男性不妊研究の最前線 ヒトの精子形成応用に期待 精子形成不全マウスの精巣組織から、培養下で精子を産生

監修●小川毅彦 横浜市立大学医学群分子生命医科学系列(生命医科学)教授
取材・文●伊波達也
発行:2014年1月
更新:2019年9月

体外精子産生 人への応用は

小川さんたちの研究は、将来の不妊治療へ道筋をつけたと言えるが、気になるのは、この研究成果が人体に応用できるようになるのがいつ頃なのかということだ。

「私たちの研究は、あくまでもマウスによるものです。論理的には、人への応用も十分に可能性がありますが、今後、人への応用が可能になるためには、様々な臨床研究が必要となるでしょう。まず、人の不妊症の原因を明らかにすることが大切だと思います。ある人が無精子症になっているのは、これが足りないからだといったことが、分子レベルで解明されたり、遺伝子をすべて解析するといった遺伝学的な方法により解明されていけばいいのだと思います」

人への応用が可能になるためには、無精子症の病態や原因についてのロジックをきちんと作る研究が必要となり、実現可能な段階に至るまでには、10年はかかるのではと小川さんは話す。

実用化されれば、病気としての無精子症の人はもちろん、泌尿器系のがん患者さんで不妊症となってしまった人にとっても、新たな治療の選択肢が増え、福音となるだろう。

中でも、小川さんたちの研究の臨床への応用において、実現が近いと考えられているのが、小児がんの患者さんに対してだという。

「大人や思春期以降の人の場合は、例えば、泌尿器系がんの手術をしなければならないような場合には、手術の前に精液を取って精子保存をすればいいのです。そこで一番困るのは小児がんの患者さんの場合です。

小児がんの場合は、治療をする時点では、当然ながらまだ精子を作れる年齢ではありません。そのときに精巣組織の一部を採取して保存しておくという方法が可能になれば、将来的に、生殖機能を確保することができます。この方法は既に米国の一部では行われています。将来的には我が国でも実施できるようになることが重要だと考えています」

がんによる男性不妊症への対策「精子の冷凍保存」

がんの手術・化学療法・放射線治療により、造精機能が低下する可能性にある場合、現在の対応策として、治療前の精子凍結保存があります。冷凍保存は、採取した精子を保存液で処理し、-196℃の超低温で半永久保存します。

精巣腫瘍では、化学療法後の最低2年間は正常な精子ができなくなるとされ、大量化学療法を行った場合には、造精機能が失われることもあります。治療の前に凍結保存をしておくことで、パートナーの妊娠の機会を失うことを防ぐことができます。

なお、精子の冷凍保存につ��ては、一般社団法人日本生殖医学会が作成した、「精子の冷凍保存」に関するガイドラインで、以下のように記されている。

1)精子を凍結保存する施設は精子凍結依頼者に対して、文書及び口頭で、凍結保存精子を用いて生殖補助医療を実施する際のリスクや問題点を含む留意すべき点について十分な説明を行い、文書により同意を得た上で、精子を凍結保存する。

2)精子の凍結期間に関して

精子の凍結保存期間は精子の由来する本人が生存している期間とする。また定期的に凍結継続の意思確認と本人生存の確認をとることを奨励する。

3)保存責任について

凍結保存していた精子が天災など予期せぬ事情(地震、火災、液体窒素の不足など)により使用不可能になった場合、依頼者がそれまでに支払った精子保管料程度を弁済すること(それ以上の責任は負わないこと)を明文化するよう奨励する。

4)費用負担について

前項に関連し精子の凍結保存の費用に関しては有償であることを奨励する。

 日本生殖医学会 HP:http://www.jsrm.or.jp/guideline-statem/guideline_2006_02.html

男性不妊治療への応用は不妊に悩む人々の福音に

さらに京都大学などでは、精巣を失っても細胞からiPS細胞を作って、精巣を再生して精子を作るといった研究も行われている。ただし、精巣といった生殖と関わるものの再生については、倫理的な問題もあり議論となっている。

しかし、男性にとっては、生殖能力が失われて子どもが作れなくなるということは、そのこと自体はもちろんだが、男性としての自信を喪失するといったアイデンティティーの問題にも関わっている。

小川さんたちの研究が、将来的に人の不妊治療に応用できるようになると、そのことにより多くの人々が救われることは間違いなさそうだ。

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