君を夏の日にたとえようか 第9回
上手くいくよう祈ろう!

5月17日、日曜日。午前中、明日からの放射線治療について谷本先生から詳細な説明を受ける。「丁寧な面談で説明をしていただいた」と、恭子も安心して感謝している。
谷本先生の施設の近くの川の土手でサンドイッチを食べながら日向ぼっこして、その足で合唱の練習に向かった。
「よくハモって恍惚となったよね」。帰りの車の中で2人で話した。「楽しかった」と恭子が言ってくれる。だけど、「スケジュールがいっぱいで疲れた~」とも。
食堂兼居間の窓一杯に、庭を覆いつくさんばかりのエゴノキの白い花が満開だ。枝垂れるように下向きに咲く中心に黄色の入った白い小さな花を何とか活けようとするのだけれど、どのような花器に入れてもうなだれたようにだらしなくて、勿体ないけれど食卓に活けるのを断念する。
森のように鬱蒼と木々や草が生い茂る庭が私は大好きだけれど、恭子の好みではない。恭子はこざっぱりしてすっきりした庭がいいのだ。だけどね、このエゴノキの眺めは森のなかに暮らしているようで癒されるよ。
5月18日。第1回目の脳転移に対する定位手術的放射線治療の日。
「今朝は風邪気味で葛根湯を飲んで、朝ぐっすり。治療1回目、早めに着いたので、先生の説明のあと同意書にサインする。緊張した‼ 脳の腫れと吐き気止めのために、ステロイド剤と利尿剤の点滴を20分。その後治療。22Gyを6回に分けて、6方向から当てる。約15分。CTを先に撮って、頭蓋骨で合わせるらしい。それほどしんどくはないが、終わったあと目がぼんやり。点滴の後もステロイドらしいもやっと感あり。すぐ帰れたのが少し不安。もう少し休んで目がしっかりしてから帰ればよかった。マスクで顔を押さえつけていたからだろう。
家に帰って1時間強横になってトロリ。頭に少し圧迫感あり。1回で治療したのだから、何かあって当然かも。明日は甲状腺がんの手術後の経過観察に行かなくては……、だるい!」(恭子の闘病記録)
頭の浮腫のせいか、頭がもやもやと重いと言っていた。

食卓にゲンペイウツギ(源平宇津木)を活ける。
見頃があっという間に過ぎてしまうので、玄関にもトイレにもそこら中に活けた。白と紫、薄紫の花がなんともゆかしい。
翌日には頭痛がずいぶん楽になってきたと言っている。食欲が今ひとつで体重が減少していることを気にしているが、医院の月に一度のミーティングにケーキと紅茶を持って来てくれて、ケーキをぺろりと食べてくれた。
5月21日。2つ目の脳転移巣に対する放射線治療の日。
今回の治療はしんどかったらしい。マスクが今ひとつぴったりフィットしていなかったようで、きちんとつけてもらうべきだったと反省している。途中で息苦しくなって、少し動いたかもしれない、とも。
治療を担当してくれた青木先生の説明。
「1カ月後に脳のMRIを撮る。そのときに3割ほど小さくなっていると期待される。半年くらいで小さいほうは���えるだろうが、大きいほうは『のう胞』があるので形が残るかもしれないが、大きさが変わらなければ良しとしてよい」
「QOLには大きさの変化なし、症状がないことが大事なようだ」と、微妙な発言をしている。
「ネットによると脳転移すると余命半年が平均らしい。乳がんの場合は脳に転移して10年経っても大丈夫な人もいるので諦めない、とあった。なかなかシビアだが仕方ない。上手くいくよう祈ろう!」(恭子の闘病記録)
インターネットは中途半端な要らない情報が簡単に手に入るから怖い。闘病中、恭子は夜よく眠れないことがたびたびあった。眠りの質は私なんかよりはよっぽどいい人だったのに、顔にはっきり出さなくても眠れぬ悩ましい夜を過ごしていたのだ、可哀想に。私が心身両面から、できるだけ支えてあげるくらいの事しかできない。そういう私も、恭子の乳がんの診断が下ってから入眠剤なしでは眠れない毎日だ。
「なかなかシビアだが、仕方ない」と言い放つところが恭子らしいところだ。凡人を越えた諦念? 達観? こころの強い人だ。澄んだ泉の水面のような安定感のあるこころをもった人だ。
これぞ恭子の真骨頂!
5月23日、土曜日。夕方恭子と一緒にスタッフの誕生日のプレゼントを買いに出かけた。買い物のあと、首から肩にかけて凝って吐き気がしてきたと言って恭子は横になった。甘くみていたけどやはり結構ダメージがある。今日が一番つらいと言っている。がんに楽な治療はない。夜は弁当にする。
暫く楽しませてもらったゲンペイウツギに替えて、食卓にドクダミを活ける。
嫌がる人も多いけれど、私はドクダミのあの爽やかな香りが嫌いではない。白い花の楚々として可憐なこと。
音訳のボランティアグループのなかで当時仲のよかった友だちとイタリアンのランチに出掛けたらしい。1人前全部を平らげられたと喜んでいる。「楽しかったよ!」と。その友人のがんばりに励まされたそうだ。食べ過ぎで夜は胃がもたれると言っている。
5月29日。大親友のさっちゃんの家で昼ご飯をご馳走になったそうだ。
「久しぶりだった!」と嬉しそう。「少しずつだけど体重ももどってきている」と言う。
土曜日の午前中を「ゆったりごろごろして過ごした」と恭子。水屋の食器を片付けて、「使わないものを捨ててスッキリした。少しずつ片付けよう」と言っている。体重も少しずつ増加してホッとしているようだ。
夕飯は寿司屋のカウンターで食べた。「美味しい、美味しい」と言ってくれる。若い職人が恭子にいやに親切で、帰りには名刺まで渡していたのを見て、私が「あの若いやつが、恭子に色目を使っていた」と冗談交じりで言うと、恭子はやきもちを焼かれるのもまんざらでもないような嬉しそうな口調で、「そんなことないよ」と言う。
放射線治療で気が紛れていたせいか、いつのまにか「ホルモン薬による関節のこわばりが軽くなっている」と嬉しそうだ。「気にせず、からだを動かしたり、外出して気分を変えるのは大切みたい」と言っている。この1週間は本当にあちこち出歩いて、楽しそうだった。
森の店にランチを食べに行く。命の洗濯。風が香しく、木々の葉擦れの音が心地よい。たった100円で葉物野菜を沢山ゲットしたと喜んでいる。
タウン誌などで美味しい珈琲店というと必ずその名の上がる、街でも有名な知る人ぞ知る珈琲店、この店も私と恭子のお気に入りの場所。なんとなくブルーという恭子を誘って珈琲を飲みに行く。10人ばかりが入ればいっぱいになる小さな店だ。マスターは一徹な感じのごく普通に見える小父さんだけれど、コーヒーを点てているときの顔は真剣そのもの。カップの選択、保温、湯の温度、注ぐ湯の細さ、時間、すべてを計算して秒針を見つめながら、湯を注ぐ。カウンターに陣取ってマスターの無駄のない美しいお点前を眺めるのが私たちの至上の喜びなのだ。
小さなちいさな、優雅なカップに、「これっぽっちですか」とつい言いたくなるような量が出てくる。それも丁度よいころあいなのだ。「なるべくブラックで飲んでみてください」とマスターが言う。不思議と、ここの店の濃い珈琲は胃にこたえない。
「少し関節がきしむ、こわばり……。ほかに気になるところがないから? 久しぶりに本屋に行く。『がんに勝つ食事』とやらの本を買う。野菜ジュースもいいらしい――青汁を頼んでみた。少しブルーで、食べたいものを食べようと思っていたが、だめ! 自分でできる努力をして、免疫を上げたり、からだにいいものを食べようと思った。少し前向きだゾ! あしたは検診。少し元気になってきたか?」(恭子の闘病記録)
これぞ恭子の真骨頂! 折れないこころと前向きな勇気。正しい人だ!(つづく)