるだけ手術は避けてもらえればいいと思いまして……」

じつは華子さん自身、10年前に乳がんの手術を受けて右乳房を失っていた。そしてあとになって、乳がんには乳房を切除しなくても済む乳房温存療法という治療法があるということを人から教えられ、「自分もそれができたはずだ」と知った。

以来、「あのときの悔しい思いは繰り返したくない」と、がんの手術には抵抗感を持っている。だから、夫が手術ではない治療法を選ぶことができるなら、そのほうがよいと思っていた。

「岡田さんの場合も、がんが前立腺がんの中にとどまっているので、前立腺を手術で摘出する方法もありますが、放射線を当ててがんを叩く方法でもいいと思います(*5進展度に応じた前立腺がんの治療)。これまで報告されているところでは、おおざっぱに言うと、手術を受けたときの10年生存率が90パーセント以上で、放射線治療もほぼ匹敵しています。また、ホルモン剤だけで前立腺がんを治癒させることは難しいですが、放射線とホルモン剤、手術とホルモン剤というふうに組み合わせれば放射線だけ、手術だけよりも、もう少し成績がよくなる可能性があります。私自身の経験からいえば、手術がより確実に治癒する方法だと思います」

「でも、放射線は手術に比べれば痛くないわけだから、要は本人が確実性の高い治療と、あまり痛くない治療の、どちらを選ぶのかということなんですな」

岡田さんがこう話すと、梨田医長は感心したようにうなずいた。

「おっしゃる通りです。問題は患者さんご本人が、前立腺がんの治療を受けるときに何を大切になさりたいかということですね。手術は他の治療に比べて尿漏れ*6)という合併症が現れる可能性も高くなります。勃起障害*7)も出てくるかもしれません。ところが、勃起障害に関しては、ホルモン剤のほうがより確実に出てしまいます」

[治療法の選択]

1)転移がなくて前立腺内にがんが限局している場合(ステージA、B)
・積極的な治療は行わず経過観察のみ
・ホルモン療法
・外科療法(前立腺全摘除術)
・放射線治療
・外科療法+ホルモン療法、または放射線治療+ホルモン療法
2)前立腺周囲に拡がっているが、転移がない場合(ステージC)
・ホルモン療法
・外科療法+ホルモン療法
・放射線治療+ホルモン療法
3)リンパ節転移がある場合(ステージD1)
・ホルモン療法
・放射線治療にホルモン療法
4)骨、肺などに遠隔転移がある場合(ステージD2)
・ホルモン療法
・化学療法

「勃起障害ですか? 私はそれはもういいな」

「そうですか。まあ、今の段階では、そう急いで治療法を決めることはありません。タチの悪いがんではないし、ゆっくり考えていきましょう。国立がん研究センター中央病院でも、初診から手術まで8カ月ほどかかるそうですから。治療法については、この資料にまとめてありますから、お読みになってください」

そう言うと、梨田医長は「前立腺がん治療の選択」と表書きしたワープロ文書を岡田さんに手渡した。そして、こう続けた。

「放射線治療などもいろいろな新世代の方法でやっている施設があります(*8新世代の放射線治療)。もしそんな治療をご希望になるなら、紹介することもできるのでご相談ください。病状が急変することはありませんから、治療法が決まるまで、週1回外来へお越しください」

再発しない確率を高めるホルモン併用

岡田さんが自分の受ける前立腺がん治療について、「この病院で放射線治療を受けたい」と梨田医長にはっきり希望を告げたのは、がん告知を受けて1カ月以上経った3月17日のことだった。もともと本人は「手術は避けたい」と考えていたのだが、息子や娘たちに相談してみると、「わずかでも再発しない確率が高いというのだから、主治医が推奨する治療法を選ぶべきだ」と、強く手術を勧めたのである。そこで、岡田さんは「どうしたものか?」と考えているうちに、日が流れてしまった。結局、岡田さんの判断を後押ししたのは、妻の華子さんの一言だったようだ。

「放射線のほうが尿漏れや勃起障害の合併症が起こる確率*9)も小さいのだから、放射線のほうが体のダメージが小さいということよ。手術となると、3週間近く入院しなければならないわけでしょ。それなら、体がラクなほうを選ぶべきよ」

仕事人間だった岡田さんは、日常生活のことはすべて華子さんの判断に任せることが多かった。自分の病気の治療法も、「妻の言う通り」と納得したのである。こうした岡田さんの治療法決断の経過を聞きながら、梨田医長は言った。

「岡田さんの場合、PSAが25と高いので、再発しない確率を高めるために、私は放射線治療を始める前に、ホルモン療法*10)を入れたほうがいいと思います。そのほうが前もって前立腺を小さくできるので、放射線照射もやりやすくなるということもありますから」

もちろん岡田さんに異存はなかった。その場で、「では、そうしましょう」と答えている。

「それでは来週からホルモン療法を開始しましょう。これは4週間に1回の注射で、PSAを見ながら3回から6回ほど行います。そのあと放射線照射を行い、それが終わったらまたホルモン療法というふうにしたいと思います」


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