診療ガイドラインの解説:リスクの高いがんを選んで治療し、リスクの低いがんに不要な治療をしないことが重要 「前立腺癌診療ガイドライン」をわかりやすく解説する

監修●荒井陽一 東北大学大学院医学系研究科泌尿器科学分野教授
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2013年2月
更新:2019年12月

確定診断は生検で

PSAで危険な数字が出たら、確定診断のための生検を受ける。前立腺の組織を直腸や会陰経由で刺した針で採取し、顕微鏡で調べるのだ。前立腺がんの場合、一般的にPSAと病期、悪性度をみるグリソンスコアが、がんとしてのリスクを評価する基準になる。

生検を受けると、がんかどうかがわかると同時に、グリソンスコアもわかる。グリソンスコアは、簡単にいえばがんの顔つきを表す数字だ。数字が高くなるほど悪性度も高くなる。さらに、がんの広がりや治療方針を決めるために骨シンチグラフィやMRIなどの検査が行われることになる。

ただし、PSAの値が低い場合には、年齢や患者さんの希望なども加味して、生検を行わないこともあるそうだ。生検は身体への負担が大きく、感染の危険もありえる。「過剰診断を防ぐという意味で、生検をしないでPSAの数値の推移を見ていく」というケースもあるそうだ。

MRI=核磁気共鳴画像法

限局性であれば広い治療選択

■図4 リスク分布(NCCNガイドライン)

低リスク 中リスク 高リスク
病 期 T1-T2a T2b-T2c T3a
グリソンスコア 2-6 7 8-10
PSA値(ng/ml) <10 10-20 20<

生検などによって、早期の限局性のがんと診断された場合、治療法の選択肢は広い。「患者さんも医師も、一番治療法の選択に迷うところです」と荒井さんは言う。

前立腺がんの多くは、男性ホルモ���に依存して成長する。転移があれば、全身療法としてホルモン療法を行うのが当たり前だが、前立腺内にとどまる限局性のがんの場合、治療の選択肢が広いのだ。

限局性と言っても、治療方針を決める上で重要なのが、そのリスク分類。PSA値とグリソンスコア、臨床病期から3つのランクに分けられる。がんが前立腺内にとどまり(臨床病期T1~T2a)、PSAが10ng/ml以下、グリソンスコアが6以下ならば、低リスク群。PSAが20ng/ml以上あるか、グリソンスコアが8を超えると高リスク群になる。その中間に位置するのが中リスク群だ(図4)。

ただし、荒井さんによると「これはあくまでも目安。前立腺がんは顔つきのばらつきが激しいので、中リスクと思って手術をしたら高リスクだったり、経過観察中に低リスクが中リスクに変わることもある」のだそうだ。

PSA監視療法も選択肢に

■図5 PSA監視療法が適応となる症例

・がんの広がりが小さい
・がんの悪性度が低い
・PSA値も低く、上昇率も小さい
・積極的な治療のメリットよりデメリットのほうが大きいと考えられる

定期的な検査を受け、治療が必要なタイミングで積極的な治療を受けることが大切

前立腺がんの治療は、手術、放射線、ホルモン療法が基本になる。この中で、ホルモン療法以外、全ての選択が可能なのが低リスク群だ。低リスク群の場合、手術か放射線療法を単独で受けるか、さらにPSA監視療法という選択肢もある(図5)。

PSA監視療法は、PSAの推移を定期的に検査するだけでとくに積極的にがんの治療は行わないというもの。

荒井さんによると、PSA監視療法を含めてどの方法でも治療成績は変わらないと考えられているそうだ。逆にいえば、「全ての治療法の成績を比較した試験がないので、どの治療法も並列、これが一番いいという方法もない」のだそうだ。だからこそ、低リスク群の場合は、患者さんの期待余命(生命表から期待される余命)や合併症の有無、人生観や治療に対する考え方などが大事になる。

手術は、期待余命と手術に伴う体の負担や合併症のリスクを天秤にかけて行うかどうかを判断する。一般に手術は75歳までと言われるが、実際には患者さんの体力や希望しだいなのだそうだ。

唯一、ホルモン療法だけはメリットがないことがはっきりしているが、案外ホルモン療法を受けている人もいるらしい。「低リスクの患者さんには、手術か放射線か、無治療か、それぞれの長所、短所をお話した上で選択していただくのですが、中には手術も放射線も嫌だけど、何もしないのも嫌という患者さんもいます。それで、必要もないのにホルモン療法を行うところもあるのです」と荒井さんは言う。しかし、ホルモン療法にもホットフラッシュ、骨粗鬆症など副作用はある。無用な治療は受けるべきでないというのが、ガイドラインのスタンスだ。

中・高リスク群には積極的な治療を

一方、中・高リスク群になると、手術による前立腺の摘出か、放射線療法にホルモン療法を併用するのが基本となる。

もちろん、患者さんの意思が重要だが「病院によって、手術が得意だったり、放射線療法でも小線源療法やIMRT(強度変調放射線療法)、陽子線療法ができる施設があるなど、得意な分野もある」そうだ。

小線源療法は体内に放射線を発する線源を埋め込む方法、IMRTは目的の部位に集中して高線量の放射線を当てることができる。陽子線は、その性質を利用して病巣を集中的に攻撃する治療法だ。

かつては手術による前立腺摘出が中心だったが、荒井さんによると「今は、限局性の場合、手術より放射線療法のほうが多くなっています。手術は入院期間が長いとか、排尿、性機能障害などの合併症を恐れる人、日本でも性機能障害が嫌という人も増えてきた」そうだ。とくに大学病院は、さまざまな放射線療法が受けられるところが多いので、放射線療法を望む患者も集まりやすい。東北大学では、2対1で放射線療法を受ける患者が多いという(図6)。

■図6 手術と放射線療法の比較

手 術 放射線療法
尿障害 やや多い 少ない
性機能障害 やや多い 少ない
腸管機能障害 少ない やや多い
期 間 1週間ほどの入院が必要 原則外来で可能
数カ月の通院が必要
安心感 前立腺を摘出するため
安心感がある
前立腺が温存されるのは
いいが再発の不安が残る

 

しかし、手術も進歩している。開腹手術ではなく、腹部に小さな穴を数カ所あけるだけで前立腺が切除できる腹腔鏡下手術ならば傷も小さいし、回復も早い。翌日から院内を歩いて食事もできる。

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