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悪性度の高いスキルス胃がんにもこれだけ武器が出てきた! 分子標的治療薬の研究が進み、スキルス胃がん治療に光が見えてきた

監修●八代正和 大阪市立大学大学院医学研究科准教授
取材・文●増山育子
発行:2009年4月
更新:2019年8月

TS-1以外の抗がん剤ではどうか

TS-1以外では、タキサン系のタキソール(一般名パクリタキセル)が未分化がんに高い奏効率を示しており、スキルス胃がんの転移再発例に対して有望だ。

タキサン系の抗がん剤は、腹水中に速やかに移行して濃度が持続することから、腹膜転移例に有効と考えられており、また、腹腔内直接投与での治療効果も期待されている。

「シスプラチンなど水溶性の抗がん剤は、腹腔内に入れると、すぐに腹膜から吸収されて血中に入るため、腹膜転移がんの存在する腹腔内にとどまらず、効果が薄まってしまいます。一方、タキサン系の抗がん剤は、脂溶性で分子も大きいため、腹膜から血中への移行が妨げられ、腹腔内に長くとどまり、効果的と考えられるのです」(八代さん)

かつて胃がんの化学療法の中心であった5-FU(一般名フルオロウラシル)にメソトレキセート(一般名メトトレキサート)を組み合わせた、メソトレキセート/5-FU時間差療法が腹膜転移の治療に使われており、腸閉塞などで経口摂取が困難な例への有効性が示唆されている。

「TS-1とほかの抗がん剤(タキサン系、イリノテカン、シスプラチンなど)を組み合わせて使うことで、進行の早いがんに効果が上がっていることが報告されているそうです。スキルス胃がんの成績向上には、臨床試験による科学的根拠のある治療法の決定と、分子生物学的な知見に基づく新規治療の開発が急務と考えています」(八代さん)

[TS-1+シスプラチンの治療を行っている症例]

抗がん剤治療前(バリウム)
抗がん剤治療前(バリウム)
抗がん剤治療後(バリウム)
抗がん剤治療後(バリウム)



抗がん剤治療前(胃カメラ)
抗がん剤治療前(胃カメラ)
抗がん剤治療後(胃カメラ)
抗がん剤治療後(胃カメラ)



抗がん剤治療前(CT画像)
抗がん剤治療前(CT画像)
抗がん剤治療後(CT画像)
抗がん剤治療後(CT画像)



分子標的治療薬の開発状況

最近、新しい種類のがん治療薬として分子標的治療薬(細胞の特定の分子を標的に設計された薬剤)が臨床の場に登場してきた。しかし、他のがんと比べて胃がんの分子標的治療の開発は遅れている。これは、胃がんが有する組織学的、分子生物学的多様性のため、標的分子の絞り込みが困難であることが一因だといわれている。

胃がんの分子標的治療薬の開発が待たれるわけだが、現在、胃がんにおける分子標的治療薬の臨床導入に向けて、アービタックス(一般名セツキシマブ)、ハーセプチン(トラスツズマブ)、タイケルブ(ラパチニブ)、スーテント(スニチニブ)、ネクサバール(ソラフェニブ)などの臨床試験が計画・実施されている。

具体的には現在、ヒト上皮成長因子受容体(EGFR)を標的とするモノクローナル抗体のアービタックスが臨床試験中だ。

一方、EGFRの低分子阻害剤であるイレッサ(一般名ゲフィチニブ)の臨床試験は有効率が低かったため中止となった。そのほかでは、胃がんの約20%に過剰発現をみとめるHER2(細胞の生産にかかわるEGFRとよく似た構造をもつ遺伝子タンパク)の抗体ハーセプチンも臨床試験が進行中だが、八代さんは「HER2はスキルス胃がんには発現が少なく、効果の可能性は低いかもしれません」と説明する。

そのなかで、注目されるのはアバスチン(一般名ベバシズマブ)。VEGF(血管内皮成長因子)と結合する抗体製剤だ。

「スキルス胃がんや腹膜転移例ではVEGFが高発現しているとの報告があるので、スキルス胃がんにアバスチンが有用かもしれません」(八代さん)

ただし、「他の胃がんと異なった特徴をもつにもかかわらず、他の胃がんと同様の治療が行われていることが治療成績が向上しない原因の一端。治療成績向上にはスキルス胃がんの病態に立脚した治療法の開発が重要です」(八代さん)と力説する。

[臨床上認可された分子標的治療薬(低分子化合物)]

分類 一般名 商品名 標的分子 適応 承認の状況
チロシンキナーゼ
阻害剤
イマチニブ グリベック Bcr-Abl
PDGFR
c-KIT
消化管質腫瘍(GIST)
慢性骨髄性白血病
承認(2005年)
(ノバルティスファーマ)
スニチニブ スーテント PDGFR
KIT
VEGFR
GIST(イマチニブ抵抗性)
腎がん
承認(2008年)
(ファイザー)
ゲフィチニブ イレッサ EGFR
(変異型)
非小細胞肺がん 承認(2002年)
(アストラゼネカ)
エルロチニブ タルセバ EGFR 非小細胞肺がん 承認(2007年)
(中外製薬)
Rafキナーゼ
阻害薬
ソラフェニブ ネクサバール Raf
PDGFR
KIT
腎がん 承認(2008年)
(バイエル薬品)
プロテアソーム
阻害剤
ボルテゾミブ ベルケイド Proteasome 多発性骨髄腫 承認(2006年)
(ヤンセンファーマ)

[臨床上認可された分子標的治療薬(モノクローナル抗体)]

一般名 商品名 標的分子 適応 承認の状況
セツキシマブ アービタックス EGFR 大腸がん 承認(2008年)
(メルクセローノ、
ブリストルマイヤーズ)
ベバシズマブ アバスチン VEGF-A 大腸がん 承認(2007年)
(中外製薬)
トラスツズマブ ハーセプチン HER2 乳がん 承認(2001年)
(中外製薬)
リツキシマブ リツキサン CD20 B細胞性非ホジキンリンパ腫
B細胞性白血病
承認(2001年)
(全薬工業、 中外製薬)

研究で明らかになりつつあるスキルス胃がんの病態

悪性度が高く、治療成績が低迷しているスキルス胃がんだが、昨今の研究でその病態が明らかになりつつある。

病名の「スキルス」とは「硬い」という意味だ。多くの胃がんは正常の胃壁より硬いものだが、スキルス胃がんは広い範囲にわたってより硬くなっている。この硬さの理由の1つが、がん細胞のまわりに多く存在する線維成分である。

「がん組織を顕微鏡で観察すると、がん細胞が線維成分とともに増え、広がる様子が見られます。そのため線維成分はがん細胞の成長に影響すると考えられています」(八代さん)

線維芽細胞は、線維芽細胞の増殖因子(FGF7)や転移を促す因子(TGF-β)を産生する。スキルス胃がん細胞にはそれらを受け取る細胞の受容体(レセプター)があり、結合によってスキルス胃がん細胞は増え、広がっていく力を得ている。つまり、がん細胞と線維芽細胞との相互作用がスキルス胃がんの病態の1つと考えられるのだ。

「線維芽細胞増殖因子受容体2(FGFR2)やトランスフォーミング増殖因子β受容体(TGF-βR)は、スキルス胃がん細胞に特徴的に発現し、増殖進展に関与している分子です。このFGFR2やTGF-βRを阻害する低分子化合物が、スキルス胃がん治療に有用であることを、動物実験で確かめました」(八代さん)

八代さんらのグループは、この研究結果をもとに、分子標的治療薬の開発を検討中だ。

新たなスキルス胃がんの分子標的治療薬の研究

スキルス胃がんの分子標的治療薬候補となっている化合物の1つは、協和発酵キリン株式会社医薬探索研究所で開発されたFGFR2阻害剤Ki23057。FGFR2シグナルはスキルス胃がん細胞の増殖に関与しており、これを抑制するとがん細胞の増殖を抑え、がん細胞死(アポトーシス)を起こす。腹膜転移を起こしたマウス(実験用動物)にKi23057を3週間経口投与すると、がん性腹水が減少し、腹膜播種の腫瘤が縮小、その数も減った。

「腹膜播種が起こり、腹水の貯まったマウスは平均3~4週間後に死んでしまうのですが、Ki23057を与えたマウスは平均7週間くらい生きています。マウスではおよそ倍くらいの延命効果があったという結果です」(八代さん)

もう1つは、京都薬科大学薬品製造教室で開発されたTGF-βR阻害剤A-77。A-77とTS-1で、併用投与すると、マウスのがんのサイズは半分以下になり、リンパ節転移が抑制された。

八代さんは「これらのことから、FGFR2やTGF-βR分子を標的とする治療はスキルス胃がん治療に有望と考えています。今後、臨床開発を目標にさらに研究を進めたいと思います」と力強く語る。


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