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術後補助化学療法の有効性を検証する臨床試験で大きなインパクト 胃がんは「抗がん剤もがんの治癒に貢献できる」時代に

監修●山口俊晴 癌研有明病院消化器センター長
取材・文●町口 充
発行:2007年3月
更新:2019年8月

見逃せないガイドラインの存在

意外というべきか、これまでは日本でも世界でも、胃がんに対する抗がん剤の効果を調べる臨床試験は、対象となる患者が十分に集まらず、精度の高い研究にならないことが多かったという。

「その点で今回、千人を超える患者さんを対象に試験ができたのは、ガイドラインの存在も見逃せない」と山口さんは語る。

「有効な薬がまだ見つかっていないというガイドラインが出たことで、TS-1の試験では、臨床家が、患者さんに対して試験に参加することの意義を説明しやすくなったといえます。また、臨床家自身がすでにTS-1を使っていて、その効果を目の当たりにしていました。そのため、これはひょっとしたら有効ではないかということを理解していて、積極的になれた。この点も、今回の試験が成功した理由のひとつとしてあげられますね」

もちろん、TS-1そのものが5-FUを進化させた画期的な薬であることは前述したとおりだが、投薬方法にも工夫があり、それがより効果を高めている、と山口さんは指摘する。

「昔は、抗がん剤は一定期間ずっと続けなくてはいけないというのが常識だったわけですが、近年、4週間投与を続けて2週間休むとか、休薬期間を入れるスタイルがとられるようになってきました。休薬期間を入れると、副作用を減らす効果があるし、かりに副作用が少なくても、毎日毎日抗がん剤を飲み続けるのはとてもつらいことです。休薬期間があると、休んでいる間に患者さんは元気になって、骨髄抑制などがあっても回復できる。もともとTS-1は副作用を抑える仕組みになっていますから、このような休薬期間を設ける工夫を加えて、より副作用が少なくて飲みやすいという利点がありました」

日本で試験が行われたことの意義

写真:リンパ節郭清技術

日本の手術レベルの高さを誇るリンパ節郭清技術

今回の試験が日本で行われたことの意義も大きいようだ。

「術後補助療法としてではなく、抗がん剤単独の試験だったら、アメリカだろうが日本だろうが、どこの国で行っても、たぶん結果は一緒だったと思います。しかし、たとえばアメリカで手術プラス抗がん剤、日本で手術プラス抗がん剤、��るいは韓国で……となると、クオリティがまるで違ってきます。それは、薬は同じでも手術のレベルが違うからです。アメリカなどほかの国と比べて、日本はきわめて手術のレベルが高い。再発率が低いし、手術の死亡率も低い。手術の死亡率でいえば、外国では5パーセント前後の施設がたくさんありますが、日本は1パーセント以下。リンパ節を郭清する技術も優れています。それだけ手術のクオリティが高いのは、たくさんの症例を経験してきたからで、施設間の格差も非常に少ない。クオリティの高い手術をした上でのTS-1治療の結果ですから、世界に与えるインパクトはなおさら大きいといえます」

今後の胃がん治療はどう変わる?

今回の臨床試験の結果を受けて、ステージ2、3の胃がん治療は今後、大きく変わっていくに違いない。

今まで、手術単独だと生存率が約70パーセントだったのが、TS-1を加えることによって約80パーセントに増えた。この10パーセントの違いが実は大きい、と山口さんは強調する。

「70パーセントが80パーセントになったというのは、逆にいえば、手術単独だと3割の人が再発して亡くなっていたのが、2割にまで抑えられるということ。日本でステージ2、3の胃がんは年間2万5千人が罹患します。その3割の7,500人が3年以内に亡くなっていたのが、うち2400人の方は死なずにすむという意味ですから、これはすごく大きなことです。臨床診療に関わることですから、当然、ガイドラインも変えなくてはいけないし、多くの人に知らせる必要があります」

さらに、今回の結果をもとに、次の研究への取り組みも盛んになっていくという。

たとえば、今回は1年間TS-1を飲み続けたが、人によってはそんなに長く飲まなくてもいいかもしれないし、逆に、もっと長く飲んだほうが延命効果が高いかもしれない。あるいは、今回は手術でがんがきれいに取れた人が対象だったが、まだ少し残っているという人も、これからは治療の対象となるかもしれない。また、TS-1単剤でこれだけの効果があるのだから、ほかの薬と組み合わせるとどうかなどは、次のテーマとなるに違いない。そのベースラインとなったという点でも、今回の結果は画期的なものといえよう。

ところで、気になる副作用だが、解析結果では、「有害事象(グレード3以上)は低頻度で、食欲不振の6パーセントが最大」としている。山口さんも実際に投与した感触から次のように語る。

「副作用は軽いものが多く、色素沈着とか、湿疹、ドライアイなどの目の症状などです。味覚障害が出た人もいました。しかし、血液の副作用とか、肝機能の障害などは少なく、まったく副作用のない人もいました」

湿疹の強い人には薬の量を少し減らしたり、吐き気がするときは吐き気を抑える薬を飲んだり、減量して副作用を少なくしたケースもあったという。

「これまでは抗がん剤というと、つらい副作用に苦しめられるだけだから、やらないほうがいい、というイメージがありました。しかし、TS-1の登場はその懸念を払拭するものとなりました。自分のがん治療にとってメリットがあると思ったなら抗がん剤治療を選択できる、そんな時代がやってきたといえるでしょう」と、山口さんは語っている。

[TS-1を用いた場合の副作用]

  TS-1群
(n=517)
手術群
(n=526)
グレード3 グレード4 グレード3 グレード4
白血球減少 1.2% 0% 0.4% 0%
ヘモグロビン減少 1.2% 0% 0.6% 0.2%
血小板減少 0.2% 0% 0.4% 0%
口内炎 0.2% 0% 0% 0%
食欲不振 5.8% 0.2% 1.5% 0.6%
悪心 3.7% 1.1%
嘔吐 1.2% 0% 1.3% 0.6%
下痢 3.1% 0% 0.2% 0%
皮疹 1.0% 0% 0.4% 0%
倦怠感 0.6% 0% 0.6% 0%
 *NCI-CTC (Ver.2.0)

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