渡辺亨チームが医療サポートする:子宮体がん編

取材・文:林義人
発行:2007年8月
更新:2013年6月

自然受精で赤ちゃん出産。しかし、その直後、子宮と卵巣は全摘に

 下村聡子さんの経過
2004年
12月14日
おりものに異常
15日 産婦人科クリニックで細胞診検査
22日 異型増殖細胞が見られ、子宮体がんの疑い
2005年
1月17日
子宮体がんと診断
1月18日 子宮体がんの診断
24日 黄体ホルモン療法を開始
7月27日 がん細胞が消失(完全寛解)、排卵誘発剤の投与を開始
10月13日 妊娠を確認
2006年
8月20日
女児を出産
10月11日 子宮と卵巣の全摘術
2007年
7月26日
大学病院でフォローアップ検査

妊孕性温存療法(MPA=酢酸メドロキシプロゲステロン投与)が終了してから3カ月後、下村聡子さんは、金子医師から「妊娠3カ月」と伝えられた。そばにいた看護師が、一瞬驚きの表情を浮かべた。

「妊娠を許可しても、こんなにスムーズにおめでたに結びつくことはほとんどないんですよ。排卵誘発をして卵子ができても、普通は人工授精や体外受精が必要になります。自然受精は稀です」

金子医師は自分のことのように喜んだ。聡子さんもニコニコ顔だ。

「本当にうれしいです。治療が始まってから、自分ががんだという悲壮な気持ちを忘れるようにしてきたのですが、本当にラッキーだったんですね。先生から聞いていた排卵誘発剤*1)の副作用もあまり出なかったようですし」

もっとも金子医師はここで釘を刺しておくことも忘れなかった。

「下村さんはまだこの段階では流産の危険も低くありません。妊娠中でもがんが再発してくることはまったくないとはいえません。妊娠期間中も必ず毎月検査にお越しください」

すると、聡子さんは思い出した。

「先生、赤ちゃんが生まれたら、そのあと子宮全摘手術をするとは聞いていましたが、手術はいつごろするのでしょうか?」

医師はすぐ答えた。

「下村さんのがんはいつか再発すると思います。ですから、なるべく早い時期に子宮は全摘したほうがいいでしょう。お産の1カ月半くらいあとに行いましょう」

「そのときは両方の卵巣も?」

「子宮体がんはかなり高率に卵巣に転移しますから、卵巣も切除したほうがいいでしょう(*2子宮体がんと卵巣がんの関係)。

無事出産の後、子宮を��出

2006年8月20日の朝から、聡子さんは陣痛を覚えていた。裕也さんの運転する車で産科専門のキューピット病院に搬送され、そのまま入院。そして午後5時に出産した。2200グラムの元気な女の子だ。名前は、夫の名前から1文字とって「裕美」とすると決めていた。

退院すると聡子さんは、すぐにF大学病院の金子医師を、産科病院のレポートを携えて受診した。

「おめでとうございます。私も少し肩の荷が下りました」

金子医師は、ひと安心したようだった。

「ありがとうございます。私も1度は赤ちゃんをあきらめました。ですから、夫も私も今はとても幸せです」

その日は血液を採取して腫瘍マーカーの測定のみが行われた。そして、その結果を見て子宮全摘手術の日程を相談した。

「10月11日に手術をしたいと思います。6日の金曜日に入院していただくことはいかがでしょうか」

聡子さんはその場で、「わかりました。けっこうです」と話した。

こうして、10月11日、予定通りに手術が行われる。卵巣への転移リスクも理解し、単純子宮全摘出術と両側付属器摘出術という術式が採用されて、手術時間は約90分だった(*3子宮体がんの術式)。術中迅速病理診断*4)が準備され、術前の予想どおり子宮筋層への浸潤は組織学的にも認められず、リンパ節を切除する必要もなかった。

術後は深部静脈血栓症という合併症が発生しやすいことが強調された(*5子宮体がん手術の合併症)。さらに、MPAの副作用としても血栓症は起こりやすい。そのため、手術の翌日から排尿のための歩行を促された。ただし、とくにトイレのなかで倒れることも多いことから、最初の3日間だけは、トイレにいくときは家族の介助やナースコールで看護師を呼ぶよう指示された。

10月23日、聡子さんは退院の日を迎える。

「術後補助療法も必要ない」と告げられた(*6子宮体がん手術の術後補助療法)。

経過観察はどの程度がよいか

2007年7月26日、聡子さんは、3カ月に1度のフォローアップ検査のためにF大学病院を訪れる。

「やあ、お元気そうですね? 赤ちゃんも元気ですか?」

金子医師は、近所の顔見知りのような調子で聞いてくる。

「ありがとうございます。母子とも元気です」

「そうですか。それはよかった。一応いつもと同じ検査をしますね」

この日も、内診・腟断端細胞診・経腟超音波・腫瘍マーカー測定に加え、6カ月ぶりに胸部X線検査とCTの検査が行われた。

「細胞診の結果は、もし何か出れば電話でお知らせしますが、あとの検査では異常はありませんでした。下村さんの場合はもともと予後のよいタイプなので、おそらく今後も問題は起こらないと思います(*7子宮体がんの予後)」

「ありがとうございました。まだ検査に来る必要がありますか?」

医師は少しの間を置いてこう返事した。

「3カ月後の10月にはお越しいただいて、そのとき何もなければ以後の経過観察はもう半年ごとにしましょう(*8子宮体がん手術後の経過観察)。それで、もし何か症状が出たときにはすぐに来院していただくことにすればよいと思います」

「そうですか。子どももこれからが手のかかる時期なので、とても助かります。がんになったおかげというか、子育てというものが本当に充実した気分にさせられることがわかりました」

聡子さんはこう言ってほほ笑んでみせた。


同じカテゴリーの最新記事