進行別 がん標準治療 徹底的な治療をする。これが精巣がんの治療方針

監修:垣本健一 大阪府立成人病センター泌尿器科診療主任
取材・文:祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2005年4月
更新:2014年2月

放射線治療をしない理由

セミノーマ

セミノーマは、放射線がよく効くがんです。そのため、1期でも手術後に予防的な意味合いで後腹膜リンパ節に放射線を照射することもあります。

しかし、現在大阪府立成人病センターでは、ほとんど放射線照射を行っていません。それは「結論からいうと、万が一リンパ節転移などの再発があったとしても、治療によく反応するので寿命にほとんど影響しないからです」と垣本さんは説明しています。

成人病センターでの調査によると、放射線照射をしなかった場合の再発率が10~15パーセントであるのに対し、放射線を照射すると2パーセント程度と明らかに再発率に差があります。しかし、実際にはセミノーマは放射線や抗がん剤がよく効くので、再発した場合も治療により治癒が期待できる患者さんがほとんどです。つまり、予防的に放射線を照射してもしなくても、結果として寿命に影響することはないのです。

一方、放射線を照射すれば食欲不振や胃の不快感など、少なからず副作用があります。若い人ですから、将来、放射線による2次がん発生のリスクもないとは言えません。つまり、再発しない約9割の人にとっては、不利益のほうが大きくなってしまうのです。そこで、まず手術後放射線治療をしないで経過を診るというのが、垣本さんらの考え方なのです。

「実際には、それぞれの治療法のメリットデメリットを患者さんに説明しますが、ほとんどの人は経過観察を選択する」そうです。こうした方法で、5年生存率は100パーセント近くを達成しています。

進行がんの治療

抗がん剤治療を選択する患者さん

2期以降、すなわち後腹膜リンパ節に転移が認められた場合、さらに遠くのリンパ節や臓器に転移をした3期は、進行がんとして治療が行われます。この場合は、転移の部位にかかわらず、次のような順序で治療が行われます。

導入化学療法

この段階では、手術後、まず抗がん剤による化学療法を中心に治療が行われます。

2A期で、後腹膜リンパ節の転移巣が小さい場合には、精巣摘出後、非セミノーマの場合抗がん剤による化学療法、セミノーマの場合は原則的には放射線治療が行われます。放射線治療の場合、後腹膜リンパ節に転移があれば、この部位に広めに放射線を照射することになります。ただし、「放射線治療は、あくま���も局所のがんを攻撃する局所療法ですから、万が一他の部分に転移があると効果はありません。そこで、患者さんに説明して選択してもらっていますが、抗がん剤を選択する人もおられる」そうです。

2B期以降になると、セミノーマでも非セミノーマでも全身的効果を期待して抗がん剤治療が行われるのが一般的です。

抗がん剤は、現在「BEP療法」といってブレオ(一般名ブレオマイシン)、ラステット(もしくはベプシド、一般名エトポシド)、ランダ(もしくはブリプラチン、一般名シスプラチン)の3剤併用療法を中心に行われています。4頁の表のように、ブレオを週に1回投与し、3週間ごとに5日間連続してランダとラステットを投与。これを3~4コース繰り返します。

「完治を目指して抗がん剤を投与するので、量も多いし、その分副作用も強い。楽な治療とはいえません」と垣本さん。副作用を抑えるための治療も平行して行いますが、それでもゼロにすることはできないのです。とくに専門家が恐れるのは、ブレオによる肺線維症です。少ないとはいえ、いったん発症すると、治療に手こずる病気です。そのため、予後良好と判断される患者さんにはブレオを除いた2剤併用療法を4コース行う方法も行われています。

治療と性機能

精巣がんの治療で、気になるのが性機能です。一方の精巣を手術で摘出するだけならば、反対側の精巣が男性ホルモンの一種であるテストステロンを産生しているので、問題はありません。しかし、化学療法後に後腹膜リンパ節郭清を標準的な手術法で行うと「射精に関わる下腹神経などを損傷しやすいので、射精障害を起こすことが多い」といいます。ただし、最近はこうした射精を支配する神経を温存する術式も開発されており、可能な限り温存術が行われているそうです。

一方、化学療法を行うと精子を形成する能力も一時的に障害されます。しかし、2~3年で回復してくると言われているそうです。しかし回復しない可能性もあるのも事実です。また、治療が長期にわたることがあるため、子供が欲しいという人には、最初から専門のクリニックなどを受診してもらい、あらかじめ精子を保存してもらっているそうです。

効果が証明されているVIP療法

救済化学療法

導入化学療法で、がんが完全に消失すれば、これで治療は終了。その後の経過を定期的に観察することになります。だいたい進行がんの6~7割の人は、この段階で治療が終わるそうです。

これに対して、導入化学療法を行っても腫瘍が残存している、あるいは腫瘍マーカーが陰性化しない場合には、難治性であると判断し「救済化学療法」といって、さらに化学療法が行われます。いったん消えたがんが再発した場合も同じです。

この場合は、垣本さんによると「現在科学的に効果が証明されているのは、ラステットとイホマイド(一般名イホスファミド)、ランダの3剤併用療法(VIP療法)あるいはラステットの代わりにエクザール(一般名ビンブラスチン)を加えた3剤併用療法(VelP療法)」だといいます。VIP療法では3週間に1度、3剤を5日間連続して投与します。これを腫瘍マーカーが陰性化するまで繰り返します。腫瘍マーカーが重視されるのは、化学療法で残存した腫瘍を手術で摘出する場合、腫瘍マーカー、とくにβ-HCGの値が高いと、手術をしても治療成績がよくないためです。

VIP療法あるいはVeIP療法を3~4コース行っても腫瘍マーカーが陰性化しない場合は、タキソール(一般名パクリタキセル)やジェムザール(一般名ゲムシタビン)やカンプト(もしくはトポテシン、一般名塩酸イリノテカン)など新規抗がん剤を用いたサードラインの抗がん剤治療を行うこともあります。長い人になると、1年近く治療が続くことさえあるのです。

ここが一番つらいところと、垣本さん。「副作用は化学療法を重ねるほど強くなるし、体力の回復にも時間がかかるようになるので、予定どおりに治療が進まず、時間がかかってしまう。その間にまた腫瘍マーカーが上がってきたりで、患者さんにはつらいところです」。抗がん剤をくり返し投与しても、マーカーが下がりきらず、手術してもマーカー値が高いとあまり成績がよくないとなると、この段階で治療を続けていく気力がなくなる患者さんもいます。

しかし、ここが頑張りどころなのです。画像診断上腫瘍が消えて、腫瘍マーカーも陰性化すれば、晴れて経過観察、つまり治癒になります。腫瘍が残っていても、腫瘍マーカーが陰性化すれば、ここで残存腫瘍の摘出手術が行われます。

抗がん剤の副作用

強力な抗がん剤治療を続けるとなると、心配なのが重い副作用の出現です。垣本さんによると、おもな副作用は、骨髄抑制と嘔吐、吐き気です。また、ランダ(シスプラチン)には腎臓機能の障害、エクザール(ビンブラスチン)には末梢神経障害、ブレオ(ブレオマイシン)の肺線維症などがあります。しかし、現在は制吐剤などの薬や対策の進歩で、従来よりは副作用も軽減されているといいます。たとえば、骨髄抑制のために、以前は好中球がゼロまで下がったり、感染予防のためにクリーンルームを使うこともありましたが、現在はG-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)を使用することにより、そういった頻度は減少しているそうです。

しかし、稀とはいえ化学療法による治療関連死が起こることもあります。大阪府立成人病センターの場合、これまで110人以上の進行精巣がん患者さんを治療する中で、明らかに化学療法による治療関連死とみられる人が2名いたそうです。

この他、長期の副作用としてランダ(シスプラチン)は腎機能障害の他、難聴としびれ、イホマイド(イホスファミド)では2次がんとして白血病が報告されています。健康な側の精巣にがんが発生するリスクも、一般の人よりは高いので、治療が一旦終わったあとも、定期的に検査を受けることが大切です。


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