君を夏の日にたとえようか 第12回

編集●「がんサポート」編集部
発行:2020年12月
更新:2023年5月


恭子の両親を誘い長男の学園祭に京都へ

旅行先の京都のフレンチレストランで恭子と

10月23日。長男の通っている京都の学校の学園祭、作品展示会に一緒に行くために、四国から恭子の両親が出て来た。この京都行は、私たち夫婦のここ数年の恒例の旅だ。今回、恭子の両親を誘ったことに何か特別な意図があった訳ではない。両親との4人旅もいいかなという単なる思いつきと、両親に長男の学校や作品展を見せてあげたいという気持ちがあっただけだ。

「両親が来る。うるさいな~(実は嬉しくてたまらないんだけれど)。さっちゃんが自分で育てた野菜をもって来てくれる。両親もあいさつ。有難い……」(恭子の闘病記録)

皮膚転移が心配で落ち着かず、気もそぞろに違いないが、恭子は京都行を曲げようとは決して言わなかった。むしろ、あくまで行くのだ、行くのが当たり前じゃないかと何の迷いもなく思っているようだった。

10月24日。京都へ。恭子は両親を前にして穏やかににこやかに、これまでと何も変わったことのないような風を通した、微動だにしない肝の据わった笑顔で。

昼食は私たちのお決まりのコース。四条にある鰊蕎麦発祥とかいう店へ行く。義母が絶品だと喜んでくれる。その後、予約しておいた京都御所の見学。とりたてて行きたい場所ではなかったのだが、ガイドさんの説明を聞きながらの見物は思いの外興味深かった。何の鑑賞にせよ、ガイドというのは捨てたものではないのだと知る。

「広い御所の敷地をがんばって歩く。御所のあとおばあちゃんとパパのお気に入りの便箋や葉書などの文具や香道の品を売っているお店へ。おやつにアイスも。京都の定宿泊。夜はフレンチのお店。つかれたけれど、楽しい旅行!」(恭子の闘病記録)

「綿密な計画をすべて立ててもらって、ついていくだけでいい旅行は楽でいいね」と義父が喜んでくれる。

10月25日。京都2日目。午前中に長男の作品展を観に行く。今回の長男の作品は「波雲に龍」という木彫刻だった。「立派だね」と恭子がはしゃいで長男に言っている。長男が音頭を取って、木彫刻の教室の何人かと共同制作した作品も展示してあった。恭子も両親も根気のいる作品群に感嘆の声を上げている。連れてきてあげてよかった。長男の充実した顔を見て一安心できたと、恭子がしみじみという。

錦市場をブラブラした後、新幹線で帰路に。

珍しく次男から電話がかかってくる。歯切れの悪い電話だが、「大学院2年生になる年に許されるならまだ走りたい」という内容だった。「いつまで走らせるの?」と義母が呆れている。

「ままならない自分のからだのことも不安でならないし、子どもたちのこともまだまだ心配なのに、親に配慮して暮らす精神的な余裕は全くない。現時点では、親と同居は苦しい」(恭子の闘病記録)

恭子の偽らざる本音だと思う。まだ、親に病気の深刻な状況は何も話していないのだから。それは両親には心配をかけまいとする恭子の精一杯の思いやりなのだ。

「翌日の昼の便で親が帰る。つかれたよ~。昂のことが心配……」(恭子の闘病記録)

夜、次男とスカイプで話をする。私たちとの1年前の約束を守ってけじめをつけ9月で部活動を引退してみたものの、やはり走りたい、諦められないという。「答えはもうあるようね」と恭子。ここのところ大きな大会で結果が出せず、次男としては不本意な年だったのだ。

「大きな舞台で入賞する記録は、手の届かないものではなかったよね。君が自己ベストでちゃんと走れていれば、結果は残せたものね」と私が尋ねると、次男も同意した。恭子も私も理解して、あと1年応援することに決めた。「そのかわり、就活、学業が一番という条件つきよ」と恭子が念を押す。「これまでのように走るのが一番というのが許されないことはわかるでしょ?」

次男自身が納得するところまでやり切らないと次には進めないだろうという理解に私たちが至ったことについて、長男が自分のやりたいことが見つからずに苦悩した日々を長く見てきたことや、恭子と私の闘病を経て、私たちの人生観や価値観が変貌してきたことが影響している事実は否めないと思う。それは決して悪いばかりのことではない。

「がんばってほしい」と恭子が祈るようにいう。

明日、皮膚生検の結果の説明が

丘の上のドイツ菓子屋

「本山さんちで、女声三部の練習。ありがたい。少し形になってきた。口の形、おなか、ブレス、丹田、響き。うたうのはむつかしい。集中力‼ 夕方、さっちゃんに電話。心配してくれている。ありがとう」
「疲れて1日、ごろごろ。何もしなかった……。ここのところずっと、入眠剤をのんでいる」(恭子の闘病記録)

入眠剤のことは何も気にしなくていいよ、恭子。パパは恭子の乳がんがわかってから1日も欠かさず飲み続けているのだから……。

「県立美術館へ宮田先生のロビーコンサートを聴きに行く。口をしっかりあけて歌詞を伝えようとされていることに感動する。明るいひびきで、笑顔、鼻孔をあげること大事。唇の形も」
「パパ、地域の医師会主催の学会で発表。夕方、パパと近くのドイツ菓子屋にりんごのお菓子を食べに行く。外に出て気が晴れる。金曜日の山崎先生の診察が心配で、気分が沈む」
「さっちゃんに会う。落ち着く。パパ、インフルエンザワクチン」
「本山さんちで女声三部の練習。少しずつまとまる。11月17日の本番に無事歌えるのか……、心配。いよいよ明日皮膚生検の結果の説明が山崎先生からある!」(恭子の闘病記録)
(つづく)

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