最新標準治療 新しいリスク分類の考え方に沿って、最適の治療法を見出すコツ

監修:鳶巣賢一 静岡県立静岡がんセンター病院長
取材・文:「がんサポート」編集部
発行:2006年5月
更新:2013年9月

高リスク群

「放射線+ホルモン」が世界のスタンダード

臨床病期T3a、グリソンスコア 8~10、PSA値20ナノグラム以上が高リスク群です。局所進行がんといわれるがんで、がんが前立腺を取り囲む被膜の外にはみ出た状態で、悪性度も高いがんです。

ですから、この段階では、手術単独、あるいは放射線単独の治療では十分な効果が得られないケースも多くなります。そこで、手術や放射線にホルモン療法を併用するという治療法が考え出され、世界中で試みられました。

「その中から、現在は、放射線治療とホルモン療法の併用が世界のスタンダードになっています。ボーラという医師が比較試験をした結果を1997年に医学雑誌に発表した論文が世界の趨勢を決めたのです」(鳶巣さん)

ホルモン療法を2~3年行い、その途中で放射線治療を行うのがこの併用療法です。NCCN(National Comp rehensive Cancer Network)のガイドラインでも、第1に放射線治療+ホルモン療法、第2に3次元照射+ホルモン療法で、そして3番目が前立腺全摘+リンパ節郭清の手術となっています。ただし、この場合の手術は選ばれた人だけに許される治療と明記されており、例外的な扱いです。

日本でも手術と放射線治療を比較した臨床試験が行われ、手術のほうが優れている結果が出たことは別の記事の中でもふれています。が、この場合の放射線治療は、従来の低い線量(66グレイ)で行っており、十分には効果が出ないのは当然といえば当然。現在の放射線治療は、線量が高く(70グレイ以上)なっており、十分効果が発揮されています。これと比較した結果ではないので、手術と放射線のどちらが優れているかはまだ結論が出ていないのです。

日本では、主に手術の説明をして放射線治療の説明をしない医療機関か、その一方、ホルモン療法だけですませているという両極の医療機関がまだ多いようです。泌尿器科では放射線に対する偏見が強く、日本では放射線治療の普及率が非常に低いのが現状です。

「外科医の私自身が、実感として放射線のほうが楽で、治療成績も悪くないと感じてきました。泌尿器科医も放射線に対する認識をもう少し改めてほしいものですね」(鳶巣さん)

前立腺がんのリスク別の標準治療

転移・再発がん

2種類のホルモン剤の併用「MAB療法」

[図10 MAB療法の作用メカニズム]
図10 MAB療法の作用メカニズム

前立腺周囲のリンパ節や遠くの臓器にがんが転移した状態です。この場合は、手術や放射線による局所療法をする意味はなく、全身療法をしなくてはいけません。ただし、前立腺がんは、抗がん剤があまり効きません。代わりにホルモン療法がよく効き、この単独療法が行われます。

「前立腺がんは精巣と副腎から分泌される男性ホルモンの影響で増殖します。前立腺がんのホルモン療法は、この男性ホルモンの分泌や働きを抑えることによって、がん細胞の増殖を抑えようという治療法です。精巣から分泌される男性ホルモンの大元は、脳の視床下部から分泌されるLH-RH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン)です。これが下垂体を介して精巣からの男性ホルモンの分泌を促します。

ホルモン剤の1つ、LH-RHアゴニスト(アナログ)は、このLH-RHに似たタンパクで、これを体内に入れると、下垂体がたえず刺激を受け、男性ホルモンが分泌されなくなります。時々尻をたたくと走るけど、たえずたたき続けると走らなくなる馬と同じです。

もう1つの抗男性ホルモン剤は、男性ホルモンが血中にあっても、前立腺内のがん細胞が増殖する手前でブロックします。

この2種類のホルモン剤を併用する治療法は、MAB(マキシマム・アンドロゲン・ブロケイド)と呼ばれ、二重にブロックするのでその分強力になるといわれて広く行われています(図10)。ただ、本当に併用しただけの効果があるのかどうかは、まだはっきりと確定したわけではありません」(鳶巣さん)

骨転移の予防的放射線治療

しかし、ホルモン療法は、使っているとやがて効かなくなります。2~3年すると再びPSA値が上昇してくるのです。これがホルモン療法の弱点です。

「その場合は、抗男性ホルモン剤を中止します。長く使い続けていると抗男性ホルモン剤はがん細胞を分裂する刺激剤に変わるようです。だからこの薬剤がないほうがかえってがんがへこたれるのです。そしてまたこれが効かなくなったら、今度は別の抗男性ホルモン剤に代えます。これがダメになったら、次は女性ホルモン剤。またダメになったら、副腎のステロイドホルモン剤を使う。さらにダメになったら、ここでようやく抗がん剤の登場、タキソテール(一般名ドセタキセル)です。数カ月間PSA値の上昇を抑えるだけの効果ですが、それでもその間在宅での生活ができるのです。このように手を変え品を変えながらがんをコントロールしていくのが現在の標準的な薬物療法なのです」(鳶巣さん)

最後に、標準的な治療ではありませんが、患者さんのQOL(生活の質)にとって、非常に大切な治療について鳶巣さんがこう指摘します。

「前立腺がんは骨転移が多く、中でも頸椎や胸椎に転移があると、ホルモン療法が効かなくなると、麻痺が起こり寝たきりになる人もいます。そうなると、本人もご家族も苦しむことになるので、そうならないように予防的に放射線治療をされることをお勧めします。放射線治療の専門医は、痛みもなく、他にも転移があるのに、なぜそこだけ放射線を当てる必要があるのかと疑問を投げますが、これはあくまでも患者さんが苦しまないための予防的処置なのです」

患者さんにとって利益になる、患者中心の治療こそが最も大事なことは、いうまでもないでしょう。

前立腺がんのリスク別の標準治療


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