君を夏の日にたとえようか 第11回

編集●「がんサポート」編集部
発行:2020年11月
更新:2020年11月


心の糸をほぐしてくれたのは音楽

山崎先生の診察。新たな脳転移が見つかった報告をすると、先生から「フェマーラ(一般名レトロゾール)は首から下には効いているが、脳には効かないから、おそらくまた脳転移がポツポツ出てくるだろう」と言われたらしい。

「はっきり言ってもらって納得できた」と恭子は言いながらも、「心の準備がいる、難儀なことだ。すごく疲れた‼」

「足のほうは少し楽になってきたかなあ? 座ったり立ったりのときに膝が楽になってきたのよ。屈伸運動をしたせいかな? よかった!」

谷本先生から乳がん転移の説明を受けたときに、「どこかに転移が見つかったらがん細胞は全身にばらまかれていると考えたほうがいい」と言われた。脳に転移がポツポツ出てくるということは、脳内でもがん細胞が全体にばらまかれているということになるんだろうか……?

「すごくだるい1日。ごろごろ。左上親知らずに大虫歯発見!」(恭子の闘病記録)

「あなたは骨転移の治療をしているから、歯を抜いたりはできないんだよ」と説明する。

「パパに歯の治療をしてもらう‼ たすかる~。昼、爆睡! 疲れ取れる。前回の放射線治療より吐き気が少ない気がする。食欲ある。小さいからか? いろいろ心配になるが、心配してもしょうがない。つくづく、私は、相当進行したがんだったのがわかる。大変だな~!」(恭子の闘病記録)

まるで他人事みたいな言いようだ。この人は泰然自若としたところがある。大物だ。

9月11日。恭子と2人、次男が出場する全カレ(全国学生選手権)の応援に大阪へ日帰りで出かける。長居スタジアムが素晴らしいと恭子が感激している。次男は400m予選2着で、決勝へは進めなかった。高校時代の華々しい活躍とは違って、ここのところ次男の調子はいまいち。自己ベストを出せればなんということはない試合で力が出ない。大変な世界だ。

帰りに「あべのハルカス」の展望台に昇ってみる。「チョー恐い!」と恭子はへたり込みそうな感じ。私も足がすくんだ。「トイレまでガラス張りで……」と、恭子は使えなかった。

「楽しい1日だった。よく歩いた。大丈夫だった‼」

恭子は朝ゆっくり寝て、そのうえにまた朝寝して、合唱の練習に備えた。

12時から女声の練習。その後4時までの全体練習。帰りの車中では明るい声で、「くたびれる~。でも、楽しい!」と言っている。そのうち助手席でまどろみ始める恭子。私たちは穏やかで幸せな人生をおくっている。自動車道から見える内海の黄昏が美しい。

夕飯には、合唱団のメンバーの庭で採れた零余子(むかご)を戴いたので、恭子が零余子ご飯にして炊いてくれる。

また少しこんがらがっていた私たちの心の糸をほぐしてくれたのは、やはり音楽だった。

庭にはミズヒキ(水引)とツユクサ(露草)が繁茂している。さながら、秋の野のようだ。小さな紅と紫が美しい。そこに、ニラの白い花まで加わって、紅白に紫とはなんとも風情のある風景だ。さすが染に使う紫。露草は時折食卓に活ける。一日花。

庭に繁茂する��ズヒキとニラの花

「だるさ、頭痛、吐き気……。放射線? よくわからない。足と左腕がむくんで、立ったり座ったりがむつかしい」(恭子の闘病記録)

土曜日の夕方、合唱団のテナーのメンバーのひとりが参加している混声カルテットのアンサンブルを聴きに行く。「4人でうまくハモっているね。私も上手く歌いたいなあ」と恭子。そのあと、2人で肉屋がやっている焼き肉屋へ牛肉を食べに行く。

「焼きおにぎり、おいしい」と恭子が感嘆の声をあげている。「お肉を誉めたら」と私。

私は4連休。2人で2階の和室と納戸の大掃除をする。

「続いて下の和室の大掃除。なんとゴミの中に暮らしていたことか! パパ大活躍! すっきりする。ひざが悪い」(恭子の闘病記録)

2人の心がまた寄り添い始めている。

何もなければいいけど

瀬戸内の比較的大きな島に昔からある古びたホテルがやっと予約できたので、2人で骨休めの1泊ドライブに出かけた。寄り道をしながら、たいていの場所は期待外れだったけど、まあ、それも初めての行程の楽しみか?

「左胸にニキビ。治療後初の温泉大浴場! うれしい! のんびりして楽しい。前庭に芝生の広がるおとぎの国の小さなお家のようなジャム屋さんに行く。いろいろ試食して、珍しいジャムを買った。お茶の後、前庭で裸足になって2人でくつろいだ。目の前には瀬戸内の穏やかな海がすぐそこに広がっている。うーん、生きている。間違いなく生きていることを実感!」(恭子の闘病記録)

恭子が音大の声楽の先生から発声のレッスンを受けたいと自分で調べて申し込みをしていた。宮田先生という声楽家の指導を受けに出掛けて行った。

「後ろに響かせなさいって言われたのよ。難しいけど楽しい!」と弾んだ声で私に報告してくれるが、「でも、すごく疲れた」とも。

恭子は心底上手に歌いたいと切望しているのだ。そのための恭子らしい努力のための行動に出たのだ。病状は不安定だが、所属する合唱団や女声三部のアンサンブルが刺激になって前向きな行動を諦めない人なのだ。恭子によって世の中の誰よりも勇気づけられているのは、伴侶である私自身なのだとつくづく思う。

「朝、左肩が痛い。ここ10日ほどで3回目。腫れぼったい。左半身の浮腫が気になる。左胸の乳首にもニキビ様。心配‼」(恭子の闘病記録)

夜、ホテルマンを脱サラして郷里の母親の面倒をみるために地元に戻ってきて始めたという、食材とビールやワインの選択にこだわった小さな店に入ってみる。洗練された雰囲気はあるけれど、口数の少ないマスターが1人で切り盛りしている静かな店だ。

丁寧に用意された食事が美味しい。飲んだことのないビールが嬉しかった。あまりに気に入ったので名を名乗り名刺を残してきた。「頑張ってください」という私たち夫婦を雑居ビルの1階まで見送ってくれたマスター。決して器用な生き方をしているとは思わないが、物静かに自分の生き方のスタイルを守っている素敵な人とお見受けした。

28回目の結婚記念日の恭子

9月27日、日曜。28回目の私たちの結婚記念日。

「28年目の結婚記念日。朝、パパからの花のアレンジをお花屋さんが届けてくださる。パパ、ありがとう。昼過ぎまで敬老会のお手伝いでパパは大忙し。私はのんびり。膝が少し改善。ゆっくりするのがいい」(恭子の闘病記録)

夜、私たちの結婚式の披露宴のときにいただいたメモリアルキャンドルに明かりを灯す。1年に1度の恒例の行事。庭のキンモクセイ(金木犀)がほのかに香って庭がゆかしい。

「本山さんちでアンサンブルの練習。なかなかうまくハモれない。音が不安定。ひとりでしっかり歌えるように……。むつかしい」
「音大に発声のレッスンに行く。ためになる。なかなか歌うのはむつかしい」(恭子の闘病記録)

山崎先生の病院で造影CTと骨シンチの検査を受ける。

「疲れた……。心配‼ 何もなければいいけど」と、左乳首のニキビ様(4×8mm)が気になるので、抗菌剤を5日間ほど飲んでみようと恭子と相談する。(つづく)

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