治療やケアを受けられる医療環境を事前に、自ら整えよう これだけは知っておきたい再発・転移の基礎知識

監修:岩瀬哲 東京大学医学部付属病院緩和ケア診療部副部長
取材:「がんサポート」編集部
発行:2010年2月
更新:2013年6月

再発治療も、治療の目的を定めることが大事

ですから、再発・転移を告げられても決して絶望することなく、治療や緩和ケアの方法を模索していただきたいのですが、注意すべき点がいくつかあります。前述の岩瀬さんは、「大事なのは、初発治療であれ、再発治療であれ、自分が受ける治療の目的をはっきりして治療法を選択し、主治医と共有することです」と語ります。

原発がんの治療では、最大の目的は完治にあります。完治という結果を得るために、患者さんは抗がん剤や手術などの苦しさにも耐える、といってもいいでしょう(もちろん、今日では原発がんの患者さんにも緩和ケアが積極的に行われ、できるだけ苦痛がないように配慮されるようになってきました)。

けれども、完治を望めない再発・転移がんの患者さんは、再発・転移を告げられた時点で重大な選択を迫られます。それは、「つらくても治療を受けて延命をめざすか、完治をあきらめて体にダメージのある治療をやめ、与えられた時間を痛みや苦しみなく、自分らしく生活して全うするか」という選択です。

「世の中には『治る可能性のあることなら』とつらい治療を続けている患者さんは少なくありません。そのこと自体は悪いことではないのです。私は少しでも長く生きたいからと強い治療を選択するのも、それは1つの生き方なのですから。

けれども、治療目的がはっきりせず、漠然と治療を受けていると、結局治癒も望めず、痛みのない穏やかな時間も失ってしまう、ということになりかねません。

ですから、患者さんやご家族は、治療の目的を主治医と共有して治療に望むことが大切ではないでしょうか」(岩瀬さん)

[モルヒネが効果不十分または無効ながん患者の痛みとその治療]

  • 緊張性頭痛………………………筋弛緩薬(ジアゼパム)、NSAIDs
  • ヘルペス後神経痛………………三環系抗うつ薬、硬膜外局麻
  • 痛覚求心路遮断による痛み……三環系抗うつ薬、抗痙攣薬、ケタミン
  • 胃膨満痛…………………………水酸化アルミゲル、メトクロプラミド、ケタミン
  • 筋の攣縮による痛み……………筋弛緩薬(ジアゼパム)
  • 交感神経が関与した痛み………交感神経ブロック
  • 神経圧迫…………………………ステロイド、抗痙攣薬

治療・ホスピス・在宅を行き来できるオーストラリア

ただし、「日本ではまだまだ、がん患者さんの社会的サポートが少なすぎる」と、岩瀬さんはいいます。

「オーストラリアには、『ケアの3角形』という考え方があります。積極的に診断と治療を行う急性期(アキュート)施設と、たとえばホスピスのような緩和ケアを中心に行うサブ・アキュート施���、そして家(自宅)で療養する在宅医療の3つを、患者さんと家族がスムーズに移行できるんです。
たとえば、『サブ・アキュート施設にいるが、落ちついてきたので、もう1度治療にチャレンジしてみたい』という気持ちも、患者さんには必ずあると思います。また、家で過ごしていたけれど、家族も大変だし、自分もつらくなったので、しばらくホスピスに入りたいということもあるでしょう。そうした患者さんやご家族の意思を受け、サポートする医療チームが地域地域にあるんです。
日本でも最近は、すべての治療段階において緩和ケアの重要性が叫ばれるようになりました。でも、実情はまだまだお寒いといっていいでしょう。治療を全面的にあきらめなければ、ホスピスに入ることもできないし、そもそも、ホスピスを完備しているがん拠点病院がいくつあるのか……」

だからこそ、大変だけれども、再発・転移を告げられたら、「患者さんは自分がどのように『がん』とつきあうか、をきちんと整理し、その時期を豊かに過ごすためには何が必要かを考え、それを確保するために専門家と相談することが必要」と、岩瀬さんは語ります。

[ケアの3角形]
図:ケアの3角形

治療やケアを受けられる医療環境を自ら整える

では、どうすればそうした治療やケアが受けられるのでしょうか。

「現状では、各地のがん拠点病院に必ずある相談支援センターを訪れ、自分が住んでいる地域でどんな医療サービスを受けることができるのか、について相談支援センターから情報を教えてもらいましょう。
情報を得て、緩和ケアを提供してくれるかかりつけ医を見つけ、あらかじめ依頼しておく、といった手立てが必要です。
つまり、患者さんと家族が医療環境を整えておくことが必要なのです。
患者さんにとって、再発・転移の告知はたいへんきびしいものです。そうした中で、悪くなったときの備えをみずから行わなければならないのは、きびしい状態にあることでしょう。しかし、患者さんに自動的に情報が集まらない現時点の日本では、その備えをしておかないと、なかなか納得のいく治療やケアを受けることができないと思います」(岩瀬さん)

原発がんの治療が終わった元気な時点で、再発・転移の可能性を想定するのはむずかしいことですが、十分考え、医療環境や生活環境を備えておくという工夫が欠かせません。

介護保険のサービスも検討の余地がある

その意味で、意外にも使える可能性があるのは、介護保険といえそうです。評価が厳しく、患者さんが必要なだけのケアが得られにくいという欠点がありますが、受けられるサービスの内容は思いがけなく多彩です。

たとえば、必要とみなされれば、医師の往診や看護師の訪問、入浴、マッサージなどのサービスを受けることができます。往診医や看護師は24時間対応もしてくれるし、地域のがん拠点病院や総合病院などと連携もとってくれます。したがって、体調が急変したときには地域の総合病院に入院し、体調が回復したら再び在宅ケアを受けるといった移行も、手続きは煩雑ですが実現できます。がんの種類や状態によっては、在宅で抗がん剤治療と緩和ケアを同時に受けることもできるのです。

しかも、すべてのサービスはケア・マネジャーが統括し、総合病院やがん拠点病院、往診医などとも連絡をとりあってくれます。体調に異変を感じ、動きが悪くなったことを自覚したら、早目に介護認定を受けてみてはいかがでしょう(認定が出るまで、通常1カ月くらいかかります)。

岩瀬さんのめざす「ケアの3角形」に近い治療やケアを日本で探すには、患者さん自身が、自分が受けたい治療やケアの目的をはっきりさせ、その目的をかなえるために、使えるものは全部使う。これが、再発・転移後に生活の質(QOL)を維持するために、最も重要な心得といえそうです。
(文/半沢裕子)


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