腹腔鏡の利点を活かした「福永方式」に国内外からの見学者が殺到する 安全で確実な「胃がんの腹腔鏡下手術」の普及が患者さんを救う
短時間で出血の少ないメリットが
こうした福永方式で、具体的には何が変わったのでしょうか。
もちろん、「方法は違っても、胃やリンパ節郭清など切除するべき範囲は開腹手術でも腹腔鏡下手術でも同じです。できあがりも同じです」と福永さん。福永方式の目的は、あくまでも腹腔鏡の利点を生かして、誰でも安全で確実に行える胃がんの手術法を確立することにあります。手術はたった1人の名人が行う神業よりも、大勢の医師が簡単かつ確実に行える技術であることのほうがはるかに重要です。それでこそ、多くの患者さんが恩恵を受けられるのです。

[腹腔鏡下手術のための穴を開ける位置とサイズ]
これまでに行われたアンケート調査(日本内視鏡外科学会の第7回アンケート調査や日本臨床腫瘍グループ=JCOG)でも、開腹手術と腹腔鏡下手術では術後合併症の発生率に大きな差はないことが明らかにされています。
何が違うかといえば「従来より短い時間で、出血も少なく手術ができること」だそうです。福永方式による手術時間は平均すると3時間から3時間半。「昔は、腹腔鏡下手術は5~6時間かかると言われていましたが、これ以上短縮されることはないでしょう」と福永さん。腹腔鏡下手術で1番多い幽門側胃切除術(胃の出口を含めて3分の2を切除)の場合、福永さんは早い場合には2時間前後で終わるそうです。かつて、腹腔鏡下手術は開腹手術よりも1~2時間は長くかかると言われましたが、そうとは言えなくなってきているのです。
今は手術による出血も少なくなっていますが、開腹手術では100ccを切ることは少ないそうです。これに対して、腹腔鏡下手術の場合は「5ccなどヒトケタの場合もありますが、平均すると30~40cc」。半分ほどに出血も減っています。これは、「カメラの性能が向上して細い血管も良く見えるので、きちんと止血しながら手術を進められるから」だといいます。出血量が100cc��ら50ccに減少したからといって、体にはっきりした影響が出るわけではありませんが、出血は少ないにこしたことはありません。とくに、腹腔鏡は視野の確保が重要なので、ていねいに止血が行われるのです。
退院して短期間でゴルフができる体力まで回復が可能に

腹腔鏡下手術で胃全摘した10日目の患者さんの手術跡
腹腔鏡下手術のメリットは、何と言っても患者さんの回復が早いことです。開腹手術より早く食事が始められるのは「腸の蠕動運動の回復が早いから」だそうです。これは、腸を空気にさらさないからなのだそうです。その結果、食事が早くからできるので体力の回復も早いというわけです。他にも、痛みが少ない、早くからベットから離れて動けるので呼吸機能の回復も早いなどの利点があります。
腹部には、5ミリから10ミリぐらいの穴を5カ所あけるだけなので、美容的なメリットもあります。しかし、傷が小さいことは「腹筋を使う人にはいいかもしれませんが、中心的なメリットではありません」と福永さん。やはり、体力の回復が早いことを実感すると言います。ふつう、開腹手術では10日から2週間、腹腔鏡下手術では1週間~10日入院します。入院期間も少し短いのですが、驚くのは最初の外来通院日。退院後2週間で最初の外来診察に来てもらうのですが、「これまでに3人、退院してから外来に来るまでにゴルフに行った患者さんがいた」というのです。退院してわずか2週間の間に、もうゴルフができるだけの体力があるのです。
開腹手術だと、ゴルフに行けるようになるまでには2~3カ月ぐらいかかるのがふつう。同じように1~2週間で退院したとしても「お腹の傷を抑えながらソロソロと帰るか、楽々と帰るか、その差は大きい」と福永さんは話しています。
こうした利点を考えても、福永さんが工夫した安全で簡単な腹腔鏡下手術が普及して腹腔鏡下手術を行う医師が増えれば、その恩恵を受ける患者さんも増えていくはずなのです。
腹腔鏡でどこまで手術が可能か
では、どこまで腹腔鏡で手術が可能なのでしょうか。今は、粘膜下層までのがんでリンパ節転移があったとしても近くのリンパ節(1群)に限られていることが、腹腔鏡下手術の条件です。リンパ節は、胃に近い部位から、1群、2群、3群と分類されています。
以前は、早期でも2群までリンパ節郭清が行われていましたが、早期胃がんのリンパ節転移の率は低く、あったとしても胃の周囲に限られることがわかってきました。
そこで、2群までリンパ節を郭清する必要はないと言われるようになったのです。
具体的には、早期胃がんでは1群に加えて一定範囲のリンパ節を郭清(1群プラスαまたはβ)します。これが、早期胃がんに腹腔鏡下手術が普及した理由の1つでもあります。
ガイドラインで、腹腔鏡下手術が縮小手術と位置づけられているのも、ここからきているのです。
腹腔鏡下手術に積極的な病院でも、リンパ節郭清をここまでにとどめているところが多いのです。ということは、早期胃がんを対象に腹腔鏡下手術を行っているところが多いということです。
2群リンパ節郭清も腹腔鏡で可能
しかし、福永さんによると「2群郭清も、腹腔鏡で十分可能」だといいます。実際、2群郭清に関しても、福永さんは膵臓と脾臓をお腹から外に出して追加のリンパ節郭清を行うなどの工夫をしています。2群郭清まで腹腔鏡でできれば、腹腔鏡下手術はもっと進行した胃がんにも適応できるようになります。「本当にリンパ節転移がたくさんあるような症例にまで腹腔鏡下手術を行っていいのか。生存率や再発率など、きちんと科学的に開腹手術と比較していく必要があります」と福永さんは語っています。命に関わることなので、腹腔鏡下手術が開腹手術の成績に劣らないことを科学的に検証することが先決です。
しかし、工夫次第では、今後胃がんでも腹腔鏡下手術がもっと広範囲に行われる可能性は決して低くないと言っていいでしょう。今、腹腔鏡下手術は開腹手術を真似ていた時代から、その特性を生かした術式を普及する新時代へと入ったのです。
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