渡辺亨チームが医療サポートする:原発不明がん編

取材・文:林義人
発行:2006年6月
更新:2019年7月

渡辺亨チームが医療サポートする:原発不明がん編-2

安藤正志さんのお話

*1 原発不明がんの原因

どうして原発不明がんができるのかは、今のところよくわかっていません。じつは原発がわからないがんの患者さんが亡くなって解剖して調べても、原発は全体の2割くらいしか見つからないのです。比較的原発が見つかりやすいのは腺がんと呼ばれるがん組織を持ったがんで、3割くらいに肺がんや膵臓がん、さらに胆管がんなどが見つかります。

原発不明がんは若い人から高齢者まで発生しますが、50~60代が他の年齢層より少し多くなっています。また、男性のほうが女性より少しだけ多いようです。現在のところ、原発巣が検査などでわかるのに、十分な大きさに達する前にあちらこちらに転移して、いろいろな症状を引き起こすのが原発不明がんであると理解されています。


*2 原発不明がんの予後

転移したがんの症状として、原発不明がんは、おおむね2割くらいの治療によく反応するサブグループ(*5)と、それ以外のグループとに分けられます。抗がん剤治療がよく効くグループの中には、しばしば長期生存の例やまれに治癒の例もあります。

一方、それ以外のグループの中でも、組織型が未分化がんの人は、抗がん剤による治療効果が高く2年生存率で3~4割、5年生存率でも5パーセントに達します。

しかし、一般には抗がん剤などの治療を受ける場合は、生存期間中央値(生存期間の短い順に並べて中央にあたる人の生存期間)は7~12カ月で、1年生存率30パーセントです。

※いかりや長介(本名碇矢長一)2004年3月20日、頸部リンパ節がんなどのため東京都港区の東京慈恵会医科大学付属病院で死去した。2003年5月末に原発不明頸部リンパ節がんで緊急入院。2カ月後に仕事復帰したが、死の数日前に体調が急変した。


*3 原発不明がんの症状

原発不明がんは原発巣が画像検査や内視鏡などでがんと認識される前に転移した病気です。肺がんなら咳や痰、喀血があるとか、胃がんなら胃痛や貧血があるといった決まった症状がありますが、原発不明がんは転移先のほうの症状が強く現れます。首のリンパ節に転移すれば首が腫れるし、肺に飛べばたくさん転移巣ができて咳が出る、腹膜に飛べばお腹が痛いというふうに、特定の症状がないということが原発不明がんの特徴です。なかでもよく現れがちな徴候には下の表のようなものがあります。

[よく現れがちな原発不明がんの症状]

1)リンパ節腫大 首の周り、わきの下、太もものつけ根などのリンパ節に、痛くないしこり
2)胸水、腹水 胸水がたまり、胸痛や息苦しさを覚えたり、腹水がたまって腹部が張ったり膨れてくる
3)肺腫瘍、肝腫瘍 症状がなくても、胸部レントゲン検査や超音波検査で、肺や肝臓に腫瘍が発見される
4)骨の症状 骨の痛みが出て、骨シンチグラフィで異常が見つかったり、骨折で見つかることも
特定の症状がないということが原発不明がんの特徴


*4 原発不明がんの診断
[原発巣の検索の手順]
図:原発巣の検索の手順

[病理検査で診断された原発不明がんの種類]
図:病理検査で診断された原発不明がんの種類

(国立がん研究センター)

原発不明がんは、転移巣の所見からがんであることがわかっていて、原発巣が見つからないということが診断の条件になります。転移病巣のある部分やがん細胞のタイプから、「ここが原発ではないか」と推定される部分をとくによく調べる必要があるのです。女性では乳がんや婦人科がん、男性では泌尿器科がんがないかどうかを十分診察します。

原発不明がんという名称が認知されてきたせいか、国立がん研究センター中央病院へも週平均3~4件は、「原発不明がん」という診断名がつけられた患者さんが他の医療施設からの紹介で、来院されています。

ところがそのなかで、「首のリンパ腺の腫れがあるから原発不明がんだ」というふうに安易に病名がつけられて送られてきたと思われるケースも少なくありません。

例えば病理検査をしてみたら、じつは治癒する可能性のある悪性リンパ腫とか、肉腫というがんであるケースが10人に0.5~1人くらいの割合で判明しています。

また、病理検査の結果から「腺がんであり、大腸がんが示唆される」という指示を得て、注意深く大腸内視鏡で調べたら原発巣が見つかったこともいくつかありました。ですから、ものによっては検査をやり直すこともありますし、これまでしなかった新しい検査をする必要もあるのです。

もちろん十分に精査された上で「原発がわからないがん」として送られてくる患者さんに対して、新たによけいな検査をして時間を費やすことはできません。原発不明がんと診断できたら、一刻も早く治療を開始すべきです。


*5 特定の治療が奏効するサブタイプ

すみずみまで調べて原発が見つからないがんでも、腺がん・扁平上皮がん・未分化がんなどの組織型や特定の部位に原発がありそうな徴候がわかれば、それに対する特定の治療をすることによっていい治療効果をあげられる場合があります。

そうした特定のサブタイプに属する病気かどうかの診断が重要です。そのため、できるだけ早期に専門家に相談することが重要です。

[特定の治療に反応するサブタイプ]

病変の組織像 性別 症状 有効性の高い治療
低分化~未分化がん 50歳以下の男性 縦隔~後腹膜リンパ節など体の中心線上に病変が分布するもの 胚細胞腫瘍の治療
腺がん 女性 わきの下のリンパ節転移のみ 乳がんの治療
腺がん 女性 がん性腹膜炎 卵巣がんの治療
腺がん 男性 造骨性の骨転移を有し、血清PSA上昇を伴う 前立腺がんの治療
扁平上皮がん 男女 上~中頸部リンパ節転移のみ 頭頸部がんの治療
扁平上皮がん 男女 そ頸部リンパ節転移のみ 切除、放射線抗がん剤治療の場合も


*6 原発不明がんの治療法

原発不明がんは、サブタイプのグループでも、それ以外のグループでも、治療法は抗がん剤が中心となります。それ以外のグループでも未分化~低分化がんなら、抗がん剤が効く可能性が5~6割あるので、積極的に治療を受けることをお勧めします。

一方、腺がんや、中分化~高分化がんはほとんど抗がん剤が効かないタイプですが、それでも治療をしないよりはいい効果を得られる場合があります。

原発不明がんの標準治療はまだ決まっていませんが、タキサン系といわれる抗がん剤とプラチナ系といわれる抗がん剤を組み合わせた治療法が一般的に行われるようになってきました。

しかし、来院した段階で、歩いてくるのがやっとの状態であるとか、話もできないというような状態の患者さんに対して、抗がん剤治療はお勧めしません。いたずらに抗がん剤の副作用に苦しみ、寿命を縮めることになりかねないからです。



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