知ってほしい「膵神経内分泌腫瘍」のこと 希少がんに生かされて 最終回
「これじゃだめだね、病院に戻ろう」
母の尿漏れの原因はすぐにはわかりませんでした。病院でレントゲンを撮ると、膀胱がとても大きくなっていて、尿道に管を入れると2ℓもの尿が出てきました。どうしてそんなに多量の尿が溜まっていたのか、不思議に思いました。
2ℓもの尿が出たことで、膀胱が元の大きさに戻ると、膀胱の陰になって見えなかった卵巣が肥大していることがわかったのです。丁度重なっている部分で、婦人科と泌尿器科どちらも判断しづらかったようです。
母が通院していた病院は都内の有名病院でした。ずっと弟が母を車で送り迎えして通院してきたのですが、がんの進行具合から治療ではなく地元の病院での緩和ケアを勧められ、転院し入院しました。
入院中は私と弟で交代しながら母に付き添いました。弟は仕事があるのによく頑張って母の世話をしてくれたと思います。
母が何度か、家に帰りたいと希望し、実家で過ごした時間もありました。ご先祖様に手を合わせたいと、言うので一緒にお墓参りにも行きました。
それら希望を叶えるために痛み止めなどが追加処方されましたが、それを服用すると、とても落ち着きが無くなってきて、一度椅子に座ってもすぐにほかの場所に行きたいと言い出すのです。
そんな母でしたが1人では歩けない状態でしたので、ずっと母を支えて一緒に動いている私のほうが先にダウンしてしまいました。そんな私を見ていた母は「これじゃだめだね、病院に戻ろう」と言ってくれました。
判断力はしっかりしていました。そんな母でしたが、病院に戻ると「薬のせいで自分がおかしく変になっている!」と医師にくってかかる場面もありました。
「薬の量が母に合っていなかったのではないか?」などと思うのですが、知識のない私たちにはどうすることもできず、ただ元の冷静な母に戻ってほしいと願うばかりでした。
この時の母の行動も、一種のせん妄状態のようなものだったのかもしれません。
80歳までとても元気で楽しい人でした。今でも明るい笑顔が鮮明に思い出されます。
入院中の母の顔は、忘れてあげるほうが母も喜ぶのではないかと思っています。

「夫の分も母の分も私がしっかり生きていかなければ!」
母が亡くなったのは夫を送った翌年のことです。
私はといえば、短い間に夫と母を亡くしたので時間の感覚がおかしくなってしまいました。
まず、今がいつなのか? 今の自分は大丈夫なのか? 何かやらなければいけないことがあるだろうけれど何も手につかず1日が終わってしまう、というそんな日々がしばらく続きました。
そんな状態がしばらく続きましたが、時間と共に自分の中で少しずつ前向きな気持ちが働き始めました。
ずっとこ���な風に引きこもっているようではだめだし、「夫の分も母の分も私がしっかり生きていかなければ!」と思えるようになってきたのです。
そんな時期に一般的な医療とは違うのかもしれませんが、糖質制限する食事のことを知りました。
夫と母の食に関する共通点があることに気づきました。夫と母は気が合っていて、よくラーメン屋さんに一緒に行っていたことなど思い出しました。考えてみたら母は甘いものが大好きで、普通に食事をした後「甘いものは別腹!」と、何かしら口に入れてたりして、糖質を摂っていた量は確かに多かったように思います。
私が必要とされていることが励みに
身近にがんで亡くなる人が多いと原因は何なのか? 残された者には不安ばかりです。
私は長年、膵内分泌腫瘍で糖尿病もあり、娘たちにもずっと心配かけ通しです。
糖質制限の食事は私には合っていると感じているし、肝臓の腫瘍もおとなしくしてくれていて、まだしばらくは頑張れそうな気がしています。
それに、嬉しいことに今年は4月に3人目の孫、7月には4人目の孫が生まれる予定です。
娘たちは里帰り出産となるので私もやることが一杯です。いまは娘たちに私が必要とされていることが励みになっています。
私の病気についてはいまのままで、現状維持が目標です。肝臓にある再発腫瘍は悪さをしない程度におとなしくしてもらって共存できるようにしたいものです。
そして夫にも母にも褒めてもらえるように、元気出して生きていこうと思っています。
私は膵内分泌腫瘍という病気を長く患っている患者ですが、紆余曲折はあったものの、もう20年以上、普通の暮らしができています。
その間に家族の看取りや孫の誕生など、日々の暮らしは単調ではなくいつも新鮮な空気に包まれています。それらを喜びとしてこの先も変わらず生きていきたいと思っています。
同じ病気に悩まれている方がいらしたら、こんな患者もいるということを知っていただけたら嬉しいです。(完)
*膵神経内分泌腫瘍(Pancreatic neuroendocrine tumor)=神経内分泌腫瘍(Neuroendocrine tumor:NET)は、ホルモンなどをつくる機能をもった神経内分泌細胞からできる腫瘍と考えられている。NETは膵臓をはじめ、消化管、肺などいろいろな臓器にできる。とくに膵臓にできるNETを、P-NETと呼ぶ。NETの発生部位は消化管では直腸が最も多く、膵臓、胃がそれに続く