進行別 がん標準治療 放射線治療、ホルモン療法の治療選択を考えよう

監修:高橋悟 東京大学付属病院泌尿器外科助教授
取材・文:祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2004年6月
更新:2013年8月

改良されてきた手術法

手術の長所と短所

「手術のメリットは、何といっても根治性が高いことです」と高橋さん。手術によってがんが完治すると、PSAは0.1以下に低下します。0.1以下にならない場合は、内分泌療法や放射線治療を行うこともあります。

放射線治療(外照射)の場合、0.1以下になることは稀だそうです。ただし、最近は放射線治療の方法も進歩し、完治性が高められています。

一方、手術の短所は合併症が起こる危険があることです。従来から、尿失禁、出血、勃起障害などの合併症が指摘されていますが、最近ではかなり改善されています。尿失禁は、手術の際に尿道括約筋を傷つけることから起こる合併症です。しかし、最近はめったに起こらなくなっているそうです。「手術直後に軽い尿失禁が出ることはありますが、3カ月もたてばまず尿漏れが残ることはなくなっている」といいます。以前は、出血も大きな問題でしたが、現在は手術法が改良され、これも減少しています。「手術前に、自己血を400~800cc採取して出血に備えておけば、十分に対応できる」と言います。

これに対して、神経を温存することができないと、100パーセント発症するのが勃起障害です。前立腺は、精液を作る臓器なので摘出すれば当然射精はできなくなります。加えて、前立腺の両側には被膜の外側に張りつくように勃起神経が走っています。これを温存できれば、勃起障害を防ぐことも可能です。

ただし、「やみくもに残しても、万が一がんが前立腺の被膜の外に出ていた場合は、がんを取り残してしまうことになります。したがってごく早期の人が対象で、早期発見が増えた現在でも勃起神経を両側とも温存できる人は2割、片側だけの人を含めても3割」というところだそうです。また、高齢になると勃起神経を残しても勃起障害が起こることがあります。

放射線の治療効果は手術と同等

放射線治療

従来、放射線治療といえば、外から放射線を前立腺に向けて照射する外照射が中心でした。しかし、最近では前立腺���に放射線を発する小さな線源、すなわち小線源を留置して組織の内側から放射線を照射する組織内照射が進歩し、注目されています。

外照射の場合、前立腺に向けて照射した放射線が直腸や尿道など周囲の正常組織にもあたり、放射線障害を起こす危険があることが難点でした。しかし、現在は外照射でも、目的の部位に放射線を集中させ、正常組織に与える影響を極力抑えた照射法が開発されています。それが、原体照射やIMRT(強度変調放射線治療)という方法です。

原体照射の場合は、がんの形に合わせて放射線を周囲から照射します。IMRTの場合は、それに加えて部位によって照射する放射線の強度を変化させることができます。こうした方法によって、放射線による合併症の出現率が低下し、治療効果は高められています。

一方、内照射は組織の中から放射線を照射するので、周囲の正常組織に与える影響は少なくなります。これまでは小線源を一時的に前立腺内に埋め込み、短期間放射線を照射することしかできなかったのですが、2003年から日本でも永久留置ができるようになりました。これが、密封小線源療法です。この方法だとより多くの放射線を前立腺に集中させることができるので、早期ならば効果は全摘手術に匹敵するといいます。

実際には、ガンマ線を発する放射性ヨードIという小線源をチタン性のカプセルに封入した小さな粒(シード)が使われます。これを80~100個、会陰部から前立腺内に刺入し、永久的に留置します。つまり、入れっぱなしにするわけです。挿入時間は2時間ほどで、通常3日ほどの入院で行えます。

「コンピュータで計算して、前立腺全体に大量の放射線が照射されるように、シードを刺入します。放射性ヨードIが放射するガンマ線は非常に弱いのですが、これを永久的に留置することで1年間に135~140グレイの放射線を前立腺に照射することができます」と高橋さん。外照射の場合は、放射線障害の問題で60グレイぐらいが照射の限界でした。しかし、密封小線源療法はより放射線を前立腺に集中させることで、大量の放射線を前立腺に照射することを可能にしたのです。その結果、完治性も全摘手術なみに向上しているのです。

また、外照射に比べて尿道出血や膀胱の障害による血尿、直腸炎による下痢や痛みなど放射線による合併症も非常に少なくなったそうです。なお、小線源から放射される放射線は徐々に弱くなり、1年後にはほとんど出なくなります。

50歳を過ぎたらPSA検査を

一般には、50歳を過ぎたらPSA検査を受けることが勧められています。「PSAは、非常に優秀なマーカーです。他の腫瘍マーカーは、低いからといって安心とは言い切れませんが、PSAが高くなければ前立腺がんの心配はないと考えていいのです」と高橋さん。

PSA値が1以下ならば、がんはないと考えて大丈夫です。2以下でも前立腺がんがある人の率は1000人に2人ぐらい。まず心配はないといっていいでしょう。したがって「2以下ならば2~3年に一度、4に近ければ年に1回はPSAの検査を受けてほしい」と高橋さんは語っています。

ただし、親兄弟に若くして前立腺がんになった人がいる場合は、早めにPSAの検査を受ける必要があります。家族性の前立腺がんである可能性もないとは言えないからです。80歳以上で前立腺がんになったのなら関係はありませんが、たとえば父親が50代で前立腺がんになった場合は、40代からPSAの検査を受けるべきなのです。

高齢者でも受けられる放射線治療

放射線治療の長所と短所

放射線治療では、手術で起こるような合併症のリスクが低いこと、また手術に比べて体の負担が少ないので、高齢者でも受けられるのが長所です。

従来の外照射では、直腸からの出血や肛門痛などの合併症が出たり、治療後10年以上経過した後にも直腸からの出血や排尿障害などの晩期合併症が稀に起こることがありました。とくに晩期障害は、少ないとはいえ放射線治療の大きな難点とされてきたのです。しかし、外照射でも現在は、前立腺に放射線を集中させることでこうした合併症の危険は従来より低くなっています。

とくに、密封小線源療法の場合、高橋さんによると勃起障害を起こすリスクは30パーセント程度。これが、アメリカなどで密封小線源療法が好まれている大きな原因でもあるのです。

T3(~T4)

各種治療法を組み合わせて行う

前立腺を包む被膜の外にがんが食い込んだ状態です。この場合も「上手な手術や放射線治療で完治できる可能性は十分にあります」と高橋さん。

この段階になると、周囲のリンパ節に転移している可能性も出てくるので、手術単独、あるいは放射線単独では十分な効果が得られないケースも多くなります。したがって、まだ確立した手法はありませんが、全摘手術を行った場合は、放射線治療や内分泌療法を補助的に追加する、放射線治療を選択した場合には、内分泌療法を追加するのが一般的になっています。

内分泌療法の併用

前立腺がんの場合、抗がん剤はあまり効果がありませんが、代わりに内分泌療法がよく効くのが特徴です。前立腺がんの多くは、男性ホルモンの刺激によって成長します。この男性ホルモンの働きをブロックしてがんを死滅させるのが、内分泌療法です。

これにもいくつかの方法があります。男性ホルモンの95パーセント(テストステロン)は精巣、残りの5パーセントは副腎で作られています。そこで、両側の精巣を摘出するのが両側精巣の摘除、いわゆる去勢です。効果は高く、PSAが1000を超えて骨転移があるような前立腺がんでも、3カ月ぐらいでPSAがひと桁に低下することもあります。ただ、精巣が失われるという精神的な負担が大きいことが難点です。


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