「イナンナの冥界下り」 第4回

編集●「がんサポート」編集部
発行:2016年11月
更新:2020年2月


人生は「365歩のマーチ」

治療の最終目標は社会復帰です、と食道がんの冊子にある。「手術後数カ月もすれば量的には嗜好的にも自分の食べ方に慣れてきて、ごく普通の生活を送ることができ、仕事に復帰することも可能です」。食事についての注意事項なども数カ月と説明されたが、1年たっても、2年たっても、ごく普通の生活なんて私にはまだムリである。

時間をかけて噛み砕いて飲み込むことには慣れたので、詰まらせることはほとんどないが、もともと食べるのが遅く、飲み込みも悪い私は、未だに30分以上かけて人の6割ほどの物を食べ、それでも食後のダンピングが出てしまう。

考えがまとまらずぼんやりして低血糖になっていたりする。 情報が載っているサイトを見直して、試行錯誤する。糖質の吸収がゆっくりになるように野菜から食べ、炭水化物は計量して決まった量を摂る。足りなければ体重に響くし、多すぎれば具合が悪くなる。

こちとら江戸っ子、早口でせっかちだが、早く動くと立ちくらみや目まいがするので、ゆっくり行動しないとならない。焦っているんだ。頑張ってやればやっただけ着実に体力が向上している、と感じられないから。

何もできない状態から外に向かって行動できるようになった頃は有頂天で、その調子でブイブイ行かれそうな気がしたものだが、世の中そうそう甘くはないってことだ。

でも、悲観することはないですよ、今年のお正月は谷中の七福神巡りをしました。

その後、予防ワクチンを打っていたインフルエンザにかかって手痛いしっぺ返しがあったけど。この調子で人生は「365歩のマーチ」なんでしょうかね。

「ほんと、がん家系だね」

私は少し年の離れた兄、姉の3人兄妹である。私が学生の頃、兄は既に教職にあり、姉も同様の仕事についていた。私の通う学校に兄の知人である女性教師がいて、話す機会があった時のこと、私が妹と知るや訝しげに「Y先生には美人の妹さんがいるって噂だったけど」と言うので「姉がおります」と答えると、えらく得心した様子で「そうね」と言われた。それ以来、私は「(美人)じゃないほう」の妹として、いる。

その姉とは長く疎遠だったが、私の病気見舞いを機にメールのやり取りなどをするようになった。

姉は肝炎のキャリアで定期検査を欠かさなかったが、体調で気になるところでもあったのか、「人間ドックに入りあちこち調べた」と書いてよこした。

その後、「何かあるらしいので手術する。細かいことは切ってみないとわからない」。何?それ。

手術日は私のCT検査の翌日、初診からちょうど2年になる10月。そして、その日義兄から私の携帯に電話が入った。

「開腹したが、何もしなかった。夕方、病院に来て欲しい」という内容だった。

私の顔を見るや「ほんと、がん家系だね」と言う姉の執刀医、総合病院の先生が家族を前に「がん家系」発言かい。

姉を除いて、その執刀医と義兄、甥、私の4人で面談。

「胆のうがんステージⅣ(IV)b、既に腹膜内には播種(はしゅ)転移している。膵臓にもがんらしいものがある。手術で取ること��できないので、すぐ抗がん薬治療に入ってもらう」

その場で余命の宣告はされなかったが、前日G先生に相談した際、「開けてみないとわからないなんて、昔のお医者さんみたいな言い方だなぁ、もしかして「播種転移」していたら難しいな」と、それとなく言われていた。

事前に調べた国立がんセンター中央病院の切除不能胆道がんの生存期間中央値は353日、1年生存割合は47.4%だった。

症例も少なく、抗がん薬も放射線もあまり効果が期待できないらしい。最悪とはこういう時に使う言葉だ。なんてドラマチックな展開だ。めくるめく不幸が襲う呪われた美人姉妹。冗談じゃない。

そういう冗談は止めなさい

義兄は告知したくないと言っていたが、結局、抗がん薬治療の過程で説明を受けることになる。

効果があっても1年くらいと言われて抗がん薬は2カ月ほどで中止した。今はネットで検索すれば様々な情報が分かってしまう。副作用で苦しいより、症状が出るまで何もせずに今まで通りに暮らしたいという希望だった。

私は往生際が悪いので抗がん薬で何とか時間を稼いで新薬の開発に望みをつなぐ道を選ぶかなと思うが、姉は違った。往生際が良いのか、現実を自分の都合に合わせるタイプ。

抗がん薬を止めたら食べられるようになって少しふっくらした。

乗っていた軽自動車をスポーツタイプの外車に乗り換えて、ぶぃ~と飛ばして来る。2人でお茶を飲んでいると見るからに私より元気そうだ。

7月6日に会った時はそうだった。姉のがんが見つかって8月で10カ月。

食道がんの再発は、術後2年以内の確率が高く、その後は徐々に少なくなっていく。

2年半が過ぎて私は完治の方法に向かっていると希望的に思う。食道がんで一発逆転かと思えば、やっぱり私は往生際が悪くて、美人薄命「じゃないほう」。

おまけに心配性の私は、生き残って年老いてひとり寂しく暮らす老後を憂える。

人間どっちに転んでも思い通りにはならないし、心配の種は「播種転移」。そういう冗談は止めなさい。(続く)

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