渡辺亨チームが医療サポートする:胃がん編
再発胃がん患者が求めた抗がん剤は、通院可能なTS-1療法だった
青木良一さん(65)の経過 | |
2001年 10月 | 人間ドックで、3a期の胃がんを発見。T病院で胃の3分2の以上を切除、第2群リンパ節まで郭清。 |
2003年 3月 | 術後の定期検査で、肝臓と腹膜への転移を発見。「余命半年」と告知される。 |
胃がんの再発で「余命半年」との告知を受けた青木良一さん(仮名)は、妻の強い勧め もあって、抗がん剤治療に積極的に取り組む決心をした。とはいっても、抗がん剤治療を受けられるだけの状態であるか、それだけの体力が彼にあるかどうか、調べる必要がある。その結果、パスし、そして抗がん剤治療が始まった。
確立された抗がん剤の標準治療はない
3A期の胃がんの摘出手術を受けて1年半経過した2003年3月、青木良一さん(仮名)は、術後の定期検査で再発が見つかり、T医師から「余命半年」との告知を受けた。妻の滋子さんの強い希望に応じて、積極的治療を受けることを決心した青木さんは、4月初め抗がん剤治療を求めてT医師の紹介でC大学付属病院腫瘍内科のF医師を訪れている。
「初めまして、Fと申します。よろしくお願いします。胃がんの再発で、抗がん剤治療をご希望なのですね?」
青木さんが見たF医師は、50歳代後半と思われた。どことなくやわらかい感じを与える第一印象に、青木さんはちょっとほっとする。F医師はT医師からの紹介状に目を通しながら、話し始めた。
「すでにご承知いただいていると思いますが、現在の段階では進行した胃がんに対する抗がん剤治療の目的は、がんを治すことではなく(*1再発胃がんの治療の目的)、少しでも長く生きていただき、痛みなどのつらい症状をやわらげることにあります(*2抗がん剤治療と緩和治療)。
海外には進行した胃がんに対する抗がん剤治療で生存期間が延長するという臨床試験の結果がいくつか報告されていますが、日本ではまだそれは証明されていないのです(*3再発胃がんに対する抗がん剤治療の有効性)。
ただし、新しい薬がどんどん登場しており、私自身はかなり有望な治療法になってきたと思っています」
F医師の話の中身は、青木さんの想像通りかなり厳しいものである。それでも、青木さんは、「この先生なら、正直に何でも話してもらえそうだな」と思うことができた。
化学療法が適応と判断された
「お腹を診せていただきましょう」
F��師は、青木さんに診療台に上るよう促し、腹部触診により*腹膜播種と腹水の具合を丁寧に確かめた。なにやらカルテに書き込みながら、F医師はこう話す。
「きちんとした抗がん剤治療を行うためには、患者さんがそれに本当に適応するかどうかを判断するために、全身状態を詳しく検査する必要があります」(*4化学療法の適応について)
青木さんは、あらかじめ伝えられていた通り、この日はそのままC大学病院で精密検査を受けることになったのである。半日かけてCTなどの画像検査、血液検査などが行われた。
検査後再びF医師の待つ診療室に入る。するとF医師はこう告げた。
「青木さんは、全身状態を示すパフォーマンス・ステータス(PS)(*5)は1程度で、年齢、栄養状態、骨髄予備能(*6)などから抗がん剤治療は可能だと思います」
*腹膜播種=がんが胃の表面からこぼれ落ちて、まるで種をまくようにお腹全体に広がった状態
通院による治療が始まった
「青木さんの治療に使うお薬ですが」
F医師は青木さんに治療方針の説明を始める。胃がんの抗がん剤治療については標準的治療が存在しないので、医師がそれぞれの判断で選択しているとのことである(*7抗がん剤の選択)。
「これまでの基本的な抗がん剤だった5-FUは、単独で使うよりブリプラチンもしくはランダ(一般名シスプラチン)という薬と組み合わせて使うと、生存期間を延ばすことはできなくても、腫瘍を小さくする効果がより高いことがわかっています。
しかし副作用が強くなることもわかっています。外来での治療をお望みでしたら、5-FUをより有効に働くようにしたTS-1(一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム)という新薬があります。
この薬は腹膜播種やリンパ節転移などの転移巣にも有効と考えられ、単独で従来の5-FUにシスプラチンを併用した治療に匹敵する効果が認められました。しかも副作用が軽減されていました。(*8転移巣に対する治療の意味)。
そこで、私はまずTS-1単剤での治療をお勧めしたいと思います」
TS-1は口から飲める経口剤であり、シスプラチンも連続5日間投与となるが点滴は1時間程度で終わるので、通院治療も可能とのことである。青木さんは「体の自由が利くうちにやっておきたいことがある。できれば入院したくない」と考えていたので、F医師のこの提案は大歓迎である。そこで、「治療はどのくらい続くでしょうか?」と聞いてみた。
「抗がん剤の投与期間は、がんの増悪が確認されるまで。あるいは薬の毒性が強くて『これ以上継続不可能』と判断されるまで行うことになります(*9投与スケジュール)。一方で、薬の毒性を抑えるために支持療法(*10)も併用します」
こうして、青木さんは通院で、TS-1単剤での抗がん剤治療を受けることになった。
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