君を夏の日にたとえようか 第6回
(2)ステージIVにおける原発巣切除について

「ステージIVにおける原発巣切除に関しては議論があると思いますが、家内の場合に限っての先生のご意見はいかがでしょうか」(私)
「実験的には、原発巣を切除すると転移巣のコントロールが悪くなって、転移巣が元気になるというデータがある一方で、原発巣を取ってしまうと転移巣も縮小してきれいに治っていくというデータもあります。どちらとも決着はついていないために、*日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG)のヒトでの比較試験が検証中です。今のところ原発巣を取ったほうがいいかどうかの結論は出ていないのです」
(*がんサポート参照;原発巣切除による生存期間延長効果の比較試験が進行中 試験結果が待たれるステージIV乳がんの原発巣手術の是非)
「完治を目指すのでなくて、転移巣のコントロールを目指す場合に、5㎝の原発巣を手つかずにして全身療法のみでコントロールするのは不利だと考えるのは合理的でないのでしょうか? 最初の全身療法(FEC)が非常によく効いていることを考慮して、最小限の侵襲(しんしゅう)を伴う方法で原発巣を切除することは無意味なのでしょうか? 初回の抗がん薬がほとんど効かず5㎝の原発巣を切除することと、ほとんど治癒に近い、仮に6㎜大の原発巣を切除することは、おのずと違った意味をもっているとは考えられませんか? ホルモン療法を中断するリスクは最小限に留めることも可能と考えられますが……?」(私)
「小さくても薬の効きにくいがんがあります。歴史的には原発巣を切除していた時期もありますが、取っても取らなくてもあまり変わらないというのが、現在の相場感です。薬物療法が2~30年前とは違って進歩して、いい抗がん薬が出てきている。そのように効果のある抗がん薬が増えてくることによって、取る取らないの価値が変わってきているので、JCOGの試験が組まれているのです。
今は体にメスを入れる負担が大きいので、勧められないというのがコンセンサスかな。取っちゃったりしている先生のほうがあまりよい治療をしていないこともあります。乳腺外科の先生は転移があれば簡単にメスを入れることは勧められないと思います」
「原発巣を切除した場合、切除したがん組織から得られる情報と初診時の針生検の情報が変わっているということはありますか? サブタイプの評価が変わるとか、有益な情報が得られる可能性はありませんか?」(私)
「乳がんの細胞は、長い年限で性格が変化することもあります。自分のところの病院でも何回も生検すると2~3割の症例で、ホルモンレセプター(受容体)やHER2のレセプターの発現の状態が変わっています。一定の期間で、ある薬の効き目の悪いときなどは、再度、生検をすべきと思います。原発巣に腫瘍がないときは、肝臓や肺の生検をして見直すこともあります。それは、勧められる場合があります。米国や英国からも報告があるから、初診時の針生検からがんのサブタイプは変わってくると思っていたほうがよいでしょう」
「私の場合、乳腺症があってがんがわかりにくかったと聞いています。主治医の山崎先生は更年期障害に対するホルモン補充療法(HRT)を止めても、初めの頃がんが大きくなったので、ホルモン療法は効きにくいかも知れないので、抗がん薬から始めましょうと言われました」(恭子)
「なるほど……、ホルモン補充療法が発がんを促す方向に働くことはあるかも……」
「論文によれば初回治療がよく効いていること。主に、内臓でない1つの臓器に転移が限局すること。ホルモンレセプターが陽性であること。そのような症例は予後(よご)のよい場合があると書いてありましたが、どう考えられますか?」(私)
「そのためにJCOGで臨床試験をしているのです。ただ、言われた予後のよくなる条件は、多くの医師が概念的には持っています。骨転移のみとか、最初の抗がん薬がよく効いた人は予後がよいという経験的な納得はあります」
「それでも、手術がよいとはわからないのですか」(恭子)
「そうです。JCOGの結果で変わるかもしれませんが……」
「JCOGの結果が出るまで家内が頑張って生きていれば、手術してもらえるかも知れないのでしょうか」(私)
「そうなるかも知れません。それまでに、もっといい薬が出ていて、手術が不必要になるかも知れないけど……」
(3)2次化学療法
「一連の抗がん薬治療が終了して、次に再開しなくてはならないタイミングをいち早くみつける指標は何がよいですか?」(私)
「画像診断が大切です。CTであったり、MRIであったり、PETであったり。腫瘍マーカーは……、NCC-ST-439がわずかに高かったんですね。腫瘍マーカーは当てにならない面もあるので、参考ですね」
「山崎先生もそうおっしゃいました」(恭子)
「抗がん薬はかなりからだに負担になるので、画像診断でちゃんと塊が見つかるというタイミングが大事だと思います」
「次の抗がん薬治療として選択すべき薬剤の候補は何ですか? この中央病院でしか受けられない薬剤も含めて、有望な候補を教えていただきたいのですが」(私)
「乳がんには効く薬はたくさんさまざまあります。タキソテールを後から使えるかというと、半年くらい経っていれば3~4割の奏効率を期待して、タキソール(一般名パクリタキセル)が使えます。半年以内ならタキサン系は効きにくいでしょう。どの時期にがんががっと出てくるかが大事です。半年以降なら、タキソール。
最近のでは、ハラヴェン(同エリブリン)。それが効かなくなったら、エルプラット(同オキサリプラチン)、それ以外にナベルビン(同ビノレルビン)、ジェムザール(同ゲムシタビン)などさまざまあります。そのときの体の状態やサブタイプでも選択が変わるでしょう」
(4)その他

「現時点で、乳がんのCancer stem cell(がん幹細胞)に対する治療法の進歩はあるのですか?」(私)
「stem cellの研究はこれからです。stem cellに効く薬も5年、10年後には出てくるかもしれません。例えば、ハラヴェンはstem cellに効くという実験データもあります」
「幹細胞は原発巣にいるのですか?」(恭子)
「どこにいるのかは、わかりません。幹細胞の抗体による可視化が行われていますが、不完全です」
「アフィニトール(一般名エベロリムス)やイブランス(同パルボシクリブ)という薬が、大変有望だということですが、家内の場合使用可能なのでしょうか? 最初からホルモン療法に併用したほうがよいのでしょうか?」(私)
「アフィニトールは使用できますが、欠点として日本人の場合25%ほどの人に間質性肺炎が出ます。結構きつい薬ですし、高価です。幸いイレッサ(同ゲフィチニブ)のような間質性肺炎で死亡する例は出ていませんが。昨年の米サンアントニオ乳がんシンポジウム(SABCS2014)で、他の抗がん薬と併用した場合に4%ほどの副作用死が報告されています。高過ぎます。せめて1%くらいでないと。
イブランスは米国で承認され、日本でも早晩承認されるでしょう(編集部注;2017年11月承認;手術不能または再発乳がん適応)。今、うちの病院でも治験中ですが、有望なのは事実で使いやすい薬です。長期的評価はこれからですが。自分のところでは、これらの薬とホルモン療法の併用は間質性肺炎のリスクが高いのでしていません」
「ホルモン療法薬を次のものに変えるのは、どのようなタイミングですか?」(恭子)
「ホルモン療法の副作用は比較的軽いので、画像診断だけでなく、腫瘍マーカーがガッと上がったり、触診や見た目の診断で変えてもよいでしょう。ホルモン療法にも、関節痛や鬱(うつ)、顔のほてり、手のこわばり、高コレステロール血症などの副作用がありますから、自覚症状のつらいときには、すぐにしっかりと山崎先生にお伝えして、ホルモン療法薬を変えてもらってもよいと思います」
「家内は甲状腺がんと乳がんの重複がんですが、必要なときに治験薬などを積極的に使っていただくために準備したり、登録の手続きをしておけることがありますか?」(私)
「甲状腺がんの手術から5年経って活動性の重複がんがない――これをどう評価するかは難しいけど――、ということが治験には必要なので、イブランスの治験も難しいかもしれません。
最後に、極端なことはしないこと、高いものには手を出さないこと、と常々言っています。よく笑って、寝て、しっかり美味しいものを食べることです。自然が大切です」
「山崎先生からも『糖尿病のようにつき合ってください』と言われています」(恭子)
「その通り、その通りです。主治医の先生が言われたことと同じようなことを私もお話しているのです」
セカンドオピニオンを拝聴することは45分で終わった。私はいろいろ考えて聞きたいことをまとめていたので、だいたいこれでいいかと思ったが、恭子はせっかく1時間という時間をもらっていたのだからもう少し何か聞きたかったらしいが、その時点では聞きたいことが思い当たらなかったので、丁寧にお礼を述べてその場を辞した。(つづく)