渡辺亨チームが医療サポートする:前立腺がん編(2)

取材・文:林義人
発行:2006年6月
更新:2013年6月

排尿障害に悩んで病院へ行ったら、実は、前立腺がんだった

赤倉功一郎さんのお話

*1 前立腺

前立腺は男性にだけあり、精液の一部をつくる臓器です。恥骨の後ろ側、膀胱の下側、直腸の前側にあって、膀胱から出た尿道を取り巻くようなかっこうになっていて、栗の実のような形をしています。

[前立腺の形状と位置]
図:前立腺の形状と位置

*2 前立腺肥大症

前立腺肥大症は前立腺の移行領域(内腺)が腫れて、尿道が圧迫されて、「尿が出るまでに時間がかかる」「尿の“切れ”が悪い」「夜間の頻尿」などの排尿障害をもたらす病気です。原因はよくわかっていませんが、テストステロンという男性ホルモンの分泌が減少することが原因になるという説もあり、早ければ40、50代で症状が出始め、80歳までには無症状の人も含めて80パーセントの人がこの病気になるとみられています。

前立腺肥大症の排尿障害の程度を表すために、7種類の自覚症状の強弱をそれぞれ点数化した国際前立腺症状スコア(IPSS)というものがあります。このスコアは、前立腺がんによる排尿障害の程度を示すためにも使われます。

前立腺肥大症の治療法として、軽症のものには交感神経の働きを抑えて排尿をスムーズにする薬剤や、前立腺肥大を抑える抗男性ホルモン剤などが使われます。

これらは症状を緩和することはあっても、根治することはできません。もっと進行した症例には内視鏡手術で肥大部分を小さくしたり、切除レーザー治療や温熱療法で切除する方法もあります。

[前立腺肥大症と前立腺がん]
図:前立腺肥大症と前立腺がん

*3 前立腺がん

前立腺がんは前立腺の中にがん細胞が発見される病気です。欧米では男性がん死亡者の約20パーセントを占める頻度の高いがんですが、わが国では約4パーセントと比較的頻度の少ないがんです。

最近日本人にも前立腺がんの発生は増加の傾向があり、前立腺がんによる死亡者数は2015年には2000年の2倍以上になると推定されています。10万人あたりの男性が1年間に前立腺がんにかかる人数は、全年齢をあわせると10人程度です。しかし、加齢とともにその頻度は増加し、70歳代では約100人、80歳以上では200人を超えるほどになります。

[前立腺がんの死亡率の国際比較 (死亡率:人口10万対)]

国名 男性のがん死亡率 前立腺がん 統計年
順位 死亡率
アメリカ 214.6 2 25.1 1997
カナダ 212.4 2 24.4 1997
イギリス 275.0 2 32.6 1997
フランス 306.8 2 33.0 1996
イタリア 311.0 4 23.7 1995
ドイツ 269.1 3 28.6 1997
スウェーデン 248.1 1 53.2 1996
ロシア 240.4 7 7.7 1995
日本 291.4 6 12.2 2000
出典/世界保健機関年報「がんの統計’01」


*4 PSA

前立腺がんの診断だけではなく治療の経過観察にも広く用いられている血液腫瘍マーカーです。前立腺上皮より分泌されるタンパク分解酵素で、「前立腺特異抗原」とも呼ばれます。一般に、血液中のPSAの正常値は4.0ナノグラム/ミリリットル(以下単位省略)と設定されていて、前立腺がんの人の90パーセント以上はこれより高い値を示します。

PSA値が4~10以下をグレーゾーンといい、針による生検(*8前立腺生検)で20~30パーセントの割合でがんが発見されます。PSA値が10以上だったら、かなり前立腺がんである疑いが強くなるので針生検を受けることを勧められます。

PSAは採血するだけで測定できるので、50歳以上の男性では機会があったら積極的に検査を受けることをお勧めします。ただし、PSAは、前立腺肥大症、前立腺炎などがん以外の病気でも上昇することはしばしばありますので、異常が指摘されたら、まず泌尿器科専門医を受診するようにしましょう。


*5 前立腺がんの症状

前立腺がんは前立腺の外側の腺(辺縁領域)からできてくるので、初めのうちは自覚症状はありません。がんの病変が進んでくると、少しずつ尿の出る勢いが弱くなる、頻尿、排尿困難、残尿感などの排尿の症状が出てきます。さらに病気が進むと痛みや血尿が出てきます。

前立腺がんが尿道や膀胱内にまで進展した場合、その部位より出血したり肉眼的血尿が見られることがあります。骨に転移して痛みを生じることもありますが、これは前立腺がんがかなり進行している場合です。自覚症状が少ないため治療の機会を逸してしまいがちで、症状が出て受診した場合には70~80パーセントが進行がんや転移がんの状態になっています。

[国際前立腺症状スコア(IPSS)]

  全くない あまりない
(5回に
1回以下)
時々ある
(3~5回に
1回)
2回に
1回くらい
しばしば
(2回に
1回以上)
ほとんど
いつもある
1.排尿後まだ残っている感じがありますか? 0 1 2 3 4 5
2.排尿後2時間以内にもう1度いく必要がありますか? 0 1 2 3 4 5
3.排尿の途中で、尿がとぎれることがありますか? 0 1 2 3 4 5
4.尿意を催すと、我慢するのがつらいですか? 0 1 2 3 4 5
5.尿のでる勢いが弱いことがありますか? 0 1 2 3 4 5
6.排尿を始める時、いきみが必要ですか? 0 1 2 3 4 5
7.夜寝てから朝起きるまでに何回排尿におきますか? 0 1 2 3 4 5
点数を合計して評価する。0~7(軽症) 8~19(中等症) 20~35(重症)

*6 前立腺がんの鑑別診断

前立腺肥大の症状は前立腺がんの症状と似ているところがあって、「前立腺肥大が進行すると前立腺がんになる」と勘違いされていることがありますが、まったく違う病気です。

ただし、良性の前立腺肥大症の手術を受けた男性の10パーセント以上に前立腺がんが、前立腺がんの人の半分以上に症状のある前立腺肥大が見つかっています。前立腺がんはがんが小さいうちは排尿障害はありませんが、がんが増殖してある程度の大きさになると尿道が圧迫されるようになると排尿困難、頻尿、残尿感など前立腺肥大症と変わらない症状が現れます。そのため、50歳以上の人で排尿障害が見られたら、前立腺がんと前立腺肥大症の鑑別する検査が大切です。

前立腺がんを前立腺肥大症と見分けるためには、まず患者さんの排尿障害の程度を「国際前立腺症状スコア」で把握したうえで、肛門から指を入れて前立腺を触る直腸診を行います。さらに血液検査から前立腺特異抗原のPSAを調べ、また必要に応じて経直腸的前立腺エコーを施行します。

画像診断では、前立腺肥大症に比べて前立腺がんの場合は、前立腺皮膜が不揃いだったり前立腺内の画像が不均一だったりすることが多くあります。肥大症とがんとの鑑別は、最終的には前立腺の生検で採取した組織を顕微鏡で調べることにより決められます。

[前立腺がんの診察手順]
図:前立腺がんの診察手順


*7 前立腺がんの原因

前立腺がんの原因はよくわかっていませんが、食事との関係を調べた研究では、肉やミルクなど脂肪分が多く含まれている食事を多く摂取することにより、前立腺がんの発生が増えるとされています。根拠の1つとして、ハワイやアメリカの東海岸に住む日系人の前立腺がんの発生率が、日本人とアメリカ人の中間くらいの発生率であることがあげられています。

一方、穀類や豆類、キャベツやブロッコリーなどの十字架植物と呼ばれる野菜の仲間やトマトを多く食べると前立腺がんを抑えられるのではないかという報告もあります。また、まだ一般的に認められているわけではありませんが、アメリカには喫煙と関係があるという指摘もあります。

また前立腺がんは遺伝の要素が強いがんのひとつと考えられています。そのため、親族が前立腺がんの場合、早めにPSA検査を受けることが勧められます。

*8 前立腺生検

直腸または会陰から針を刺して前立腺の組織を採取します。日帰りで行う施設もありますが、感染予防や出血の経過を観察するため1泊か2泊の入院で行う施設が多いようです。採取した組織を顕微鏡で検査してがん細胞を見つけることができて初めてがんと確定診断できるのです。

*9 グリソンスコア
[グリソンスコアの計算方法]
図:グリソンスコアの計算方法

前立腺がんのがん細胞を細胞診専用の針で取り出し、顕微鏡でがん細胞を観察して、その「顔つき」から悪性度の分類を行います。がん細胞の形によって、高分化がん(おとなしいがん)、中分化がん(中程度の悪性)、低分化がん(最も悪性度が強いがん)の3つに分けられます。しかし、実際には、悪性度の違う細胞が混在していることが多く、どの「顔」が最も広い面積を占めているかで分類を決定します。

グリソンスコアは腫瘍のタイプを示す分類法です。腫瘍の悪性度がいちばん低いものをグレード1、高いものをグレード5と5段階で評価をし、いちばん広がっている組織の数字と、2番目に多い組織の数字を合計したものです。したがって、2~10の数字で表されます。


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