渡辺亨チームが医療サポートする:胃がん編
「余命半年」の再発胃がん患者は、抗がん剤治療を選んだ
T1、2では抗がん剤治療の意味がない。しかし……
滝内比呂也さんのお話
*1 術後の抗がん剤の意味
この患者さんのように、手術後に一定期間の抗がん剤治療を行い、再発を予防する治療を、「術後補助抗がん剤治療」とよびます。術後補助抗がん剤治療は、乳がん、大腸がん、肺がんでは、再発を予防する効果があることが明らかに証明されています。胃がんでは、どうでしょうか。今までの日本の臨床試験から、がんが胃の粘膜下層までの深さにまでしか達していないT1の深達度では、術後の補助抗がん剤治療は意味がないことがわかっています。さらに胃の筋層まで達しているT2という深達度のがんで、リンパ節転移のないN0という状態ならば、術後補助抗がん剤治療をしても意味はないというコンセンサス(同意)も得られています。
しかし、それ以外の病期に関する術後補助抗がん剤治療の有効性については、手術のみと術後補助抗がん剤治療をしたものを比較する大規模臨床試験が行われていないので、現段階では、効果があるとも、ないとも、わかりません。ですから、この場合、きわめて厳密に言えば、「術後の抗がん剤治療を行う科学的根拠はない」ということになります。
では、前述の病期以外の術後補助抗がん剤治療が無効なのかといえば、いくつかの臨床試験の結果を分析した*メタアナリシスでは、いずれも「若干の有用性がある」と示されていて、引き続き検討することが必要とされています。ですから、術後補助抗がん剤治療に関して、現状では、「標準的治療ではないから行うべきでない」ともいえるし、「わずかながら効果があるのでやるべきだ」ともいえるのです。医療施設や医師の判断で、治療法の選択が異なる可能性があります。
したがって、患者さんの希望も考慮して、最終的にどうするか、を決める必要があるでしょう。たとえば非常に進行した3B期の胃がんなどは、「手術したあと治療しなくていいのか」という議論がなされます。私は自分自身がもし3B期の胃がんで手術を受けたら、抗がん剤治療を受けたいと思います。
NO リンパ節転移がない | N1 胃に接したリンパ節転移がある | N2 胃を養う血管に沿ったリンパ節転移がある | N3 さらに遠くのリンパ節に転移がある | |
---|---|---|---|---|
T1,M 胃の粘膜に限局している | 1A期 | 1B期 | 2期 | 4期 |
T1,SM 胃の粘膜下層に達している | ||||
T2 胃の外側表面にがんが出ていない、主に胃の筋層まで | 1B期 | 2期 | 3A期 | |
T3 筋層を超えて胃の表面に出ている | 2期 | 3A期 | 3B期 | |
T4 胃の表面に出た上に、他の臓器にもがんが続いている | 3A期 | 3B期 | 4期 | |
肝、肺、腹膜など遠くに転移している | 4期 |
*メタアナリシス=複数の比較試験(臨床試験)を分析した結果
*2 UFTの有効性について

術後補助抗がん剤治療としてのUFTの効果は、最近の日本で行われた臨床試験で、非小細胞肺がんの1期で再発を抑える効果がある、ということが確認されました。また、直腸がんの術後補助抗がん剤治療においても、有意に予後を改善したというデータが本年になって出てきました。胃がんでも、UFTの臨床試験が行われ結果が出るのを待っている状況です。また、現在、胃がんに対しては、UFTと同系統のTS-1という薬剤の術後補助療法としての効果について、臨床試験が行われています。
従来、UFTなどの飲み薬は、副作用が軽いから、と再発を抑える効果をきちんと確認しないで処方されてきたため、「UFTは無意味だ」という極端な意見を述べる医師もいました。飲み薬だからといって、必ずしも副作用が軽い、というわけではありませんし、また、効果がない、ということも決してありません。問題は、どの程度の効果と副作用があるか、について、きちんとした情報が得られていないうちに、たくさんの患者さんの治療に使われてきた、という点です。臨床試験を行うことにより、UFTやTS-1などの、安全性と有効性を確認してからでないと、いいとも、悪いとも言えないのです。
転移・再発胃がんには抗がん剤治療がいい
滝内比呂也さんのお話
*3 胃がんの再発・転移
胃がんはがんの深達度がどのくらいであったかということによって、転移の頻度が異なり、これによって再発率などを推測することができます。このような場合、胃がん手術時のがんの深達度を「予後因子」と呼びます。下表の国立がん研究センターのデータを見てもわかるように、粘膜内、粘膜下層までしか達していない早期がんでは通常の手術を行えば、再発の懸念は極めて低い、と言うことがわかります。この患者さんのように、漿膜まで達していた場合、転移がでる可能性は、肝臓6パーセント、腹膜18パーセントということになります。
深達度 | 転移 | ||
---|---|---|---|
リンパ節 | 肝臓 | 腹膜 | |
粘膜内 | 3.3% | 0.0% | 0.0% |
粘膜下層 | 17.6% | 0.1% | 0.0% |
固有筋層 | 46.7% | 1.1% | 0.5% |
漿膜下層 | 63.6% | 3.4% | 2.2% |
漿膜 | 79.9% | 6.3% | 17.8% |
周囲臓器浸潤 | 89.7% | 15.5% | 41.6% |
[がんの深達度と5年生存率の関係]
*4 胃がんの転移先について

胃がんの転移のほとんどは腹腔内(腹部の中)に限られます。最も多い転移はリンパ節転移で、早期がんのうちから起こりがちです。
その次に多いのは腹膜転移、さらにその次が肝転移で、どちらも進行した胃がんに多くみられます。これらはリンパ節転移より頻度はかなり低くなりますが、転移してしまうと治療が難しい点が問題です。
腹膜転移は、胃壁の最外層にある漿膜に到達したがん細胞が胃壁から飛び散り、小腸、大腸、膀胱などの臓器の外壁を包んでいる漿膜にくっついて発生します。まるで種の芽が出てくるようなので、この状態を腹膜播種と呼びます。腹膜播種をおこすと腹水がたまったり、腸に狭窄が起こったりします。腹膜播種は、漿膜に到達しないがんで発生することはまれです。
一方、肝転移は、毛細血管から門脈に入り込んだがん細胞が肝臓に転移病巣をつくるものです(血行性転移)。
胃がんの手術の際、肝臓に転移が見つかることがあります。この場合、目に見える転移の数は1~2個であっても、目に見えない多数の転移の芽はすでに生じていると考えられ、胃がんの肝転移の手術をすることの意義は乏しいです。
*5 転移・再発胃がんの予後について
転移・再発胃がんの生存期間の中央値は3~5カ月、抗がん剤治療を行った場合は、これが9~11カ月に延長できるという報告があります。また、転移・再発が診断されてから、2年の時点での生存率は抗がん剤治療をしなければ0パーセント、抗がん剤治療をした場合は6~10パーセントと報告されています。
再発胃がんでは、患者さんに「抗がん剤治療を行わないのならこのくらいの予後です」とご説明した上で、治療するかどうかを判断していただきます。これまで抗がん剤治療を受けた人と受けない人とをランダムに比較した臨床試験が四つあり、いずれの試験でも、抗がん剤治療により再発胃がん患者のQOL向上と延命の両方の効果のあることが示されているのです。これらの臨床試験の結果では、抗がん剤治療を行わない場合は生存期間の中央値は4~5カ月なのに対し、抗がん剤治療を行った場合の生存期間中央値は8~10カ月で、少なくとも2倍くらいの延命効果が見られます。
すなわち、現在は少なくとも「抗がん剤治療は行うほうがいい」ということは、我々医師も自信を持って言える時代になりました。
しかし、抗がん剤は副作用もあり、副作用が原因で死亡することもあります。臨床試験のデータでは抗がん剤治療関連死亡は1~2パーセント前後だと考えられます。臨床試験では、全身状態の比較的良好な患者が対象となりますから、実際の臨床では、それよりは全身状態の悪い人が対象になることもあるので、頻度は、もうちょっと高いかもしれません。ですから、抗がん剤の適応と限界を十分に鑑み、あまり全身状態が芳しくないのに抗がん剤治療を行って命を落とすというようなことがあると、悲しい結末になりかねません。そのあたりのバランスをよくよく担当医師と相談する必要がありますね。
*6 抗がん剤治療の専門性について
転移・再発胃がんの治療は、抗がん剤治療が主体です。胃がんに効果のある抗がん剤は10数種類あり、それらを効果的に使うためには、専門的な知識と経験と技術が必要です。また、抗がん剤の副作用に対する対策も同じように専門的です。
ところが、胃がんの抗がん剤治療は専門病院以外のいろいろな施設でもやっており、そういう意味で施設によって治療内容がまちまちです。ある施設では1種類だけで、またある施設では複数の抗がん剤を併用して、というふうにいろいろな治療がなされています。可能なら抗がん剤の治療は、ある程度の専門的知識と経験を持った施設で受けていただくことが必要だと思います。そして理想をいえば、専門の外科医が手術したあと、専門の内科医が抗がん剤治療を担当するような施設が望ましいと思います。
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