メスを入れない究極の治療、甲状腺がんの非手術経過観察療法 「怖くないがん」の代表格。手術で取らなくても命にかかわりはない!
怖いがん、怖くないがんで治療法を分ける
高危険度群の生存率の差]
(癌研病院)

日本では、甲状腺がんといえば、甲状腺乳頭がんを意味するほど乳頭がんが多いが、これは大きく2つに大別される。一つは生命を脅かす心配がほとんどない怖くない「低危険度がん」と、もう一つは生命を脅かす怖いがん「高危険度がん」だ。
「両者を区別する方法としては、癌研分類などいくつかの分類法がありますが、高危険度がんはだいたい(1)患者の年齢が高く、(2)腫瘍が大きく、(3)甲状腺の外にがんが広がり周囲の気管や食道、声帯を動かす反回神経などにも浸潤していたり、(4)肺や骨等の遠くへ転移しており、それ以外のものは低危険度がんに当てはまります」
低危険度がんは甲状腺乳頭がんの約9割を占め、怖い高危険度がんはごく一部でしかない。ちなみに先の無症候性の微小乳頭がんは典型的な低危険度甲状腺乳頭がんである。
低危険度乳頭がんの治療は、通常、手術で原発巣のある甲状腺葉(甲状腺の半分)だけを切りとる(腺葉切除)。原発巣と反対側の甲状腺葉にもがんが広がり、それが腺葉上部に及ぶ場合や、両側の頸部にリンパ節転移がある場合は、甲状腺をすべて摘出する(甲状腺全摘)か、甲状腺の裏側に付いている副甲状腺を残して甲状腺を全摘する(準全摘)が、可能な限り、最小限の腺葉切除にとどめる。
(癌研病院式)

「甲状腺切除に伴うリンパ節郭清は、甲状腺のまわりの中心領域のみを行います。頸部リンパ節や両肺の間の縦隔リンパ節郭清は、CTなどの画像診断によって明らかなリンパ節転移がある場合に限って行います」
低危険度乳頭がんは命を脅かす危険がほとんどないものの、ある程度の大きさ(1センチ以上)のものを放置したままにしておくと進行する可能性が高い。
「大きくなると甲状腺周囲の組織(声帯、気管、食道等)に浸潤し、声がれや呼吸困難、食物を飲みくだすのが難しくなるなどの障害を引き起こしかねませんから、早いうちに切除する必要があります」
低危険度乳頭がんに対する治療は、甲状腺の周りの臓器等に起こる障害に対する予防が主な目的なのである。
経過観察の具体的な方法

がんの有無を調べる触診
甲状腺がん以外のがんは、術後5年間、再発がなければ治癒したと判断されることが多い。しかし、癌研病院では、成長の遅い低危険度がんは手術後5年以内に再発した患者数と、5年以降10年以内に再発した患者数がほぼ同じだった。最長術後18年を経て肺転移が見つかったという患者もいた。
「低危険度の乳頭がんも微小乳頭がんと同じように、基本的に生涯にわたって経過を観察し続ける必要があります。再発しても命にかかわることはほとんどないので、いつまでも『がん』という言葉に怯える必要はありません。しかし、再発・転移巣の増大から声のかすれなど障害を残してしまうこともあり得るからです」
経過観察では、まず不可欠なのは(1)首の触診。そして必要に応じて(2)血液検査、(3)超音波検査、(4)胸のレントゲン検査などを行う。


「性質の悪い再発は早い段階で起きることが多いので、術後1年間は3カ月ごとに経過を観察し、その後は半年から1年に1回というペースがよいでしょう」
術後の経過観察では首のリンパ節再発が一番多いが、再発したらすぐに再手術で腫れたリンパ節を切除するのかというと、決してそうではない。

「専門医の間でも意見が分かれるところですが、癌研病院では、(1)再発リンパ節がゆうに1センチを超えて大きく手で触ってもわかるとか、(2)声帯に通じる神経に近く、いずれ声がれを招く危険などがあるといった場合を除き、しばらく経過を見ます。怖くない低危険度乳頭がんのリンパ節転移巣は、大きさが変わらないまま存在しているという場合がとても多いからです」
しばらく様子を見て、確実に転移巣が成長するとか、周りの臓器との関係が問題であるという場合にのみ、再手術を行うのがよい。
癌研病院ではこうした治療法で低危険度乳頭がんでは10年生存率99.3パーセントという良好な治療成績をあげている。
残念なことに乳頭がんの手術の後、癌研病院のように経過観察をきちんと行う病院は多くはない。患者自らがその重要性を認識し、自発的に経過観察を受ける必要がある。