「必ずまた、戻ってくるから」 第4回
絶望させてくれ
最初に言っちゃうと、私が何をほざこうが心配しなくて大丈夫です。いや、心配するとは思うんですが、「何をしてあげられるだろう?」とか思わなくて大丈夫なんです。
と言うのも、私は必ず自分で立ち上がれるからです。
だから今は望むだけ落ち込ませてほしい。絶望させてほしいのです。
なんでかというと、その感情を半端に消化しないで継続していると、浮上できないということに気がついたからです。
人生落ちるとこまで落ちたら、あとは上がるだけ。これを「人に心配かけたくないなぁ」とか「よくないことだなぁ」とかの論理で、ストップしている状態がまず違うんだと気づいた。
ついこの間まで自分が望む仕事があり、自立した生活を営み、パートナーもいたのだ。
それがいまや、下腹部を走る大きな傷、失った臓器と機能不全の身体。
落ち込んでいいに決まっているジャン! そう思ったのだ。
正しく絶望しようと思う。必ず浮上するために。
そして思った。生きていくのはつらい。何故か? このまま障害が残ったうえで生きていくのは、健康体だった以前の人生と比較して悲しみに満ちているから。
だからそんなことを考えるのを止めることにした。生きていく、というのは先のことを見通すことが内包されている。
だからまず、今日を無事に生きられたらそれでよしとすることにした。明日死にたくなってもいいジャン。とりあえず今日1日を乗り切ったらそれでヨシとしよう。1日終わって眠るときに「今日は惨めな1日だった。それでも今日1日乗り切ったぜ!」と思えたらヨシなんだよ。
先のことなんか放り出してやる。今はそれでいい。それしか出来ない現実を思い切り正面から見てやる。(治療生活ブログ『新規事業ほぼ日記、または日報』より)
ひとつ克服するも、次なる課題
6月10日から13日までは排尿トレーニングも困難を極めたが、14日を過ぎたあたりからまとまった尿が出るようになり、エコー残量も減少していったので残量チェックも任意ということになった。
心因的なこともたぶんに影響するのが膀胱らしいが、2カ月近くになるいまも排尿プレッシャーを感じると出にくいし、腹圧をかけて出すことには変わらない。
でも、毎日自力で排尿出来ることに小さな喜びと感謝を忘れなくなった。
今の段階で結論を言えば、自分の水分摂取量と時間を見ながら予想を立てて、尿意のあるなしに、意識して排尿に行く習慣を身に着ける必要があることがわかった。
排尿自体は弱々しいものの、搾り出さずとも着座して少し時間を待つと連続した排尿が出来るくらいには回復したので、これから地道に時間をかけて切断された神経が修復されていくのを待つしかないよ��だ。
そのうち退院の日程も決まり、追加治療について考える猶予の時間が迫ってきた。手術を受ける前は追加治療を受けると決めていたものの、術後の障害がいくつか出てきたことで私は躊躇(ちゅうちょ)していた。
恐ろしいのは、病以外の理由で身体に機能不全を起こすことがためらわれたのだ。そのことを思うとおいそれと前に進めなくなっていた。
そんなとき、こんなブログを書いていたのが印象深い。
脱・病人エゴイスト
病人エゴイストを止める。弱っている姿を人に見せるのが忍びない。つらいのに対応するのが疲れるからと私の都合でお見舞いをお断りするのを止める。
私には私の思いがあるように、私と人生の束の間触れあってくれた人にもその人なりの思いがあるのだから。それを尊重する。
私の延命をホンキで願ってくれている人たちに、「頑張りたくない」とか言って困らせるのを止める。
とにかく「生ききる」ということを決めて治療生活を始める。がんと人生両立することを〝新規事業〟と決めたのだから。新規事業を立ち上げるのが困難なのは百も承知だったことを思い出そう。
「生ききる」ってどういうことなのか、まだ手探りだけど大好きな魔法の言葉「それでも生活できてることに感謝」。この言葉を忘れないようにしたい。
ハラキリしても生活できていることに感謝。何より手術の傷の痛みは激減している。
おしっこトラブルでも生活できていることに感謝。なんせすこぶる回復している。
どんなに深刻な時でもそれを眺めている客観的な自分がいて、結構冷静に突っ込みが入れられる。
「あんた、今のそのもの見方って元気なときだったらしないよね」とか「元気なときしか発揮できない良心なら、あんたって正直まだまだ!」とか誰より厳しい意見を言うのはもう1人の私だ。人間性を磨くことは止めないようにしよう。
大好きな人が私に贈ってくれた「精神は肉体を凌駕(りょうが)する」という言葉、私はまだまだその域には及びもしない。
このつらい経験は、私に何を教えようとしているのだろうか。私は毎日そのことを考えている。痛みに私の24時間を支配されずにこんなことを考えられるようになってきたのだからやはり私は回復している。回復している!(治療生活ブログ『新規事業ほぼ日記、または日報』より)

追加治療に進む前に知っておくべきこと
私はあるときから猛然と放射線化学療法の副作用、後遺障害について調べていた。調べていたことを、きちんと先生に質問できる状態にしようとしていた。
病院に持ち込んでいたノートパソコンが大活躍した。ディルームでパソコンを開いて質問事項を打ち込んでいると、年配の方々が物珍しそうに近寄ってきた。印刷ができないので当該箇所をレポート用紙に手書きで書き綴っていく。
私がとくに気になっていたのが、開腹手術をした後の放射線治療では副作用、後遺症の発症が3~5割程度増してしまうという事実だ。ただでさえ足の麻痺と排尿障害で完全に気落ちしていたので、追加治療は場合によっては避けてもいいとさえ思うようになっていた。
ある程度リサーチ結果が客観的なものになってきた段階で、先ほどまとめたレポートと共に先生に宛てて手紙を書いた。
口頭で質問するには質問項目が多すぎたので紙にまとめたのだが、挨拶文をつけるつもりで手紙を書いていたらラブレターか、ともいえるような随分厚かましい個人的思いに満ち満ちた駄文になってしまった。
多忙を極める先生にそんなものを渡すことが躊躇(ためら)われたが「この先生ならわかってもらえる」という強い確信にも似た思いがあったのだ。
朝になると、先生は大抵回診に来てくださる。その日は手術を終えて数日の患者さんのところに再びいらっしゃる機会があり、一瞬躊躇(ちゅうちょ)したものの病室を出ていく先生を足を引きずりながら追いかけた。
「先生!」と呼びかけると先生がくるりと驚いたように振り返った。
「どうしました?」
実は、退院の前に放射線科の説明を受けることになっていた。
「先生、放射線治療についての質問がたくさんになってしまったので紙にまとめたのですが、お手すきの際にご覧いただけますでしょうか?」
この先生なら受取ってくれるはず、というある種賭けにも似た気持ちをいま思い出すと忸怩(じくじ)たる思いがする。
先生は「わかりました。いいですよ。書面で回答しましょうね」とおっしゃってくださったのだ!
その笑顔で、私はとても楽になったのを覚えている。
同時に入院中に受ける予定になっていた放射線科のオリエンテーションは、病理検査の結果を見てから決定したいということでキャンセルを入れていただいた。(続く)