排尿・排便障害、リンパ浮腫というつらい後遺症を回避する 子宮がんにおける「リンパ節を温存する手術」

監修:伊熊健一郎 宝塚市立病院診療部長
取材・文:塚田真紀子
発行:2006年2月
更新:2017年9月

郭清しても寿命が延びることはない

2期以降の人は、全員、放射線治療のできる施設に紹介している。

「がんは受け入れていただかなければいけないけれど、手術のやりすぎは問題です。その辺のバランスを考え、患者さん1人ひとりに合った選択を支えたい。治療を受ける側と、治療をする側との意思の疎通で治療法を選択するのも必要と考えています。
仮に再発したとしても、子宮頸がんの扁平上皮がんや卵巣がんの場合は、抗がん剤や放射線治療など、治療法がある。リンパ節を取らなかったことで、その後の治療の効果が小さくなる、ということはありません。
また、子宮体がんには、ホルモン療法が効きます。たとえば、ある1b期の人は、術後、ホルモン療法を3年間受けました。止めたら腟壁にがんが再発しました。そこでホルモン療法を再開すると、消えました。現在も続けています。今、そのような方が2人おられます」

伊熊さんがこれまでに、子宮頸がん(扁平上皮がんで、1b期以上2期未満)でリンパ節を郭清しない手術をした人は10人。5年経過した人が4人で、1人が亡くなっている。5年生存率は現在80パーセント。5年未満の人が5人あり、今後、5年生存率がさらに上がると期待している、という。

また、子宮体がん(1b期以上2期未満)では、39人がリンパ節を残す手術を受けた。そのうち、5年経過した人が18人で、死亡した人が6人。5年生存率は75パーセント。5年未満の人が15人で、こちらも今後、5年生存率が上がると予想されている。

「亡くなった人たちは、リンパ節郭清をしていれば、恐らくリンパ節転移があったと思われます。3期だという診断はついたでしょう。しかし、リンパ節郭清をしたからと言って、予後がよくなる(寿命が延びる)ことには必ずしもつながらないのです」

医学の進歩で残せるように

写真:手術の様子

かつて、伊熊さんが医師になった30年前、婦人科の治療は主に「手術」と「放射線治療」だった。基本は手術で、手術ができないほど進んだがんの場合、放射線治療をしていた。

定期検診が一般的ではなかったから、不正出血があっても、何カ月も様子をみている人が多かった。だから、早期で発見されることは少なく、2期以上の進行がんが半分以上を占め、リンパ節に転移している3期以上の人も多かった。 「進行がんの人の手術では、がんを完全に取りたいから、先人たちはリンパ節郭清をしていました。先人たちが経験を重ねながらリンパ節郭清を含めた“標準治療”を作ろうとした尊い時代があるんですよ。
だけど、リンパ節に転移しているということは、他のところにも転移している可能性がある。だから、リンパ節郭清をしても助からない。しかも郭清による後遺症が、必ず起こります」

20年前ぐらいを境に、婦人科がんの治療は、大きく様変わりした。

抗がん剤の通り道になるリンパ管

[右の大動静脈間のリンパ節]
写真:右の大動静脈間のリンパ節

(倉敷成人病センター 安藤正明さん提供)

まず、綿棒で細胞を取る簡単な検査(細胞診)の普及によって、早期がんが多く見つかるようになった。そして、抗がん剤がどんどん開発され、「手術」「放射線治療」に加えて、「抗がん剤」という選択肢ができた。

このような状況では、リンパ節を残しておくことも、重要な意味を持つようになる。再発・転移をした場合、全身に張り巡らされたリンパ管が、抗がん剤の流れる“ルート”になるからだ。

もしもリンパ節を郭清してしまうと、その大事なルートを閉ざすことになる。閉ざした道の向こうでがんが大きくなっても、別ルートを人工的に作ることはできない、と伊熊さんは話す。

「生命体に必要な1つの流れを断ち切ってしまったら、再びそこへ流れを持っていくのは難しいんですよ」

また、リンパ節を取ることに執着すると、いったいどこの領域までリンパ節郭清をすべきなのか、という疑問にもぶつかる。婦人科の場合、対象となるリンパ節は腰の少し上、腎臓のあたりまでだ。が、それ以上に進んでいる可能性もある。限りなく取ることが本当の治療かどうか、と伊熊さんは指摘する。

「治療として、行き着くところまで治療することも大事かもしれません。でも、それは“その治療が完璧である”という条件が前提です。実際は完璧に治療することなど不可能なのだから、そこまでする必要はない、と私は考えます」

子宮頸がんの「腺がん」は例外

ただし、伊熊さんの考えでは、子宮頸がんのうち、「腺がん」は例外。腺がんではすべての人にリンパ節郭清を勧めている。

子宮頸がんの約1割を占める腺がんは、治療の難しいがんとされる。抗がん剤治療も、放射線治療もほとんど効かないので、転移を防ぐために、リンパ節を郭清する、という。また、リンパ節を取って転移の有無を知ることが、その後の治療のために必要だと、伊熊さんは考えている。本来、1期であれば、がんは局所にとどまっているはず。だが、腺がんの場合、1期のように見えても、リンパ節転移をしていることがある。

たとえば、腺がんの人100人のリンパ節郭清をしたら、リンパ節への転移が1~2人に見つかることがある、という。

「この割合は、いかに手術でリンパ節をきれいに取れるか、また、病理医や技師さんがいかに根気よく標本を作ってくれるかによって、変わってきます。本当に早期の人には、リンパ節を取るメリットはないかもしれません。しかし、リンパ節郭清をした結果、1期だと思っていた人の中に、リンパ節転移があり、ポンと3期になる人がいるんです。それを知ることは、患者さんを奈落の底に突き落とすようなものかもしれない。だけど、今できる治療のタイミングを逃さないためには、現実を知ってもらうしかありません」

現在、乳がんの場合は、「センチネルリンパ節」といって、がん細胞が最初に転移する“見張り番”のようなリンパ節が見つかっている。このリンパ節を取り出して調べることによって、リンパ節転移の有無が予測できるようになる。

残念ながら、婦人科がんでは、まだこの「センチネルリンパ節」は見つかっていない。今後の発見に期待がかかっている。

リンパ節郭清の後遺症はあまりにも大きい。それだけに、「リンパ節郭清をしない手術」は、それを望む人には、十分に選択肢の1つとなり得るだろう。

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