第1回 闘病記「深見賞」決まる!
優秀賞 「ビクビクさんのがん体験記」 匿名 東京都世田谷区

匿名さんは2001年に乳がんの手術を行い、5年間の抗がん薬治療と10年間のリハビリ治療を経て、現在ライターと保育士の仕事をされていますが、出版社、新聞社に勤務の経験をお持ちだからでしょうか、タイトルの「ビクビクさん」に象徴されるように、がん闘病のネガティブな部分に目配りした異色のがん闘病記になっていて、すごく面白い。
通常、多くのがん体験記は、元気で明るく前向きの闘病生活を描いたものが多いのですが、『ビクビクさん……』に描かれているのは、ゆるゆるとがんと闘っていく姿です。がんとの闘い方はいろいろあっていいんです。前向きな気持ちで元気にがんと闘う人がいてもいいし、ゆるゆる気分でがんと闘う人がいてもいい。匿名さんの体験記は後者の典型例ですが、ひとつのヒントになると思います。
匿名さんはがん闘病中に夫とうまくいかなくなり、夫は浮気をし、家を出て行ってしまうわけですが、夫のことを「どん底でポジティブにできる人のことを応援できても、どん底でしゃがみ込んでしまっている人を応援することは難しい」と諦観しながら、「でも、それができるのが本当のやさしさだと思う」と書いています。
世の中はすべて綺麗事で動いているわけではなく、ましてがん闘病となると、さまざまな問題が派生することも少なくありません。そういう意味では、「ビクビクさん……」に救われる読者もいらっしゃるような気がします。
匿名さんは、「大きな悲しみや苦しみが癒えるには、多くの時間がかかる。もし他人に『まだ悲しんでいる』と思われたとしても、気にしなくていい。悲しみや辛さは、その本人だけのものなのだから、簡単に分かってたまるかと思っていればいい」と言い、最後にこう言い切っています。「友達がいても、家族がいても、たったひとりで生まれて、死ぬのだ」――。匿名さんは自分自身に正直な人です。40代半ばでこの境地に至った匿名さんを、私は素晴らしいと思います。
佳作 「夫婦でがん」 西山きよみ(63歳) 奈良県磯城郡
今回の応募作品の中には、夫婦でがんになった話がいくつかありました。その中からこの作品を佳作に選びましたが、いまや夫婦がそろってがんになる��代なんだと再認識しました。きよみさんのご主人は肝細胞がんで、2002年から2010年まで、治療を繰り返され、きよみさんはその看病を続けられたわけですが、ご主人は2010年の7月10日に亡くなられます。そして、きよみさんが乳がんの乳房全摘手術を受けられたのが、その直前の7月1日です。つまり、きよみさんはがんに倒れたご主人の看病に全力で当たっている最後の段階で、乳がんを発症され、全摘手術の9日後にご主人を亡くされたのです。
ご主人はがん闘病生活に入ってからも、奥さまを大事にされ、遺言に近いものを書かれています。そこには、「危篤状態に陥った場合は、特別な延命措置は不要。大変辛いでしょうが、その思いを担当医に伝えてください」「葬儀は自分たちだけでしてほしい」「子どもたちはお母さん(きよみさん)を大事にすること」といったことが書かれていたといいます。ご主人が人工呼吸器を付け、筆談で話をしたとき、きよみさんが「私には言っておくことはないの」と尋ねると、ご主人は「おまえには何も言わなくてもわかっているだろう」と書き、その横に小さな文字で、「きよみ、愛している」と書かれた。そうした夫婦の愛が見事に描かれています。
佳作 「懲りずに、夢をみながら」 小西雄三 ドイツ ミュンヘン在住
入選作の中でただ1人の男性です。
23歳で、ドイツに渡り、ロックギタリストを目指した若者が、翌年ドイツ人と結婚し、2児をもうけられた。小西さんは、ギタリストの夢は破れたものの、妻子を養うため働きながら、頼まれれば、ギター演奏を楽しんでおられたときに、大腸がんに罹患されました。冷たい奥さんの仕打ちにもめげず、自分の夢を追い求める姿が共感をおぼえます。また、ドイツの医療事情もわかり、あまり日本のがん治療と差はないとも思いました。
総 評
今回のがん闘病記募集には、173編からの応募がありました。がんと闘っている方々の熱意といいますか、がん克服にかける強い意志が伝わってくる作品が多かったと思います。そして、そこにはがんと闘うためのさまざまなヒントが煌めいていました。がんの専門医を見つけることも大事だが、ふだんの健康を診てもらう家庭医を持つことの重要性を指摘する声や、がんであることを隠すより、公表してがんと闘うべきだという意見がありました。また、がんを克服できそうだけれども、死の準備も怠りなく行っている人、さらには身辺整理のためにかつての恋人にまで会いに行った人、いろんながん患者さんがいます。医療側に対する厳しい意見もありました。
そうした闘病記を読むにつけ、がん専門誌の中で唯一生き残り、創刊10周年を迎えた『がんサポート』の存在意義を改めて実感します。この雑誌を10年間牽引してきた編集発行人の深見輝明さんは、この春、10周年を目前にして、がんに倒れました。がん患者さんに寄り添ったがん医療の実現を願っていた深見さんの思いが、173編からのがん闘病記を読んで、まざまざと蘇ってきます。
私は今後とも、『がんサポート』をサポートしていきます。読者の皆さま方のさらなるご支援・ご鞭撻をお願いすると同時に、皆さま方のご健勝をお祈りしたいと思います。