がんが治った後の患者さんの人生を考えた治療法 子宮体がんの腹腔鏡手術――婦人科がん全般での適用を視野に

監修:塩田充 近畿大学医学部産科婦人科教授
取材・文:祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2009年7月
更新:2019年6月

帝王切開よりラクとの声も

写真:塩田さんによる子宮体がんの腹腔鏡下手術風景
塩田さんによる子宮体がんの腹腔鏡下手術風景

子宮頸がんの場合、早期であれば一部に単純子宮全摘術が適応されますが、基本的には広汎子宮全摘術が標準治療です。

「広汎子宮全摘術は、開腹でもできる人が限られるほど大変な手術。腹腔鏡下で行う方法は確立されていませんし、不向きだと思います」と塩田さん。一方、子宮体がん1期の場合は子宮のみを丸ごと摘出する単純子宮全摘術と骨盤内のリンパ節郭清を行う方法が標準的。そこで、子宮体がんを腹腔鏡下手術の対象として選んだのです。

しかし、問題はその病期でした。「子宮体がんは、意外と早い時期から基靱帯にがんが浸潤(しみ込むように広がること)していることがあるのです」と塩田さん。基靱帯とは骨盤と子宮をつなぐ靱帯で、神経と血管が集中しています。ここにがんが浸潤すると、血管やリンパ管を介して全身どこにでも転移する可能性があるので、こうなると、基靱帯も含めて摘出する広汎子宮全摘術が必要になってきます。

こうした患者さんは、実際には5パーセント足らずなので、基本的には単純子宮全摘術が標準術式になっているのです。しかし、近畿大学では「専門家として、1人でも取り残しによって命を失うことは許せない」という考え方から、子宮体がん1期でも広汎子宮全摘術が標準的に行われているといいます。それならば、どの段階までならば、単純子宮全摘術で安全に治療ができるのでしょうか。

この点を検討した結果、「子宮体がんの1a期」を治療対象に決定したのです。1a期は、がんが子宮の中にとどまり、最も内側の内膜に限局したごく早期の段階です。この段階ならば、基靱帯にがんが浸潤している可能性はまずないので、腹腔鏡による子宮の単純全摘術と骨盤内のリンパ節郭清で十分治療が行えると結論付けたのです。手術の安全性を十分に確保した上での結論でした。

こうして、2007年に最初の患者さんの手術が腹腔鏡下で行われました。「この患者さんは、1a期と思われる患者さんで、実際にそうだったのですが、腹腔鏡下手術を行い1週間ほどで退院。大変満足していら��しゃいました」と塩田さんは話しています。

腹腔鏡下に手術を行う場合、下腹部に4カ所の穴を開けます。1カ所はリンパ節を取り出すために12ミリの切開を入れ、あとの3カ所は7ミリほどの極めて小さな傷です。子宮は腟から取り出します。開腹手術の場合は15センチ以上の傷が残りますから、体に対する負担も傷の大きさもかなり小さいのです。

「実際に、帝王切開でお腹を切った人で腹腔鏡下に子宮体がんの手術をした患者さんがいるのですが、帝王切開のほうが圧倒的につらかったとおっしゃっていましたね」 慎重に適応を選んでいるので、この3年間で腹腔鏡下に手術を受けた体がんの患者さんは20人足らず。「全員、とくに問題もなく順調な経過をたどっています」と塩田さんは話しています。

[子宮頸がんのステージ別基靭帯への浸潤頻度]

ステージ 人数 転移症例 頻度
1a1 23 0 0.0%
1a2 28 0 0.0
1b 262 85 32.4
[子宮頸がんのステージ別リンパ節転移頻度]

ステージ 人数 転移症例 頻度
1a1 52 0 0.0%
1a2 31 3 9.7
1b 277 58 20.94

腹腔鏡を使って子宮温存も

腹腔鏡の応用は、子宮体がんだけに限りません。「婦人科領域で腹腔鏡という道具をいかに利用するか、今はそれを探っている段階です」と塩田さんもいいます。

たとえば、子宮の入口にできる頸がんでも、腹腔鏡が利用できる可能性があるとのこと。ごく早期の場合、「診断的円錐切除術」、つまり検査の意味で子宮頸部を円錐状に摘出することがあります。この検査だけで、がんが取りきれてしまうこともあります。しかし、その結果、浸潤がん(発生した上皮から周囲の組織に食い込んでいる)とわかった場合、通常は子宮を全摘して骨盤リンパ節の郭清を行うことになります。塩田さんによると、この時、腹腔鏡下にリンパ節郭清だけを行い、子宮を温存することも可能ではないか、というのです。

「この段階で、子宮の全摘をするのは基靱帯への浸潤が怖いからです。でも、浸潤の深さや様式から1a期であるとわかれば、基靱帯への浸潤は100パーセント否定できます。したがって、骨盤内のリンパ節さえきちんと腹腔鏡下に郭清すれば、子宮を温存して妊娠能力を保持することができるのです」

実際に、塩田さんたちは子宮頸がんのこれまでの症例を検討し、1a期であれば基靱帯への浸潤はゼロであると報告しています。リンパ節も腹腔鏡で郭清すれば、回復手術にくらべ体への負担は格段に軽くなります。

一方、浸潤がもう少し深い場合には、「広汎性子宮頸部切除」という方法が可能だといいます。これは、子宮頸部に基靱帯を付けて切除し、リンパ節は腹腔鏡で郭清する方法です。子宮そのものは残るので、妊娠能力は維持されるのです。結婚、出産年齢が高齢化している現在、こうした妊娠能力の保持はますます大きな課題になっていくと思われます。

卵巣に関しても、腹腔鏡の応用が期待されています。子宮がんで放射線を照射する場合、卵巣に放射線があたると卵子がダメになってしまうので、若い人の場合、卵巣を移動させて放射線照射を行うことがあります。この移動にも腹腔鏡が利用できます。

婦人科がん全般での導入を

さらに、卵巣がんでは「腹腔鏡で病期の診断ができるかどうか」が、世界的に1つの問題になっているといいます。卵巣がんの場合、外からではわからないので、開腹した時に病期の診断をつけるのがふつうです。これを腹腔鏡でできれば、より軽い負担で手術の前に治療計画を立てることも可能になるのです。

治療という面では「卵巣がんの場合、初期のものには腹腔鏡は向かないでしょう」と塩田さん。腹腔鏡の場合、腹腔鏡で内部の状態を見ながら器具を操作して手術を行います。つまり、触覚がないので、卵巣を鉗子などで掴んだときに皮膜破綻を起こしやすいといいます。しかも、腹腔鏡の手術は、基本的に腹腔内に手術をする空間を作るために二酸化炭素をいれて腹腔を膨らませて行われるため、皮膜破綻を起こしてこぼれ落ちたがん細胞が腹腔内に散らばって転移を起こしたり、腹腔鏡を挿入した穴に転移する危険もあるからです。

ただし、「進行した卵巣がんの場合は、腹腔鏡を病変部の診断に利用できます」と塩田さん。進行した卵巣がんの場合、腹腔鏡で卵巣の状態をチェックすれば、手術ができるかどうかを判断することが可能です。さらに、組織を採取して検査をすれば、卵巣がんの種類にあった化学療法を選択し、すみやかに治療を開始することができます。治療に対して反応があれば、また腹腔鏡で実際の卵巣の状態を見て、手術ができる状態になっているかどうかを判断することも可能です。

「これは、実際に行われています」と塩田さん。ただし、まだ保険では認可されていないのだそうです。

このように、現在、婦人科がんでは、いろいろな形で腹腔鏡の導入が検討されています。実現すれば、かなり患者さんにとってのメリットは大きいはずです。

「おそらく、子宮体がんの腹腔鏡下手術は近いうちに保険で認められるようになるのでは」と、塩田さんも見ています。ただし、新しい治療法を導入する時には、「患者にやさしいという意味で、安全性に十分配慮することが大切です」と塩田さんは強調します。そのためには、何となくいいというのではなく、エビデンス(科学的根拠)を得て、教育によって普及させていくことが重要。今は、そのためのデータを蓄積している段階といえます。

「当科の腹腔鏡手術の歴史はまだ15年ほどですが、良性の婦人科疾患から腹腔鏡下手術に入り、腹腔鏡のことも、がんのことも、わかっていたからできたことだと思います。きちんと学問的な裏付けをして長く続く治療法を確立させてゆきたい」と塩田さんは語っています。


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