きちんと治療をすれば生活の質が格段に改善される がんが何10個でも大丈夫。脳転移の最新療法

監修:堀智勝 東京女子医科大学脳神経外科主任教授
取材・文:半沢裕子
発行:2007年11月
更新:2013年7月

手術を施行する場合は?

では、手術を行うのは、どういうときでしょう。

「手術を行うのは、あくまでライフ・セービング(救命)のためです。腫瘍が直径3センチ以上になると、脳浮腫をともないますから、脳圧が亢進し、痙攣や麻痺、意識障害などが出てきます。ですから、とにかく腫瘍を取り除くことです。そうすると脳浮腫も消え、症状もやわらいで、患者さんは確実に元気になります。」

でも、体調が悪くて、手術に耐えられないという場合もあるでしょう?

「もちろんです。治療できる条件(適応)は、いくつかあります。いちばん大きいのは、原発病巣がきちんとコントロールされていて、一般的には6カ月以上の余命が見込まれていることですね。脳圧が亢進しているような場合でも、腹水がたまっているとか、肺に多発して呼吸もきびしいというような状態であれば、ガンマナイフや手術を行うことはできません」

手術前
小脳にできたがん
手術前
小脳にできたがんを手術により取り除く

手術とガンマナイフの併用もある

後頭葉にできたがん
後頭葉にできたがん。ガンマナイフによる治療前

多発性の場合、大きさによって、手術とガンマナイフを併用することもあるのだろうか。

「ありますね。先日入院された患者さんは、ファイバースコープの検査で肺がんが見つかりましたが、そのとき『どうもフラフラする』というので調べたら、右の後頭葉に直径2センチほど、右小脳に直径4センチ近くの腫瘍が見つかりました。肺がんの自覚症状はまったくないため、先に転移性脳腫瘍の治療をしたわけです。
症状的には吐き気があってご飯が食べられないなど、小脳からの症状が非常につよく出ているので、後頭葉のがんはガンマナイフで治療し、小脳のがんは早急に手術することにしました。小脳は意識障害が出たり、呼吸が困難になるなど、生命にかかわる障害が出やすいため、小さくても手術になることがよくあります」

全脳照射は隠れたがん細胞も叩く

[全脳照射と定位放射線照射]
図:全脳照射と定位放射線照射

では、全脳照射はどうだろう。全脳照射とは、脳全体に放射線をかける方法で、最も普及している放射線治療装置リニアック(直線加速器)を使い、1回の線量を少なくして、何回にも分けて照射する方法をとる(分割照射)。病院によっては、多発転移に対して全脳照射を行い、がんが小さくなってからガンマナイフなどの治療を行うところもあるという。

「直径3センチを超える腫瘍については、私たちの病院でも全脳照射を行うことが多いですね。1回で終わるガンマナイフとは違い、分割照射をする全脳照射は、脳圧亢進など、早急に治さなければならない症状があるときは、時間的にきびしいのですが、それでも、ガンマナイフはどうしても多少は脳浮腫を引き起こすので、大きな範囲で使うのは危険です」

また、全脳照射には、眼に見えないような微細ながんも叩ける、という利点もあるようだ。

「正直、どっちが脳にとってよい治療か、意見の分かれるところだと思います。実際、現状では、脳外科はガンマナイフか手術を行い、放射線治療科では全脳照射を行うことが多いのですが、どちらもエビデンス(科学的根拠)は出ていません。
そこで現在、150もの医療機関が協力して10を超す比較試験を行っている『ジャパン・クリニカル・オンコロジー・グループ(JCOG)』で、全脳照射とガンマナイフのどちらが優れているかの研究を進めています。まだ始まったばかりですが、結果が出れば、それにしたがって、ガンマナイフと全脳照射を使い分けると思います」

オーダーメイド的な治療は可能か

早く結果が出てほしいところだが、今はほかにもさまざまな放射線治療や装置がある。全脳照射かガンマナイフかの二者択一ではなく、こうした方法や装置を使って、よりオーダーメイド的な治療はできないものだろうか?

「それも今後のエビデンス待ちだと思います。たとえば、リニアックによる通常の放射線治療や、超小型リニアックにロボットアームをつけて精度を高めたサイバーナイフなどは、ガンマナイフに比べると時間もかかるし、正確さにも多少欠けます。しかし、サイバーナイフはガンマナイフほど精密ではないからいい、という医師もいるんです。
転移性脳腫瘍は手術やガンマナイフで病巣部をとっても、まわりに少しがん細胞がこぼれています。ですから、治療後に局所再発をすることもけっこうあるわけですが、その点、あまりに精密すぎず、まわりにも少し放射線がかかってしまうサイバーナイフのほうがいい、というのです。これも議論の対象だろうと思います」

生活の質が格段に改善される

転移性脳腫瘍の治療では、抗がん剤治療を行うことはあまりない、と堀さんは言う。頭痛や麻痺などの原因となっている脳腫瘍を治療したら、各科に戻っていただき、原発病巣の治療として、抗がん剤治療を行ってもらうのが一般的なのだそうだ。

つまり、転移性脳腫瘍の治療とは、ある意味、究極の対症療法ということができる。しかし、その価値ははかり知れないほど大きい、と堀さんは続けた。

「転移性脳腫瘍を発症するということは、残念ながらがんが完治することはない、ということです。けれども、ひどい頭痛が続く、麻痺がある、ご飯が食べられないなど、脳腫瘍の症状にはたいへん重症感があります。それが消えるだけで、QOL(生活の質)は格段に改善されるはずなのです」

恐れず、ひるまず、治療を検討していただきたいと思う。


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