「化学放射線治療」は、胃がんにも有効だった! 手術不能の転移がんでも完全消失10%、生存期間18カ月、副作用も穏やか
副作用に配慮した穏やかな治療

このように慶応大学病院での新たな試みにより、これまでは半ばタブー視されていた観もある胃がんへの化学放射線治療の効果が明らかにされ始めている。重度の胃がん患者には願ってもない朗報といえるだろう。
では、じっさいの治療はどんなものなのだろう。前にいったように、化学放射線治療を行う場合には1カ月の入院治療が基本となる。その間に放射線治療と抗がん剤治療が並行して進められるのだ。その特長は副作用を最小限に抑えるために、放射線、抗がん剤ともにきわめて穏やかな設定で照射量、投与量が設定されていることだ。
「当然ながら、放射線は原発部分の胃の腫瘍を対象に照射します。一般には根治療法として放射線治療を行う場合、総照射量は60グレイに設定されることが少なくありません。
しかし当院では患者さんの負担を小さくするために40グレイに抑えています。1回の照射線量は2グレイ。この穏やかな照射を4週間繰り返すのです」
一方、抗がん剤は錠剤タイプのTS-1と点滴で投与されるシスプラチンの組み合わせがベースになる。そのなかでより副作用が不安視されるシスプラチンの投与量は通常は60~70ミリグラム/平方メートルだが、慶応大学病院の場合はこの投与量が細かく分割され、1回の投与量は6ミリグラム/平方メートルにまで抑えられている。投与ペースは週に5回。またTS-1は通常と同じように20から25ミリグラムの錠剤を4から6錠、毎日服用する。1カ月の入院治療中は放射線治療とともにこうした抗がん剤治療が行われるわけだ。
腫瘍が縮小した後に摘出手術も
そうして1カ月後、予後が順調と判断されれば、治療は通院による抗がん剤治療に切り替えられる。前述のように現段階では、化学放射線治療を受けた約40名の患者のほとんどが、退院を果たしているという。
また、化学放射線治療が奏効して転移がんが消失、さらに原発部の胃がんの縮小など、病態がダウンステージングした場合には、さらに手術によって腫瘍の摘出が行われることもある。しかし、才川さんは現段階ではあまり積極的には、そこまでの治療は勧めていないという。
「完全に病気と縁を切りたいと考えるのでしょう。患者さんの3分の2は化学放射線治療による治療の後に手術を希望します。しかしステージ4で巨大な腫瘍��生じている場合には、手術で胃を摘出しても完全にがんが治ることは難しい。と、すれば胃を残して機能を温存するほうがベターではないかとも考えられます。もっとも例外的に完全にがんが消失したと考えられる人、また胃に閉塞症状がある人の場合には手術をお勧めします」
どうやら手術の是非はケース・バイ・ケースで判断するということのようである。
ちなみに同じ治療は手術後の再発胃がんに対しても行われている。この場合には初発の場合と違って完全寛解は望めないが、2年以上の長期生存を果たしている人も少なくないという。


長さ10センチ以上のがんが消失した
さて、こうした治療によって症状はじっさいにどのように変化していくのか。ここでは1例として、60代の女性患者、Kさんのケースを見ておこう。
Kさんが食欲不振など胃の不調を感じて慶応大学病院を訪ねてきたのは、2年数カ月前のことだった。当初、Kさん自身は胃潰瘍ではないかと思っていたらしい。しかしCTなどの検査により、Kさんは胃の内側に長さ10センチ、深さは筋層にまで達する腫瘍が広がっていることが判明する。腫瘍は肝動脈を通じて肝臓にも転移しており、肝臓の入り口付近の肝門部に直径2センチ程度の腫瘍が数個、発見された。ステージ4の胃がん。もちろん手術は不能である。
そんななかでKさんは才川さんらの勧めもあって、自らの治療に化学放射線治療を選択する。Kさんの場合はこの治療が見事に奏効した。1カ月の入院治療による抗がん剤治療と放射線治療で肝門部の転移がんは完全消失、原発部の胃の腫瘍も大幅に縮小した。そこでKさんの体力回復を待って、胃の全摘手術が行われる――。
そうして1年後、細胞診などの病理学検査を実施した結果、Kさんの体内からがんが消失していることが判明する。化学放射線治療によってKさんは完全寛解を果たしているのである。慶応大学病院では、このKさんの例も含めてステージ4の胃がんの完全寛解例は5例に達しているという。

胃の幽門前庭部に長さ10cmの腫瘍、肝臓に直径2cmほどの腫瘍が数個、リンパ節転移発見。化学放射線治療を行って10カ月後、肝転移が完全に消失
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