胃がんステージⅣ、余命1年と宣告された男の奇跡の回復の秘密とは タキソテール+TS-1の抗がん薬治療728日から完治への道のり 第1回
いきなり胃がん末期の宣告を受ける
大きな病院での検査結果は、尿道結石以上に驚くべき内容だった。直ぐに入院という話になったが、私は「大丈夫ですから」と入院を断ろうとした。
しかし、医師から「何を言っているのですか! *血色素量が4.7です。あなたは今直ぐに死んでもおかしくない状態なのですよ」とまで言われてしまった。
血色素の数値が何かは全く意味がわからなかったが、直接「あなたは今死んでもおかしくない」とまで言われてしまうと、正直ビックリしてしまった。
もちろん即刻入院となり、急ぎ輸血を行った。その後、精密検査を行った結果、胃に腫瘍が発見され、「*グループ5悪性」の告知を受けた。しかも手術はもう出来ない状態と言うことだった。
身体がしんどく息切れが気になって検査を受けてみれば、いきなり胃がんの末期の宣告。私は医師に余命尋ねた。
医師は「1年……。しかし年齢的にも若いため、もしかしたら、もっと早まる可能性があります」
胃がんの末期と余命宣告を受けた後も、医師の説明はそのまま続いた。
「今後の治療方針は手術が出来ないなどから考えて、化学療法になるでしょう」と言われた。また、抗がん薬治療に於けるがん細胞への抑制率等の説明も受けた。
抗がん薬治療は*TS-1で30~40%の抑制率。*タキソテールで70%の抑制率と説明された。
さらには、タキソテールのような抑制率の高い抗がん薬治療は、その分リスクも高く、副作用も強く出るということだった。
しかし、胃がん末期の告知や余命宣告を受け、頭の中が混乱している私にTS-1やらタキソテールなど、初めて聞くような言葉をいきなり言われても、そんなもの選べるはずもなかった。
*血色素量4.7=1ccの血液中の赤血球の中に含まれる血色素の量。男性で13~18g/dl、女性で12~16g/dlが正常値
*グループ5悪性=グループとステージは違う。大腸内視鏡検査で切り取ってきた組織の性質を示すのが「グループ」。分類不可能な「グループX」、正常組織や軽度の炎症に留まる「グループ1」、炎症などで組織変化が起こった「グループ2」、良性のポリープ(腺腫)「グループ3」、がんが疑わしいが確定できない「グループ4」、がんを示す「グループ5」の全部で6つに分けられる
*TS-1=一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム *タキソテール=一般名ドセタキセル
「私なら併用療法を選びます」
頭が混乱する中、私は医師にある事を尋ねた。
「先生、もし、あなたが私のようながん患者だったらどのような治療法を選びますか?」
医師は私のその質問に対して、「もし、私があなたのようながん患者だったら、併用を選びます」と言った。
更に質問した。「もし、仮に手術が出来るとしたら、どのような手術になりますか?」
医師は暫く考えてから「胃の全摘になります。ただ、仮に手術を行ったとしても腹水が溜まっていますので、直ぐにがんが転移してしまう可能性があります」と答えた。
医師は「今晩は眠れますか? 眠れないといけないので安定剤を出しておきますね。明日、資料を持って、必ずがんセンター(群馬県立がんセンター、以下、がんセンター)に行ってください」と最後に付け加えて、この日の説明を終えた。
私は、この医師は、早く自分の手から私を放り出したいと思っているように感じられた。その証拠に説明もあまり余計なことは言わず、要点のみで簡単に終わった。
~この患者はがんなのだから、あっち(がんセンター)に任せよう~医師の言葉からは、このような雰囲気が端々に感じられて仕方なかった。このようなやるせない気持ちを抑えつつ、最後にもう1つ質問した。
「何故、このままコチラの病院で治療をしていただくことが出来ないのですか?」と尋ねると、「設備も充分に整っているがん専門病院のほうがいいでしょう。もし、原島さんが望まれるなら当院は受け入れますが……。とりあえず、明日がんセンターで診察を受けて来てください」と言った。
何とも歯切れの悪い回答だった。
まるで夢の中の出来事のような感じがした
一般的にがんの宣告を受けたとき、頭が真っ白になると言うが、私の場合は何とも非現実的な時間の経過で、まるで夢の中の出来事のような感じがした。
私は病院での診察が終わり家内と一緒に自宅に戻ったが、その後のことは良く覚えていない。ただ、その晩は医師の心配をよそに、安定剤も飲まずに熟睡することが出来たと思う。
私は医師から告知を受ける前、家内に「いいか、何があってもジタバタするなよ。お前がジタバタすると家族全員が動揺するからな」と伝えてあった。そのためか、家の中は表面的には落ち着いているように思えた。
また、そのお陰で何より自分が落ち着いて冷静な気持ちでいられた。私の母も同居しており、余計な心配は掛けたくなかったので安心した。
翌日、予定通り病院でもらった資料を持ってがんセンターに行き、再度検査してもらった。今回はハッキリ「胃がん」と宣告された。
しかもリンパ節に転移している上、少量の腹水も溜まっていたようだった。また、出血の可能性があるということで、即入院の指示をもらった。
私は、早速今まで入院していた地元の病院に戻り、がんセンターでの経緯を説明して退院の手続きを取った。
病院を退院する際、担当医やお世話になった看護師さんたちにお礼を言うと、看護師さんたちは泣いていた。そんな空気を感じた私は幽霊の仕草(手をぶら下げる)のマネをして「また会いに来るよ~」なんて、おちゃらけて見せた。
そんなこんなで、バタバタとがんセンターに入院した。
「絶対にがんに勝ってやる!」
がんセンターに入院後、早速抗がん薬の説明があった。進行性胃がん患者対象のタキソテールとTS-1併用療法の臨床試験参加の説明を受けた。私はそのとき、前に入院していた病院の医師に「もし、あなたががん患者だったら、どの治療方法を選びますか?」と尋ねたとき、「私ならTS-1とタキソテールの併用療法を選びます」と言った言葉を思い出した。
早速、私は臨床試験参加のための同意書に署名し、2004年4月6日、臨床試験参加の申し込みをした。
そして、その2日後の4月8日に参加の認可が下り、翌4月9日から、1クール28日間の抗がん薬併用治療が始まった。同意書に署名をしたとき、いよいよ胃がん末期との闘いが始まるという感じがした。
私は、出来るならば、普通の生活を送りながら死にたいと思っていた。病院の中で縛られて動けないのが、一番つらいと考えていたからだ。
しかし、今はそのつらい病院の中にいる。でも、「絶対にがんに勝ってやる!」という、とにかく強い気持ちを持つよう常に心掛け、今までと同じ生活に必ず戻ると、固く心に決めていた。(続く)