知ってほしい「膵神経内分泌腫瘍」のこと 希少がんに生かされて 第4回
私を支えてくれた夫は
私はずっと長い間、自分の病気のことで家族に心配をかけ、支えてもらいながら今日までやってきました。
でも今、私を支えてくれた夫は傍(かたわら)にはいません。
5年前、私は夫を膵がんで失いました。5年前に闘病記を書いていたことを夫は知っています。きっと空の上で読んでくれていると思います。
私が心配や苦労を掛けてきた長い年月とは比べ物にならないくらいがんの進行が早く、あっという間もなく亡くなってしまいました。私の病気とは全然違う恐ろしい病気、それが膵がんだったのです。
私の病気も膵臓が原発でしたので、東京にあるがん専門病院の高名な膵がん専門の医師の講演を聞いたことがありました。でも、まさか自分の夫が膵がんだなんて半信半疑で、とてもすぐには信じることができませんでした。

夫は長く勤めた会社を定年退職し、約1年間は自宅でゆっくりのんびり過ごしていました。元々仕事が好きな人でしたので家でのんびりするのにも飽きてきて、そろそろ何かまた仕事しようと再就職し、働き始めたのです。
あるとき夫の姿を見ると、着ているユニホームがダブついていて、ベルトなしではズボンが下がってしまうほど痩せていることに気づきました。
再就職した先は身体を使う仕事だったので、夫は「この1年間でたるんだ体が引き締まって、動きやすくなってるんだ」と、初めの頃は私に言っていました。
後になってあの痩せ方は膵がんのせいだったとわかるのですが、本人にも全く自覚がなかったのです。
そうこうしているうちにどんどん食事量が減ってきて、食事が摂れなくなってしまいました。夫も境界型糖尿病で、ずっと私と一緒に毎月通院していたのですが数値は私よりも良く、飲み薬が処方されていました。
タバコが好きで病院でも禁煙を勧められましたが、結局止めることはできませんでした。病院の医師から「禁煙は必要なことですよ。そのままではいい死に方はできません」というようなキツイ注意も受けましたが、タバコに関しては止める意思はありませんでした。
「自分のおじいさんもタバコを吸っていたが80過ぎまで健康だった」とよく言っていました。
事の重大さにやっと気づく
そんな夫が、あるとき「ママ、タバコが吸えなくなったんだよ、何かおかしい」と言ったのです。いままで境界型糖尿病だけしか病気をしていなかった夫が、病院に行きたいと言い出したのです。
胃の辺りも変な感じがあるというので、近所の胃腸科クリニックを受診しました。
医師が「胃の症状については以前からある症状のようなので、飲み薬で様子をみましょう」と言うと、夫は「好きなタバコが吸えない、吸い込めない」と訴え、医師は「では念のためレントゲンを撮りましょう」と言ってレントゲン(X線)撮影を行いました。
撮れた写真を見た医師が絶句した姿が今も私の目に焼きついています。そのレントゲン写真には肺のほとんどが白く写っていたのです。
「��頼できる入院施設のある病院はどちらですか? 紹介状を用意します」と慌ただしい感じで書類を用意してくれていましたが、夫も私もそれをどう感じたら良いのかわからず、「とにかく肺が良くないんだろう」という程度の認識しかありませんでした。
夫が「このまま病院に行ったらお昼抜きになっちゃうよ。もうお腹ペコペコだよ~、ラーメン食べてから行こうよ」と言うのです。
医師があんなに急いで紹介状を準備してくれたのに、病院の手前にあるラーメン屋さんに立ち寄りしっかり食べて病院に向かいました。夫はここ最近食べられなかったのに、ラーメンをペロリと平らげたのです。
紹介状を書いてもらった病院は、昔は国立病院で、私が生まれたのもこの病院で、私が双子の娘を出産したのもこの病院でした。それだけに馴染みがあり、私の家も実家にも近いという理由でこの病院にしたのです。
紹介状とレントゲン写真などを担当医に渡すと、夫は「入院が必要だ」と言われ、ことの重大さにようやく気がつき始めたのです。家が好きで家族が大好きな夫は、「とにかく入院なんて嫌だ」と一気に元気がなくなりました。
この状態ではもう何もできないです
翌日、夫は朝から色々検査を受け数日後、担当医から検査結果の説明を受けることになったのです。看護師さんが夫のいる前で「検査結果はご本人もお聞きになりますか?」と聞き、夫が「そりゃ自分の身体のことですから聞きますよ」と私も同席する形で説明を聞くことになったのですが、この病院は一般総合病院で、がん専門病院のような心理的な面をケアはできなかったようなのです。
夫のいないときに検査結果のことについて私だけの耳に入るような気づかいがあれば良かったのですが、ストレートに膵臓に腫瘍があり肺にも骨にも転移があると聞かされてしまいました。夫はとてもナイーブな人なので、すっかり気落ちしてしまいました。
私は「ここはがんを診る専門病院じゃないから、私が知ってる先生の診察を受けよう」と紹介状を用意してもらって、都内のがん専門病院に行きました。レントゲンを撮った日からまだ1週間しか経っていないのに夫は歩くのがとてもつらい状況で、駐車場から車椅子で移動して診察を受けました。
紹介状とレントゲン写真を見て、「この状態ではもう何もできないです」と大きな期待をもってやってきた私たちに、前から何度も講演を聞いて知っているこの高名な医師は、まるで放り投げるような言い方で診察室を出るように促しました。
帰りの車の中、家族みんな涙をこらえるのに必死でした。夫にも期待させてしまったことをとても悔やみました。(続く)
*膵神経内分泌腫瘍(Pancreatic neuroendocrine tumor)=神経内分泌腫瘍(Neuroendocrine tumor:NET)は、ホルモンなどをつくる機能をもった神経内分泌細胞からできる腫瘍と考えられている。NETは膵臓をはじめ、消化管、肺などいろいろな臓器にできる。とくに膵臓にできるNETを、P-NETと呼ぶ。NETの発生部位は消化管では直腸が最も多く、膵臓、胃がそれに続く