口腔ケアでがん転移抑制の可能性も! 虫歯菌による血管炎症で血栓症・がん転移が増える
口腔ケアは血栓症の予防にも有効だった
2023年に発表された論文は、『口腔内細菌ストレプトコッカス ミュータンスは、血栓症を誘発し転移を促進する』と題するもので、やはり『Cancer Science』という雑誌に発表されました。
「2022年に発表した研究で、ミュータンス菌が血管内に入り込むことで血管に炎症が起きることが確かめられました。それならば、炎症を起こした血管は血栓を作りやすいことが知られているので、血栓もできやすくなっているのではないかと考え、それを調べてみることにしたのです」
血管の内側を覆っている血管内皮細胞は、細胞表面に血液が触れても血液を固まらせない唯一の細胞といわれています。血液が血管内をスムーズに流れるためには、血管内皮細胞がそうした性質をもっている必要があるからです。ところが、血管内皮細胞が炎症性変化を起こしていると、そこでは血小板の活性化が起きたり、血液凝固因子の発現が高まったりたりして、血液が凝固しやすくなることが知られていました。
「血管に炎症があれば血液が固まりやすくなることは既知の事実ですが、それを口腔内細菌やがんと結びつけた研究はありませんでした。2022年の研究で、ミュータンス菌によって血管内皮細胞が炎症性変化を起こすことが確認できたので、それなら、そこで血栓形成も起きているのではないかと考えたのです。私たちが血栓に注目したのは、がん患者さんの合併症として血栓症が知られていたからです。がん患者さんの死亡原因の1位はもちろんがんですが、2位は血栓症なのです。薬物療法の進歩でがん患者さんの生命予後は改善してきていますが、血栓症のためにがん治療を中断しなければならないようなケースも起きています」
樋田さんらの研究グループは、試験管レベルの実験によって、ミュータンス菌で炎症性変化を起こした血管内皮細胞では、血小板活性化因子や凝固促進因子の発現が高まることを確かめました。それによって血小板が活性化し、血栓の形成を促進することになります。また、ミュータンス菌による血小板の活性化によって、血管内皮に接着するがん細胞が増えることもわかりました。血栓ができることで、がんの転移が起きやすくなると考えられるわけです(図2)。

さらにマウスを使った動物実験によって、ミュータンス菌をマウスの血液中に投与して循環させると、肺における血栓形成が誘発され、実際にがんの転移が増加することが確かめられています(図3)。

「ミュータンス菌によって血管内皮細胞が炎症を起こしていれば、血栓ができやすくなり、血栓ができたら、そこにがん細胞がくっつきやすくなって、がんの転移が増加する、ということが明らかになりました。それを、試験管レベルと動物レベルの実験で示すことができたわけです」(図4)

定期的に歯科で口腔ケアを!
ミュータンス菌でがんの転移や血栓症が増えるのだとしたら、がんの患者さんは口腔ケアを受けたほうがよいことになります。
「北海道大学病院では、誤嚥性肺炎予防の目的で口腔ケアを行っています。歯科があるような大学病院なら行っていると思いますが、実際には口腔ケアを受けていないがんの患者さんも多いでしょう。口腔内細菌が血液中に入るのを防ぐためには、もちろんブラッシングも大切ですが、それだけでは十分とは言えません。虫歯や歯周病をきちんと治療した上で、定期的に歯科を受診して、歯石除去などの口腔ケアを受けておくのが理想です」
2022年と2023年に発表された研究は、試験管レベルと動物レベルの研究でした。次の段階として、実際の患者さんの口腔ケアの有効性を調べる臨床研究が準備中とのことです。
最後に樋田さんは、がん患者さんの口腔ケアの重要性を改めて強調しました。
「がん患者さんは、壮年期以上で発症する場合が多く、歯や歯茎の状態が悪くなってきている時期と重なっています。たとえば、全ての歯における歯周ポケットが5㎜くらいの方は、手のひらサイズの潰瘍があるのと同じくらいだと言われています。そうなると潰瘍部位から血管に容易に細菌が入り込んでしまいます。ですからがん患者さんはより歯周組織を健全に保つためのオーラルケアがトータルで必須になります」
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