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お腹に直接抗がん剤を注入し、高い治療効果 あきらめないで!胃がん腹膜播種の治療に新たな光明

監修●石神浩徳 東京大学腫瘍外科助教
取材・文●齊藤勝司
発行:2010年2月
更新:2019年8月

腹膜播種やがん性腹水に有効生存期間の延長にも期待

このようにして新しい治療が行われ、第2相試験()が実施された。

がん治療の有効性は患者さんを延命できてこそ評価される。臨床試験の結果について、石神さんはこう説明してくれた。

「治療を受けた40人の患者さんの1年生存率は78パーセント、生存期間の中央値は23カ月でした。一般的に行われているTS-1単剤やTS-1とシスプラチンの併用療法では、生存期間は6カ月から1年程度と言われています。単純な比較はできませんが、腹腔内投与を併用した新しい治療法が、より効果の高い治療法である可能性はあります」

[パクリタキセル腹腔内投与併用療法の効果(全生存期間)]
図:パクリタキセル腹腔内投与併用療法の効果(全生存期間)

がん性腹水に対する効果では、治療前に腹水があった21人のうち、5人で腹水が消失し、8人で明らかに減少した。効果がみられた患者さんのCT(コンピュータ断層撮影)画像では、治療前は腹水が広い範囲を占めているのに対し、治療後ではほとんど確認できないほど減少していることがわかる。

[腹水に対する治療効果(CT画像)]

腹水に対する治療効果(CT画像)

上段中央の点線で囲まれた部分が腹水を示す。治療前(上段)には大量の腹水がみられたが、治療後(下段)にはほぼ消失した

この治療法では、腹腔ポートから腹水または腹腔内を洗浄した液を採取して、含まれている細胞を顕微鏡で観察することにより、がん細胞の有無を調べることができる。この方法では、28人中24人で、腹水または洗浄液中のがん細胞が消失するという高い効果が確認された。

[パクリタキセル腹腔内投与併用療法の効果]
図:パクリタキセル腹腔内投与併用療法の効果

また、腹腔内の状態を直接確認することができる腹腔鏡検査では、治療前には腹膜に多数散らばっていた播種が、明らかに小さくなったり、消えてしまった症例もみられた。

[腹膜播種に対する治療効果(腹腔鏡検査)]

腹膜播種に対する治療効果(腹腔鏡検査)

治療前(上段)には多数の腹膜播種がみられたが、治療後(��段)にはほぼ消失した

さらに、腹膜播種の進行が原因となる消化管狭窄や水腎症についても、改善がみられることがわかった。

主な副作用は、TS-1による消化器症状(悪心、嘔吐、下痢など)とパクリタキセル点滴静注による白血球・好中球減少であり、現在行われている他の化学療法と同程度であった。腹腔内投与が直接の原因となる副作用はみられなかった。

第2相試験=新しい治療法の評価をする3段階の試験のうち、2段階目の試験。比較的少数の患者さんを対象に有効性・安全性を検討し、大規模な比較試験(第3相試験)に進むべきかを検討する

化学療法が効いた場合は手術を行う試みも

腹膜播種がある胃がん患者さんの場合、通常、手術が行われることは少ない。原発巣を取っても、残った播種が進んでしまい、手術の延命効果は乏しいと考えられているためだ。しかし、化学療法の効果が高くなった今、手術の意義が変わる可能性があると石神さんは説明する。

「有効な化学療法がなかった頃の経験から、腹膜播種のある患者さんには手術を行うべきではないと考えられてきました。しかし、新しい治療法により、腹膜播種が長い間抑えられ、原発巣が先に進行する症例がみられるようになりました。そして、化学療法で腹膜播種が消えるか小さくなった段階で、手術で原発巣を切除すると、より長い期間の生存につながるのではないかと考えるようになりました」

石神さんたちは、新たな試みとして、化学療法が効いて播種が小さくなり、手術でほとんどのがんが取れるようになった場合には、手術を行っている。第2相試験後も含めて62人の初発胃がんの患者さんのうち30人に手術を行い、生存期間の中央値は3年近くに達している。

[化学療法奏効後の手術の効果(全生存期間)]
図:化学療法奏効後の手術の効果(全生存期間)

腹腔内投与を普及させるため今、求められることとは?

こうして第2相試験では高い生存率が示されたが、従来の標準治療と比較する第3相試験を行い、より良い成績が示されなければ、標準治療とはみなされない。ところが、第3相試験を行うのは難しいと石神さんは説明する。

「胃がんの化学療法は、新規抗がん剤の出現と最近の臨床試験により飛躍的に進歩してきました。しかし多くの場合、腹膜播種の患者さんは対象とされなかったため、腹膜播種に対する標準治療は、未だ確立されていません。比較の対照となる標準治療がないため、私たちの新しい治療法が最良かどうかを調べることは難しい状況です。今後、多くの施設と協力して、この治療法についてさらなる評価を行い、どのように進めていくかを検討したいと考えています」

そのため東大病院は、新しい治療法を国の高度医療制度に申請し、医薬品関連としては全国で初めて、2009年11月に承認を受けた。

高度医療制度とは、保険診療として認められる前の有望な医療技術を、多くの患者に実施できるようにするための制度だ。保険外の診療を行う場合、通常は、病院が保険外診療分を負担するという特別な措置を行わない限りは、患者が保険診療分も含む医療費の全額を負担するしかない。高度医療制度では、保険外診療分のみを患者の負担とし、それ以外は保険診療を可能とすることで、患者の自己負担を軽減できるようになっている。

今のところ、高度医療としてパクリタキセル腹腔内投与を実施できるのは、東大病院に限られているが、石神さんたちによる第2相試験の治療成績の発表を受けて、複数の病院から参加の要請があり、現在、追加申請の準備をしているという。

「東大病院だけでは、この治療を行える患者さんの数は限られています。高度医療制度の下に実施できる病院が増えれば、全国のより多くの患者さんに治療を受けてもらえるようになります。また、多施設での経験をもとに、より良い治療法へと発展させることができるようになります」

パクリタキセル腹腔内投与が保険診療として承認され、どの病院でも実施できるようになるまでには、まだ長い道のりが残されているが、今大きな一歩が踏み出されたところだ。


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